副題が「波濤を超えて決死の渡海」となっている。このシリーズ、図版と言葉の解説が親切である。ただ、興味の湧くところを拾い読みするのに適した本かもしれない。全体を通すと何だか、印象が散漫になるかな。もちろん、それは、収める情報量の多さによるのだろう。それと、情報の対等性への配慮からかもしれない。
仏教僧の渡海の厳しさは伝わってくる。また、その繋がっていく絶えざる営為もきちんと伝わる。
著書が密教学専攻で、種智院大学学長なので、当然、密教の伝授の歴史が中心になっている。奈良期の仏教交流から最澄、空海に至り、「空海に続く者たちの光と影」という章を経て、円仁、円珍へと繋げながら、唐から宋への変化に触れていく。その中で、たくさんの僧たちの格闘と成果を語っていく。これは大変な作業だろう。
やはり、空海に興味が湧くのは、『空海の風景』や『曼荼羅の人』などから、空海についての多少の情報が入っていることにもよるのかもしれない。そこで、空海をライバルと思って批判を加えていく円珍に興味をおぼえた。また、円仁は、かなり面白そうだ。そして、この本の著者が、「無事に帰朝していたならば、疑いなく平安仏教の二大巨星・最澄と空海と比肩しうる人物として、歴史に名を刻んだことだろう」と書く、霊仙という僧の名前を覚えておこうと思った。
最後のほうで高丘親王についても記述されている。そして、栄西、道元などの入宋の僧や、宋からモンゴルを逃れて日本に渡ってきた禅僧に触れ、文化への影響を列記しながら、本書は閉じられている。
仏教僧の渡海の厳しさは伝わってくる。また、その繋がっていく絶えざる営為もきちんと伝わる。
著書が密教学専攻で、種智院大学学長なので、当然、密教の伝授の歴史が中心になっている。奈良期の仏教交流から最澄、空海に至り、「空海に続く者たちの光と影」という章を経て、円仁、円珍へと繋げながら、唐から宋への変化に触れていく。その中で、たくさんの僧たちの格闘と成果を語っていく。これは大変な作業だろう。
やはり、空海に興味が湧くのは、『空海の風景』や『曼荼羅の人』などから、空海についての多少の情報が入っていることにもよるのかもしれない。そこで、空海をライバルと思って批判を加えていく円珍に興味をおぼえた。また、円仁は、かなり面白そうだ。そして、この本の著者が、「無事に帰朝していたならば、疑いなく平安仏教の二大巨星・最澄と空海と比肩しうる人物として、歴史に名を刻んだことだろう」と書く、霊仙という僧の名前を覚えておこうと思った。
最後のほうで高丘親王についても記述されている。そして、栄西、道元などの入宋の僧や、宋からモンゴルを逃れて日本に渡ってきた禅僧に触れ、文化への影響を列記しながら、本書は閉じられている。