漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

特殊化した部首 「阝こざと」 と 「阝おおざと」

2018年03月07日 | 特殊化した部首
 「阝」は不思議な部首である。これは漢字か?というと漢字ではない。なぜなら、名称と意味はあるが発音がないからだ。しかも、漢字の左辺にある時と、右辺にある時で名称と意味が異なる。すなわち、左辺にあるとき「こざと」と呼ばれ、右辺におかれると「おおざと」と呼ばれるのである。意味も「こざと」が主に丘を表すのに対し、「おおざと」は人々がまとまって住む土地を表す。
 結論をいうと、阝(こざと)は阜の省略形、阝(おおざと)は邑ユウの省略形ということになっている。いったい何故この2字は同じ形になってしまったのか?


   フ <阝(こざと)の原字>
 フ・おか  阜部 
阜にあたる字形の甲骨文
 阜の古代文字は篆文まで遡れるが、この文字にあたる字形として甲骨文は2つの系統がある。一つはAで梯子(はしご)、もう一つはBで丘の向きを変えた形である。後代には両者が混同したが、甲骨文字では使い分けられており、Aは梯子を用いた動作や上昇の象徴として使われ、Bは丘陵に関係する文字に使われている[甲骨文字辞典]。金文の阜にあたる字形は、甲骨文字とほぼ同じ形のA 梯子(はしご)と、B 丘が使われるが、両者が混同して使われることがある。
上が阜、下が部首の阝
 篆文にいたり字体が統一された。次の隷書レイショ(漢代の役人などが主に使用した書体)で上部と下部に変化がおこり、楷書で現在の字体である阜になった(図の上部)。一方、漢字の右辺に付いた字体は、独自な変化をたどった。隷書で三つの山をもつ形⇒二つ山になり、ほぼ現在の阝に近い形に変化したのである(図の下部)。こうして、阜と部首の「阝」は、隷書で分離した。阜は現在では梯子の意味はなく、丘や大きい・さかん・多い意になっている。
阜の意味 (1)おか(阜)。大きな丘。台地。 (2)大きい。大きくなる。「阜成フセイ」(立派にしあげる) (3)さかん。さかんにする。 (4)多い。豊か。豊かにする。「阜財フザイ」(財産を増やす。また、豊かな財産) (5)地名。「岐阜ギフ」(岐阜県および岐阜市の名称)

部首の「阝こざと」 
阝[阜] こざと偏
 阜が漢字の左側(偏)にきたとき「阝」の形になり「こざと偏」と呼ばれる。「こざと」は里と関係なく、本来の意味である丘や山の意、さらに壁や土塁の意。また、ハシゴ(梯子)の意などで用いられる。「こざと」の名称は、「むら」や「まち」を表す部首の「おおざと(阝)」が同じ形であるため、おおざと(大里)と区別するため、こざと(小里)と呼んだものと思われる。
 阝(こざと)偏は、常用漢字で30字(19位)、約14,600字を収録する『新漢語林』では121字が収録されている。主な字は以下のとおり。
丘や山の意
 ソ・はばむ(阝+音符「且」)
 ショウ・さわる(阝+音符「章ショウ」)
 リョウ・みささぎ(阝+音符「夌リョウ」)
 ヨウ・ひ(阝+音符「昜ヨウ」)
 グウ・すみ(阝+音符「禺グウ」)
 トウ(阝+音符「匋トウ」)
土壁や土塁の意
 イン(阝+音符「完カン」)
 リン・となり(阝+音符「粦リン」)
 ゲキ・すき(阝+小+日+小の会意)
ハシゴ・階段の意
 コウ・おりる(阝+音符「夅コウ」)
 ゲン・かぎる(阝+音符「艮コン」)
 カイ・きざはし(阝+音符「皆カイ
 サイ・きわ(阝+音符「祭サイ」)
 チン・つらねる(阝+東の会意)・
 カン・おちいる(阝+音符「臽カン」)

コウ・おりるに見る阝の形成過程    

 ここで、降の字で阝の変遷をたどってみよう。降は、はしごに左右の下向きの止(あし)を配し、はしごを降りる形である。甲骨文はA梯子(はしご)の2タイプが使われ、金文は1タイプ、篆文で統一され、隷書から阝が成立したことがわかる。

   ユウ <阝(おおざと)の原字> 
 ユウ・むら  邑部 

解字 「 囗(かこい)+卩セツ(人のひざまずいた形)」の会意。囗は外囲いを表し、都市の城壁をめぐらした形。卩セツは人のひざまずいた形で、のちに巴に変化した。両者を合わせた邑ユウは、城壁の中に人がひざまずいている形で、人々が住む城市を表す。中国では人々が集まって住むとき城壁で囲うことが多く、城市のほかに一般の村里の意でも使われる。邑は漢字の右辺に位置するとき、阝(おおざと)の形になる。
意味 (1)みやこ。くに。諸侯の領地。「大邑ダイユウ」(王都。殷の都)「都邑トユウ」(①みやこ。②みやこと、むら)「城邑ジョウユウ」(都会・みやこ) (2)むら(邑)。さと。「邑宰ユウサイ」(村長)「邑里ユウリ」(むらざと)「邑落ユウラク」(むらざと) (3)うれえる。(=悒)

部首「阝おおざと」

郡にみる邑ユウの変遷
 邑ユウは組合せ漢字の右側(旁つくり)に置かれたとき阝のかたちに変化する。邑⇒阝への変化をたどる一例として郡グンの篆文テンブンと隷書レイショ(漢代の役人などが主に使用した書体)を上に挙げた。篆文の邑は「口+卩セツ」の形だが、隷書第一字で「口+巴」になり、第二字で「口二つがタテ線でつながった形」になり、第三字で阝になった。すなわち、隷書の時代に邑⇒阝への変化は完成している。
 部首「阝おおざと」は、邑ユウの意味である、みやこ・くに・むら・さと等、人が住む比較的大きな場所や領域を示す。このため日本で「おおざと(大里)」と名付けられたと思われる。漢字の左側にきたときも同じ形になるが、これは阜(おか)の簡略形で、「こざと」と呼んで区別される。
 常用漢字には12字があり、約14,600字を収録する『新漢語林』では116字を収録している。主な字は以下のとおり。
 コウ(阝+音符「交コウ」)
 グン・こおり(阝+音符「君クン」)
 ロウ・おとこ(阝+音符「良リョウ」)
 ブ・わける(阝+音符「咅バイ」)
 ト・みやこ(阝+音符「者シャ」)
 ユウ(阝+垂の会意)
 ホウ・くに(阝+音符「丰ホウ」)
 ジャ・よこしま(阝+音符「牙ガ」)
 テイ・やしき(阝+音符「氐テイ」)など。
 

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