共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

新宿と向き合って

2019年09月24日 23時45分43秒 | 日記


今日はまた気温の高い日となりました。台風絡みだから仕方ないのでしょうが、どうも週明け毎に暑くなる傾向にあるのが納得できません。

今日は小田原の放課後子ども教室の日でした。いつもの風通しのあまりよくない教室で、子供たちも大人達も汗水流して過ごすこととなりました。3台に増やしてもらった扇風機をフル稼働させたのですが、元の風が冷たくないのでお世辞にも涼しいとは言えない中で、みんなそれとなく言いたいことも言わずに耐えていました…。

さて、今日も無事に教室を終えて小田原駅まで戻りました。ここは箱根湯本駅と並ぶ小田急小田原線の終点でもあるため、ここで終わるホームには車止め標識があります。この✕印は鉄道の線路が終わるところを意味するものです。

私は言うほどのマニアではないのですが、実はこの車止め標識が好きでよく見ています。

この車止め標識が向かい合うのは、遥か彼方の新宿駅。それを考えると、ここに到着するまでの紆余曲折が感じられて、感慨深いものを感じるのです。

世の中にあるのは、こうした完成した車止め標識だけではありません。例えば京急線の西側の終点三崎口駅にある車止め標識は、その先にまだレールが続いています。本来なら京急線は油壷を終点とすはずだったのですが、諸般の事情により途中で延伸が見送られてしまったのです。

今、三崎口駅のホームから先を見ると、車輪がついて動かせるようにしてある車止め標識の向こうに、続くはずだったレールとそれを通すための短いトンネルが見えます。本来ならしっかりと地面に立てられるはずの標識が、いつでも動かせるようになっているあたりに、言いようの無い無情さと無念さを感じます。

まあ、そんなに肩入れすることもないのですが、それぞれの電鉄会社の線路の端と端にしか存在しない標識というのを、様々な妄想を膨らませて鑑賞ふるのもなかなか楽しいものです。

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