
うまいな。それに文章いいな。と思ってしまう。
中短編8編とエッセイが収録されている一冊。長崎生まれ諫早で育ち、作家活動を続け、
42歳の若さで死去した芥川賞作家のミステリ作品を集めている。
「失踪者」は長めの作品。
カメラマンの知人が島の祭礼を撮影に行って失踪する。その彼が残した写真を手にして、
島を訪れる主人公。そこから、失踪者となってしまう主人公のサバイバルが始まる。
地理的判断や生き残るための食生活などが、裏表紙にも書かれているように「端正な文体」で
書き込まれていく。話の転がし方や構成、さりげない伏線に上手いなと思いながら、その文体、
表現に惹きつけられる。
例えば、
犬が吠えた。
逃亡者はぎくりと体をこわばらせた。石にでも化したかのようにその場を動かなかった。しかし、
犬はずっと下方、墓地のはずれで吠えたらしかった。隆一は我しらず身震いした。
とか、
森には夜があった。
水の音と枝々をゆるがす風の気配がすべてだった。遠くでかすかに犬の吠える声がした。隆一は
唇を歪めた。
描写する筆致が、登場人物の外部と内面をきちんと描いていく。
削がれた文体が詩的な雰囲気を帯びながらも散文としてそこにある。
そういえば以前読んだ短編「白桃」はよかった。
それから丸山豊の詩集『愛についてのデッサン』に触発されるようにして書かれた
連作小説「愛についてのデッサン」も面白かった。