今日は二十四節気のひとつ七夕です。神奈川県は朝から雲が空を覆っていましたが、それでも時折晴れ間ものぞき、町中のあちこちに短冊の下がった笹が飾られていました。
ところで今日は七夕ですが、マーラーの誕生日でもあります。
グスタフ・マーラー(1840〜1911)は、主にオーストリアのウィーンで活躍した作曲家、指揮者で、特に交響曲と歌曲の大家として知られています。
《巨人》という別名で呼ばれる交響曲第1番や、女声独唱や合唱、舞台裏やステージ外のバンダ(金管楽器隊)、パイプオルガンをも伴う壮大なスケールの交響曲第2番《復活》、そのスケールの大きさと登壇人数の多さから『千人の交響曲』とも呼ばれる交響曲第8番など、マーラーといえば大規模な作品で知られていますが、拙ブログでは敢えて小規模なマーラー作品を紹介したいと思います。それは《ピアノ四重奏曲断章イ短調》です。
《ピアノ四重奏曲断章イ短調》はマーラーがウィーン音楽院に在籍していた1876年、16歳の時に作曲した最初期の作品のひとつで、マーラーの現存する唯一の学生時代の習作である室内楽です。ソナタ形式による楽章ひとつだけが完成した姿で残されましたが、続きの楽章は未完成に終わったか、もしくは紛失したと看做されています。
作曲科の試験に提出するために創作されたためか、当時としては革新的なヴァーグナーやブルックナー等の作風よりも、よりロマン派的なシューベルトやブラームスのような作風に満ちています。とりわけ、物悲しい情感をたたえた美しい旋律と、繊細ながらも濃密な表情や巧みな構成力にはドヴォルジャークやチャイコフスキーに近いロマンティックな感覚も発揮していて、マーラー青年の将来が早くから嘱望されていたことを物語っています。
卒業後のマーラーは連作歌曲や大規模な交響曲に専念していて成熟期以降は室内楽を遺さなかったものの、学生時代のマーラーはヴァイオリン・ソナタやピアノ五重奏曲など他にもいくつかの室内楽曲を手懸けていたといいます。後に紛失もしくは中断・破棄したと言われていますが、もしそれらの楽譜が残っていれば貴重なマーラーの室内楽のレパートリーになり得たのではないかと残念でなりません。
《ピアノ四重奏曲断章イ短調》は基本的にはウィーン楽派に伝統的なソナタ形式で構成されていますが、ピアノはどちらかというと伴奏的で、その上に弦楽三重奏が綾織のようにメロディを紡いでいきます。そして長大な終結部でヴァイオリンソロの情熱的なカデンツァが現れた後、冒頭に現れたテーマの余韻を後引きながら最弱奏で悲劇的な幕切れを迎えます。
そんなわけで、マーラーの誕生日てもある今日は、若き日の貴重な室内楽作品である《ピアノ四重奏曲断章イ短調》をお聴きいただきたいと思います。10代の青年が書いたとは思えないような重々しい短調の響きに満ちた、正統ロマン派の香り高い作品をお楽しみください。