フォーブス7/25(火) 14:00配信

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ヤシ科ピナンガ属には140の種があり、その殆どが小型で、森林下層で見られる。100種以上が東南アジアに生育し、ボルネオは生物多様性の中心である(Randi Agusti / CC BY 4.0)
現実の世界は人間が想像しうるよりずっと奇妙だ。
生物を学ぶ学生として、私は数多くの奇妙な物事に出会ってきたが、想像すらしたことのない奇妙なものの1つが、地中でのみ花を咲かせ、実を結ぶ植物だ。この植物は科学にとっての新参者であり、ヤシ科(Arecaceae)の中で、地中に花を咲かせ、結実させる唯一の種だ。この植物はその生き方、たとえばどうやって受粉するのか、どの生物が授粉するのか、送粉者(昆虫や鳥類など)はどうやって花を見つけるのか、など数々の疑問を私に抱かせた。
その注目すべき珍しいヤシは、つい1月ほど前にPinanga subterraneaという学名で正式に登録された。名前は「地下」を意味するラテン語に由来するもので、英国キュー王立植物園のチームが命名した。その果実はイノシシによって散布されていると考えられているが、授粉に関する私の疑問に対する答えはいまだにない。
先住民族の間ではよく知られていた
この東南アジアの熱帯島、ボルネオ原産のヤシは、先住民族の間ではよく知られており、甘くてジューシーな果実は好んで食べられている。この種は、ボルネオの言語で「Pinang Tanah」「Pinang Pipit」「Muring Pelandok」「Tudong Pelandok」など、少なくとも4つの名前で知られている。マレーシアのサラワク州からインドネシアのカリマンタンまで、ボルネオ西部の原生熱帯雨林地帯全体で見られ、西洋の科学ですでに知られている300ほどのヤシ科植物とともに生育している。世界では2500種類以上のヤシが知られており、その半数が絶滅の危機に瀕している。
論文共著者の1人であるポール・チャイ(Paul Chai)は、Pinanga chaianaというヤシ科植物の名前の由来にもなっているマレーシアの植物学者で、1997年にサラワク州のLanjak Entimau野生保護区を訪れた際に初めてこのヤシを発見した。チャイ博士は若いヤシの写真を撮るために落ち葉を払っていた時、鮮やかな赤い果実が姿を見せたことに気づいた。その後2018年、キュー植物園のチームが同保護区を再訪し、このヤシの標本を科学研究のために採取した。
「ポール・チャイ博士の助言がなければ、この驚くべき新種を平凡なヤシの実と思って見過ごしていたでしょう」と、キュー王立植物園のFuture Leader Fellow(博士研究員と同等の4年間の役職)で植物学者兼データ・サイエンティストのベネディクト・クーンハウザーは声明で語った。クーンハウザー博士は、植物の進化、同定、保護、特にマレー諸島のヤシ類を専門に研究している。
「おかげで、地中で開花する極めて珍しい植物を科学的に記録することができました。これはヤシ科全体で初めての例です」とクーンハウザー博士は語った。
「まさしく、生涯に一度の発見でした」
論文の主著者であるインドネシアの植物学者アグスティ・ランディは、2017年にカリマンタンで独自にこのヤシを発見した。ランディはシンガポール国立大学および造園の社会普及を通じて豊かな生活と福祉を推進する非政府組織Natural Kapital Foundation Indonesiaに所属している。
ランディが発見したヤシの中で、少なくとも1例はイノシシに掘られた形跡がみられ、他にイノシシに食べられたりつぶされたりしたらしいものもあった。
「2017年に西カリマンタンで初めてこの小さなヤシを見つけた時、Pinanga subterraneaが生えている周辺をイノシシの群れが掘り起こしていました。そして驚くほど鮮やかな赤色の熟した果実がいくつか地面に落ちているのを見つけました」とランディは説明した。
「茎の周りにあったたくさんの土は、イノシシが地中にある果実を見つけるために掘り起こしたものだと気づきました。水たまりの周辺に撒き散らされたイノシシの糞の中にも果実のタネがありました」
ボルネオは生物多様性のホットスポット
ピナンガ属に分類されている森林下層の小さな直生ヤシは140種以上ある。そのうちの100種以上がアジアに生育し、ボルネオはそれらの種多様性の中心だ。このヤシは非常に小さく識別しにくいため、他の大きい種の幼生個体と間違えられやすい。しかしピナンガの専門家であるランディは、Pinanga subterraneaを新種として認定する役割を引き受け、このヤシを他のすべてのボルネオ産ピナンガと注意深く比較した結果、科学界の新参者、新種として命名することを提案した。
geoflory(地中で開花)かつgeocarpy(地中で結実)というのは、顕花植物の中では稀有で奇妙な繁殖戦略だが、どちらか一方は、33科89属の少なくとも171種で発見されている。たとえば、落花生は地中で結実する最も有名な植物だろう。花は地上で咲くが、果実は地中で育つ。しかし、このヤシのように、地中でのみ結実し開花するというのは、極めて稀な現象であり、ラン科リザンテラ属(genus Rhizanthella)で観察されたのが唯一の例だ。「underground orchids」(地下のラン)として知られているリザンテラは、オーストラリアに固有のランの属だ。葉は一切なく、菌根菌と共生している。残念ながら、他のオーストラリア固有の生物と同じく、リザンテラは極めて稀であり、深刻な絶滅危機にある。
この新しいヤシの保護状態はわからないが、そこには地中で花を咲かせる植物について、私たちに教えるべきことがたくさんある。
「Pinanga subterraneaの発見は、地中で花を咲かせる植物に新たな光を当てるものです」と論文の著者らはいう。「この発見は、同じくボルネオで最近発見された、初の地中壺状植物Nepenthes pudica(ウツボカズラの一種)とともに「地球には他にどんな現象がまだ隠れているのか」という疑問を投げかけました」
「どちらの発見も、ボルネオが生物多様性のホットスポットであることを強調するものであり、そこには私たちを取り巻く生物学的世界に対する考え方を変えるかもしれない未発見種がまだたくさんあるかもしれません。そして、Pinanga subterraneaが科学的に説明されるずっと以前から地元の人たちに知られていたという事実は、地球上すべての生命を分類しようという全世界の取組みの中で、先住民族の知識を十分活用すべきであるという注意喚起です」
出典:Benedikt G. Kuhnhäuser, Agusti Randi, Peter Petoe, Paul P. K. Chai, Sidonie Bellot, and William J. Baker (2023). Hiding in plain sight: The underground palm Pinanga subterranea, Plants, People, Planet | doi:10.1002/ppp3.10393
GrrlScientist
https://news.yahoo.co.jp/articles/a2c20d8b5a1701239c4d6a75154203f200f77971