毎日新聞 2012年1月21日 2時30分(最終更新 1月21日 2時39分)
中米グアテマラで米国人医師による受刑者や兵士への性病人体実験が実施されたきっかけは、米国に留学したグアテマラ人白人医師が「グアテマラには先住民が大勢おり、実験に適している」と米国側に提案したことだった。
当時、グアテマラでは少数派の白人が、先住民マヤ族と、白人と先住民の間に生まれた「ラディーノ」から成る多数派を支配していた。人体実験に徴用された受刑者や兵士の多くはマヤ族や貧しいラディーノだった。グアテマラでは売春は合法で、政府も人体実験を承認していた。
被害者に人体実験の意図や感染の事実は知らされず、家族に2次感染した恐れもある。元兵士のフェデリコ・ラモスさん(86)の長男と長女は幼い頃から排尿痛に苦しんだ。長女のマリア・コンスエロさん(60)は「卵液を染み込ませた布を腰に巻いて耐えた。痛みに効くと信じられていたからだ」と語る。
受刑者や兵士だけでなく、孤児院の子どもや精神科病院の入院患者も実験台にされた。孤児院にいたマルタ・オレジャナさん(73)は「48年に梅毒スピロヘータを接種された」と主張している。最近、受けた血液検査でも「陽性」の結果が出た。
被害を訴える住民は社会の底辺で生きており、これまで、自力で被害を訴えるすべはなかった。グアテマラ人雑誌記者のマルタ・サンドバールさんは「米国は教育レベルが低く貧しいグアテマラを人体実験の場所に選んだのだ」と指摘する。
グアテマラのパブロ・ウェルネル検察官も「(人体実験の)被害者は何も知らされなかった。(米国による)明らかな人権侵害だ」と糾弾する。その一方、「実験に協力した当時のグアテマラ政府も責任がある」と語る。
世界銀行の09年統計でグアテマラ国民の54.8%は1日2ドル以下、29.1%は1ドル以下の暮らし。在米グアテマラ人約160万人の送金が国内総生産(GDP)の11%を占めている。人体実験から半世紀以上たっても「グアテマラの米国依存」(サンドバールさん)は変わっていない。【エスカレラ(グアテマラ中部)で國枝すみれ】
◇「資料が不完全」調査委座長のエスパダ前副大統領
グアテマラの受刑者や兵士らを意図的に性病に感染させていた人体実験について、グアテマラ側の調査委員会の座長を務めたエスパダ前副大統領に聞いた。
--米国が人体実験をした理由は何か。
◆当時の米国は国の安全を守るためなら原爆さえ落とした。当時、米国男性の1割が梅毒、6割が淋病(りんびょう)に感染していたとされ、性病は米軍にとって深刻な問題だったのだ。
--グアテマラ政府が受け取った見返りは?
◆たばこ、映写機、抗生物質のペニシリンを冷やす冷蔵庫などだ。
--人体実験の被害者数は?
◆米国で見つかった資料には5128人の名前があったが、血清検査を受けた子どもなども含んでおり、実際に病原体を接種されたのは約1300人とみられた。グアテマラの公文書館に残っていた資料と照合し、被害者は約1160人と判断した。うち生存者は6人。6人には米国とグアテマラが共同で賠償する。
--6人以外に「実験台にされた」と訴える人がいる。
◆米国側の名簿に名前がないので証明するすべがない。グアテマラの資料は不完全だ。カルテは患者に返還されるため、メモしか残らない。
--グアテマラ政府は米国を相手取り訴訟を起こすか。
◆提訴はしない。米国を訴えたら決着までに10~20年かかる。米国より罪が浅いとはいえ、(実験に協力した)グアテマラ政府にも責任がある。問題は外交で解決する。私としては、外国製薬会社がグアテマラで行う実験を管理する国立科学技術医療倫理研究所を米国の援助で設立することを提案している。
http://mainichi.jp/select/world/news/20120121k0000m030125000c.html
中米グアテマラで米国人医師による受刑者や兵士への性病人体実験が実施されたきっかけは、米国に留学したグアテマラ人白人医師が「グアテマラには先住民が大勢おり、実験に適している」と米国側に提案したことだった。
当時、グアテマラでは少数派の白人が、先住民マヤ族と、白人と先住民の間に生まれた「ラディーノ」から成る多数派を支配していた。人体実験に徴用された受刑者や兵士の多くはマヤ族や貧しいラディーノだった。グアテマラでは売春は合法で、政府も人体実験を承認していた。
被害者に人体実験の意図や感染の事実は知らされず、家族に2次感染した恐れもある。元兵士のフェデリコ・ラモスさん(86)の長男と長女は幼い頃から排尿痛に苦しんだ。長女のマリア・コンスエロさん(60)は「卵液を染み込ませた布を腰に巻いて耐えた。痛みに効くと信じられていたからだ」と語る。
受刑者や兵士だけでなく、孤児院の子どもや精神科病院の入院患者も実験台にされた。孤児院にいたマルタ・オレジャナさん(73)は「48年に梅毒スピロヘータを接種された」と主張している。最近、受けた血液検査でも「陽性」の結果が出た。
被害を訴える住民は社会の底辺で生きており、これまで、自力で被害を訴えるすべはなかった。グアテマラ人雑誌記者のマルタ・サンドバールさんは「米国は教育レベルが低く貧しいグアテマラを人体実験の場所に選んだのだ」と指摘する。
グアテマラのパブロ・ウェルネル検察官も「(人体実験の)被害者は何も知らされなかった。(米国による)明らかな人権侵害だ」と糾弾する。その一方、「実験に協力した当時のグアテマラ政府も責任がある」と語る。
世界銀行の09年統計でグアテマラ国民の54.8%は1日2ドル以下、29.1%は1ドル以下の暮らし。在米グアテマラ人約160万人の送金が国内総生産(GDP)の11%を占めている。人体実験から半世紀以上たっても「グアテマラの米国依存」(サンドバールさん)は変わっていない。【エスカレラ(グアテマラ中部)で國枝すみれ】
◇「資料が不完全」調査委座長のエスパダ前副大統領
グアテマラの受刑者や兵士らを意図的に性病に感染させていた人体実験について、グアテマラ側の調査委員会の座長を務めたエスパダ前副大統領に聞いた。
--米国が人体実験をした理由は何か。
◆当時の米国は国の安全を守るためなら原爆さえ落とした。当時、米国男性の1割が梅毒、6割が淋病(りんびょう)に感染していたとされ、性病は米軍にとって深刻な問題だったのだ。
--グアテマラ政府が受け取った見返りは?
◆たばこ、映写機、抗生物質のペニシリンを冷やす冷蔵庫などだ。
--人体実験の被害者数は?
◆米国で見つかった資料には5128人の名前があったが、血清検査を受けた子どもなども含んでおり、実際に病原体を接種されたのは約1300人とみられた。グアテマラの公文書館に残っていた資料と照合し、被害者は約1160人と判断した。うち生存者は6人。6人には米国とグアテマラが共同で賠償する。
--6人以外に「実験台にされた」と訴える人がいる。
◆米国側の名簿に名前がないので証明するすべがない。グアテマラの資料は不完全だ。カルテは患者に返還されるため、メモしか残らない。
--グアテマラ政府は米国を相手取り訴訟を起こすか。
◆提訴はしない。米国を訴えたら決着までに10~20年かかる。米国より罪が浅いとはいえ、(実験に協力した)グアテマラ政府にも責任がある。問題は外交で解決する。私としては、外国製薬会社がグアテマラで行う実験を管理する国立科学技術医療倫理研究所を米国の援助で設立することを提案している。
http://mainichi.jp/select/world/news/20120121k0000m030125000c.html