今日は、日中は上着が要らなかったくらいの暖かさとなりました。それでも、日が落ちると気温も下がるため、一応上着が手放せないのがジレンマです。
ところで今日花屋の前を通りかかったら、店先にスイートピーの花が並んでいました。ピンクや白や黄色や紫といろいろな色のスイートピーがありましたが、その束の真ん中には赤いスイートピーが鎮座坐していました。こうして見ると、やはり赤色のスイートピーが目を引きます。
ところで、この赤いスイートピーにはちょっとした歴史があるのを御存知でしょうか。
松田聖子が歌う希代の名曲《赤いスイートピー》が発表されたのは1982年のことでした。しかし、発表された後にある人から「スイートピーに赤色のものは存在しない」ということを、作詞家の松本隆氏が知らされたのだそうです。
松本氏を始めとした制作サイドは大いに動揺したのですが、その頃には曲は大ヒットしてしまっていたので、結局そのまま歌い続けられていました。ところが、三重県伊勢市のスイートピー農家の方が、何と作品の発表から20年後の2002年に赤花のスイートピーの開発に成功したのです。これは当時大きなニュースになりましたので、覚えていらっしゃる方もあるのではないでしょうか。
始めはピンク色の濃いもの同士を交配させていったのだそうですが、最初に成功したものは時間が経つと黒く変色してしまい、商品にすることは出来ましたでした。しかし、その交配株の中に一本だけ鮮やかな赤色の株が出来たので、その変色しない株を増やして商品化するまでに、何と20年もの月日を要したのです。
言い方は何ですが、嘘から出た誠とはこの事かも知れません。結果として我々は今日、こうして赤いスイートピーを目にすることが出来るようになったわけですが、その陰に園芸家の飽くなき努力があったことを忘れてはいけません。
ところで今日花屋の前を通りかかったら、店先にスイートピーの花が並んでいました。ピンクや白や黄色や紫といろいろな色のスイートピーがありましたが、その束の真ん中には赤いスイートピーが鎮座坐していました。こうして見ると、やはり赤色のスイートピーが目を引きます。
ところで、この赤いスイートピーにはちょっとした歴史があるのを御存知でしょうか。
松田聖子が歌う希代の名曲《赤いスイートピー》が発表されたのは1982年のことでした。しかし、発表された後にある人から「スイートピーに赤色のものは存在しない」ということを、作詞家の松本隆氏が知らされたのだそうです。
松本氏を始めとした制作サイドは大いに動揺したのですが、その頃には曲は大ヒットしてしまっていたので、結局そのまま歌い続けられていました。ところが、三重県伊勢市のスイートピー農家の方が、何と作品の発表から20年後の2002年に赤花のスイートピーの開発に成功したのです。これは当時大きなニュースになりましたので、覚えていらっしゃる方もあるのではないでしょうか。
始めはピンク色の濃いもの同士を交配させていったのだそうですが、最初に成功したものは時間が経つと黒く変色してしまい、商品にすることは出来ましたでした。しかし、その交配株の中に一本だけ鮮やかな赤色の株が出来たので、その変色しない株を増やして商品化するまでに、何と20年もの月日を要したのです。
言い方は何ですが、嘘から出た誠とはこの事かも知れません。結果として我々は今日、こうして赤いスイートピーを目にすることが出来るようになったわけですが、その陰に園芸家の飽くなき努力があったことを忘れてはいけません。