ふろしき王子のブログ◎
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今日ははるばると新潟ながら、日帰り。
お世話になっている「ふろしきや」さんの10周年パーチ(夜)に
顔を出し、最終新幹線で舞い戻る。

本当は泊まってゆっくりできたら楽だけど、翌日月曜は
朝早くから用事がある。

移動中は本を読んでいよう。

そういえば昨晩、いつもより遅いご飯がはじまる20時前ころかな、
不意にインターフォンが鳴った。

すると、NHKの放送受信料を支払う対象であるかの確認に訪れた
という女性だった。

うちにはテレビがなく、今はパソコンも無いので携帯電話だけと伝えたら、
携帯でテレビを見られるワンセグ機能が付いていたら、
たとえ見ていなくても支払う義務があり、
しかもそれはその携帯を所有した日時からの累積分、とのこと。

僕のPHSのガラケーにはワンセグ機能も無かった。
しかし、もしテレビが無くて携帯のみの使用者で、
前述の条件に該当した方は、果たして正直に申告し、
スナオに支払うのだろうか?という疑問が生じたので、
質問したが、

担当者は、今回訪問した目的だけを伝えて、私の方からお話しできることは
これだけなので、
を繰り返す。

僕は、肩書きに関わらず、もっと人間的な対話の中で
コミュニケーションをとるうちに、目的とは別に、
決まりごとへの理解や相手に対する信頼を築きたいという
思いがあったのだけど、きっと
相手の方は、事務的にミッションを淡々とやっつけていきたいから、
面倒な奴に当たったと感じたかもしれない。

様々な質疑応答も噛み合わないまま、10分以上、玄関の柵ごしに対面していた。
そのうち、彼女もしびれを切らしたのか、事務的な語り口に
感情が乗るようになった。
そのほうが人として自然なのでほっとした反面、

結局お互いに理解し合わぬまま、何となく別れた。
背後から、カッチャンと、自転車のスタンドの伸ばされた音が聞こえた。

僕も、相手の立場や権限を思うに、仕方ないよな~と、
少し悪いことをして、嫌なきぶんにさせたのではという
思いに包まれてきたので、

別れてから5分も経っていないと思うが、
居てもいられずに玄関の門をあけて、道へ出た。
もう会えないか。
ちゃんと目を見て話し、こちらこそ
もっと人情ある対応をすればよかった。

すると、少し遠くの暗がりに、自転車にまたがって
タブレットを見つめている人のシルエット。

次の訪問先を調べているのか、まさか泣いているのか、
暗くて顔は確認できないが、すみませ~んと声を上げたら、寄ってきてくれた。

そして、いろいろ煩わせてすみませんでしたとやや侘び、
テレビを置いたら受信料は必ず払います。
こんな変な奴ばかりでないから、これからもがんばってください、と伝えた。

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いちごの苗は、いまが植えどき。
ふえた分をご近所におすそ分け。

そこに氣をとられ、我が家で植え直すのを忘れていた。

冷水風雪に耐えて、春に希望をおくる赤。

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 昨日の日記で、その当時興味を持ちながらも経験しなかった物事には、
いつまでも好奇心が残りつづけて氣になってしまう、
ようなことを書いたが、

たとえば女子校男子校、共学についてもいうことができる。

娘っちが中学受験して女子校に入るとする。
人にもよるが、思春期を歩みながら、異性に対する意識は芽生え、
広がってくるもの。しかし女子校にいると圧倒的に、異性の目を氣にする、
きにしあう環境にはない。

兄妹に男がいればまだしも、そうでなければ父や通学途中の
知らない男子か、学校の先生くらいだ。

また、中学が女子校だとそのまま高校も附属へ進み、
学校によれば大学まで女子だけになる。

そんな10年間、異性との人付き合い、関係性に希薄に成長すると、

個性的で面白い女性になるかもしれない。
だけど、理想の妄想の男性像を描いて抱き、
男のリアルな挙動や情況を皮膚感覚で見晴らし、距離感を保つことには
慣れていない。

すると、ある種のコミュニケーションに長じた男性からの
甘い言葉に土器が胸胸とし、軽はずみに餌食となることもある。

そんな経験もまた、人を知り成長し世界を広げることにつながりはするが、
一転して男ぎらいになるかもしれないし、
もしも一見さんと、勝手な空想を抱いて結婚してみたら、
実はとんでもない相手だった、ということにも。

それでも、永らく女子の園で生き抜いてきた彼女たちも
同じように、妙(たえ)なる個性を備えているから、
変わった男ともやっていけるかもしれない。

ここから話を戻すと、女子校出身で、特に中学をそこで過ごし、
異性の兄弟もいないというとき、
自分が同じ部屋の空氣を吸ってこなかった
その年頃の男の子に対する好奇心や、当時、満たされなかった
恋心などが胸の奥に残っているから、

大人になっても、男子中学生を見ると可愛い~と抱きしめたくなったり、
あるいは年下の男性が恋愛対象になりやすくなるかも。

ところが、女子校でずっとやってきた方は、その人自身に
子どもぽさが残っているから、実際には年上の男性に好かれる。

結論としては、人生いろいろだが、
せめて、もっとも多感な中学くらいは共学でもよいのでは。

中学生の男子が、どれほどまでに馬鹿でエロか、ということを
同じ教室の空氣を吸って経験していることは、決して悪くない。
その、男子の馬鹿さも、内なるエロの照れ隠しから表出されるわけだし、
健全な成長なのだ。

たとえモテなくても、モテない経験があるだけましで、
そこから生まれる個性やモチベーションもある。

自分の娘を大切に、守りたい思いから女子校に入れる親もいる。
しかしそれなら、将来の結婚相手を世話するまで
干渉しなければ、その責任は果たせない。

高校まではなんとか目が届いても、それ以上になれば
管理するのは難しくなり、つよいお酒で酔わされているかもしれない。

突然、欲得ギラギラの浮き世に放り出されては免疫不足だから、
御嬢様として育てるなら、中高だけでなく、娘の生涯を貫いて
関わろうとする器と覚悟が要る。

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1つ前の日記に書いた、毎日ゲームセンターな高校時代のこと。
いつものように、土曜日の帰りは(学校には内緒ね)
上野広小路のバス停から、山下にあるゲームセンターへと
ひた走っていた。

すると何かが変で、あれ?信号機が、赤でも青でもなく
消えている…

学ラン姿の当時の私、きょとんと立ち尽くしてると、
黒塗りの車がゆったりと進んできた。

見入っていると、数台目の車窓より、お微笑みになられて
御手をお振りあそばされている女性。

その瞬間、反射的に身体が自然と敬礼していた。儀礼ではなく、
普段は皇室に対して興味もなく、意識もしていなかった
尊大で独善的な高校生野郎だったのに、
窓辺より放たれる、あまりにまばゆい愛のアウラに
射抜かれ、細胞レベルの敬愛が生じて、体から反応してしまったのだ。

車の向かい側が、天皇陛下、こちら側が皇后さまであらせられました。

人は肩書きや名誉や序列に対して、損得勘定も含めた
形ばかりの儀礼を表すけれど、
敬愛というのは、言葉や時間を抜きに伝わりあふれるものなんだという
忘れ得ぬ体験となりました。

そして
信号機が復活し、いつものごと
ゲームセンターで、ぷよぷよや格闘ゲームにいそしんだ、
そんな昼下がりだった。

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電車内、スマホあるいはタブレットで、ゲーム(パズル系が多い)を
している大の大人を割合見かける。

僕は、貴重な限りある人生の時間を、こう無駄な浪費するなんて
考えられない。。という私見をよぎらせつつも、
我が身を振り返れば、幼稚園のときにファミリーコンピュータが
家に来てからというもの、二十歳近くまで日々ゲームをたしなみ、
高校時代は皆勤賞のごとく毎日のようにゲームセンターへ
勇んで通っていたものだ。

だから、自分こそよほど多くの青春時間をゲームに費やし、
ゆえにやり切って卒業した結果、好奇心のかけらも
残ってないに過ぎないともいえる。

一方、いきもの探しは子ども時分に不完全燃焼だったから、
いまだにカブト虫や東京だるま蛙にわあわあ騒いでいる。

味わい尽くさない限り好奇心を消すことはできない。

アメリカ人に巨乳信奉者が多いのは、
みどり児のころから粉ミルクと揺りかご生活で、
母性を皮膚感覚で十全に堪能しておらず、母への未練があるから
どでかい乳房に胸躍るという説を見たことがある。

ゲームはもはや自分にとって関心が無いから、たしなんでいる方に
今共感できないだけで、
当事者にとっては、仕事の合間の息抜きや癒しであったり、なまっている
部分の集中力や脳みそを活性化するのに有意義だったりで、
無駄と言い放てるものではない。

逆に、ゲームに飽きた人ほど、ゲームを創る側に向いているのかもしれない。

自分の中で楽しく盛り上がっているうちは、
足りない水を注いでいる段階であり、必要な要素を意識、認識できているから
作ってみても物真似や二番煎じとなりやすい。

だから、興味が向かない物事にほど、人はクリエイティブになれるのではないか。

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昨日は相模原で、比較的シニアの方向けの風呂敷講座でしたが、
みな溌剌と元氣で、自発的に教えあったりで、有意義な時間となりました。

最後には、新しい結び方「ふろしきでエリ」を披露しました。

このエリ、色柄や大きさにより様々な印象を楽しめるし、
首下があたたかくなるので、家の中でマフラーするでも
ない、という時にもよさそう。
しかも小風呂敷でできる。

70代以上の方は、結び目が十字の、不安定な縦結びになることが
ぐんと減る。子ども時代には、まだ日常に結びの機会が
多く存在していたのだろう。

そういう、江戸時代から(縄文時代から)の文化と
間近に触れていた方々はうらやましい。

子どもは半数以上が縦むすびになる。

こんど、特別支援学級の生徒さんのため、
結びの仕組みを可視化しやすく、角の色をそれぞれ変えた
4色の風呂敷を手作りする。

端切れ4枚を縫いつなぐ。

縫い物をしたい氣分だったので、ぱぱっと進めていきたい。

近い、立川のユザワヤは改装中かな。
新宿のオカダヤまたは、日暮里で生地を買う予定。

もっと時間を作って、映画を観たり、骨董市を歩いたりしたい。
幼な児がいるとなかなかだけど、そのうちみんなで
てくてく飛んでいきたい。

だけど、今住んでいるまわりをよりよくすることが
イキモノとして大切なことでしょう。

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朝から、いちごのぴょんぴょこランナーを植えたり、苗を届けたり、
支払いや買い物でパタパタとしつつも、よい天氣に吹かれて自転車をこいでいた。

そんな時間は矢のように過ぎ去り、あわてて風呂敷をまとめ、11時半に出発。
相模原でワークショップするので、八王子から横濱線に。

矢部駅で降りるのはきっとはじめて。
タイミングにもより、今日はお昼抜きだが
(朝はりんごを食べた)
矢部駅の近くに美味しそうなインドカレー屋さんがあったら
立ち止まってみるかも。

以前はよくパン屋を巡っていたのだが、パン屋の9割は期待外れになるので
このごろは妻に任せてある。

それにしても、10月下旬というのにすこぶる暖かい。

結局、会場に着いた。

(終了後)
ふたたび横濱線で、八王子へ。
JRから京王線の駅まで5分程度歩くのだが、
その途上に行き着けのお店はなく、16時という微妙な時刻なので
おとなしく帰り、帰宅後にすることを考える。

玄関前の片付け
いちごを植える
風呂敷作り
アゲハ幼虫の餌葉の確認
書類の整理
絵を描く(息子も)
いちご苗を差し上げた知り合いに、敷きわらを持っていく
(ウサギが食べ残した乾し草)
それを、ウサギの掃除と合わせればよい
息子を誘ってみよう。

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外苑前で、シーン別の風呂敷のつかい方の動画を撮影した後、
隣町の表参道からほど近くにある、知り合いのサロン
シュハリへ、久しぶりの挨拶へ。

すると、ちょうど映画の上映会(夕食付き)の日だった。
せっかくなので参加することに。
ここで飼われているクサガメが、上映中から放し飼いで、
あぐらをかいた私のひざに乗ってきた。

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ふたり娘っちは、来ハルより1人ずつ、幼稚園に行く予定にある。
再来年からは2人ともなので、それで雨の日に妻が
自転車で片道7分の送迎もなかなか大変だから、
遠からず、車を買う話がある。

玄関前の通路は幅が230cmと狭いので、軽の方が入れやすいが
妻の実家の仙台へ行くにも使うなら、普通車のほうが安全というので、
小型車にする予定。
中古でよい。

エンジンのピストンの金属の微細な隙間を低分子の金属で
埋めて、不完全燃焼を抑えることで有害排出ガスを減らす、
特別な添加材があるので、それを使う。

僕は左足でブレーキを踏もうとするほどの
ペーパードライバーで、このままでは危なっかしすぎるから
教習所に通おう。

普段は、車社会の仙台でならした運転上手な妻が操縦。

車は便利だが凶器にもなるから、よほど慎重、丁寧に乗らないと。

僕は自分の脚を頼りにする分、車への情熱が小さい。

子どもたちにも、基本は自らの脚をもって行動することを見せたい。

だけど案外、僕がはまって、全国の風呂敷講座が
車移動と車中泊になったりして。

防災訓練も兼ねたキャンプはたまにやっておこう。

今日もまた渋谷で降りた。ここから乗り換えて外苑前へ。

すこし時間あるから、歩っていこう。

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今日は午前中にふろしき動画を自撮り。
2階があちくて、半そでの甚平でも背に汗かいた。

お昼まで娘っこ二人と留守番。
エンドレスなおもちゃや文具の片付けと
床のご飯つぶ拾いと、おまる洗い。

ねっとりと美味しい焼き芋をいただく。

午後は息子小学校へアサガオの鉢を返却し、
そこから渋谷へ、風呂敷WSの打ち合わせ。

渋谷には外食屋が多く、小腹の減っていたためそそられたが、
自宅で、アイスクリームメーカーを使った
たまごアイスが大変おいしくできたと聞いたので、
幼な子らもいるし、寄り道せずにまっすぐ帰る。

打ち合わせをした会社は、学生時代に母校へお話しに
いらしてくださった谷口正和先生の、JLDS。

その中の、江戸美学研究会が作っている手帖「江戸帖」を
私もつかってます。

江戸時代って昔のようでも、
祖母が子どものころは、江戸時代生まれの人は
まだ沢山いたわけだね。





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風呂敷を何かのかたちに結ぶと、その目的とはことなる
意図してなかった働きを含んでいることが多い。

それを付加価値と呼ぶかは知らないが、人によっては
付加価値の部分こそがメインの魅力となったりするから、

あらゆる事象に順位も序列もなくニュートラルで、
一人一人がどんな意味を与えるかによる。

風呂敷に目的外の機能が現れやすいのは、やはり
四角いままの布の面積分のポテンシャルを有すからだろう。

普通の洋裁なら、必要なシルエット分だけで切り抜くから
だいたい機能が限定されるけど、
風呂敷は、直接目的とする機能に無関係な布も
同時につながっているから、その部分が自然とあれこれ
しちゃってくれたりする。

今日はふとした弾みから、シャツの上に身につける
飾りのような襟(エリ)の結び方を発見したが、
襟とは無関係で、隠したい部分をシャツの中に入れ込むことで、
シャツの襟を汚さない役割を果たすことになった。
着物の半えりと同じで、外に見せながら
着物の汚れを防ぐ。

実際そんな風呂敷による襟を付けて出歩くような
変わった人はいないかもしれないが、色と柄次第では
とってもすてきなおしゃれになる。

首も暖かくなるので、寒くなったらあたしも付けてみようと思う。



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まだはれるが、タイムアップ。

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 いとけなき年子の子守はどきどき。車に注意。公園の高い遊具に注意。近所にほしいのは、ただフェンスで囲っただけの原っぱ。木のぼりなら、上るのもハードルだからよいけれど、遊具は幼児でもハシゴや階段で簡単に高くまで上れるから、そこからの落下がこわい。フェンスに囲われたただの原っぱで、数本の常緑樹の下に、日蔭と雨やどりのベンチだけあればよい。草刈りは、ウサギとにわとりに。

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床で寝落ちて、タオルケットだけで寒いときは
座布団を、脚やお腹にのせると、安心感と保温力が
層倍となる。

そんな折に思い出したのは、
昔の掛け蒲団って、重かったけど、
あれはリンパマッサージの効果さえあったのではないだろうか。
重みをもって、血や体液の巡りが調えられる。

かろき羽毛による断熱とは異なった、内側の血熱を起こす。

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