共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

今日はバッハの祥月命日〜未完の大作《フーガの技法》より『コントラプンクトゥス14番』

2022年07月28日 15時00分20秒 | 音楽
今日も夏の太陽がジリジリと照りつける、暑い一日となりました。今日は汗をかいて大量消費してしまったTシャツを片っ端から洗濯しましたが、あっという間に乾いてしまったのには面食らいました(汗)。

ところで、今日7月28日はバッハの祥月命日です。



これは1843年にメンデルスゾーンによって寄贈され、ライプツィヒの聖トーマス教会前に建てられたバッハの銅像です。

1723年にライプツィヒの聖トーマス教会のトマスカントルに就任し、1736年にはザクセンの宮廷作曲家に任命されたバッハですが、1749年に脳卒中で倒れてしまいました。更に以前より患っていた内障眼が悪化して、視力も殆ど失っていました。

翌1750年にイギリスの高名な眼科医ジョン・テイラーがドイツ旅行の最中ライプツィヒを訪れ、バッハは3月末と4月半ばに2度にわたって手術を受けました。手術後、テイラーは新聞記者を集めて

「手術は成功し、バッハの視力は完全に回復した」

と豪語しましたが、実際には手術は失敗していました。

テイラー帰国後にバッハを診察した医師によると視力の回復どころか炎症などの後遺症を起こしていて、これを抑えるための投薬などが必要になったといいますから何ともお粗末なものです。因みにこのジョン・テイラーは後にヘンデルの眼の手術も手掛けて、同じく失敗しています。

2度の手術に後遺症、薬品投与などの治療は、既に高齢なバッハの体力を奪っていきました。そして7月28日に65歳でこの世を去り、亡骸は



聖トーマス教会内に埋葬されました。

さて、数あるバッハの作品の中から、祥月命日である今日は《フーガの技法》をご紹介したいと思います。

《フーガの技法》はバッハ最晩年となる1740年代後半に作曲と並行して出版も準備され、曲集はバッハの死後に未完成のまま出版されました。作曲の経緯については分かっていませんが、少なくとも最初の12曲が1742年に鍵盤楽器による独奏を想定して作曲されたことが判明していています。


(《フーガの技法》初版表紙)

未完となってしまった曲集はバッハの意思を汲み出版されたものの、当初はわずか30部足らずほどしか売れず、同時代の評判はあって無きが如しという芳しくない状況でしたが、その後一部の愛好家には次第に受け入れられて、1838年にはピアノ教則本で有名なカール・チェルニー校訂によるピアノ譜が出版されました。この曲集が演奏家に本格的にクローズアップされるようになったのは、19世紀後半以降にサン=サーンスなどの優れたピアニストがピアノで演奏することで広まって認知されてからのことです。

現行の《フーガの技法》の多くの版には様々な様式・技法による14曲のフーガと4曲のカノンが収録されています。卓越した対位法の技術を駆使し、単純な主題を入念に組み合わせることによって音楽の究極の構築性を具現化したことによって、《フーガの技法》はバッハ作品のみならず全クラシック音楽の最高傑作の1つに数えられています。

この《フーガの技法》は、作曲の途中でバッハの視力が急激に低下してしまい、



『コントラプンクトゥス14番』の3つ目の主題が導入された後の第239小節、それまでに登場した3つの主題が重なって登場した直後で、突然プッツリ中断されています。そして中断された自筆譜には、バッハの次男であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハによって、

"Über dieser Fuge, wo der Nahme B A C H im Contrasubject angebracht worden, ist der Verfasser gestorben."

「作曲者は、"BACH"の名に基く新たな主題をこのフーガに挿入したところで死に至った」

と記されていますが、自筆譜の音符が疑いなくバッハ自身の手によって書かれているものであることや、この楽譜が視力の悪化のためにバッハの筆跡が乱れるようになる前の1748年から1749年の間に書かれたと思われることから、現代の学者たちはこの記述について強く疑問を抱いています。

『"BACH"の名に基づく新たな主題』というのは、この曲に使われたフーガのテーマのひとつで



『シ♭・ラ・ド・シ♮』という音型です。試しにこの音型をピアノで弾いてみると、ちょっと不思議な響きがします。

この音をドイツ語の音名で書くと

シ♭=B ラ=A ド=C シ♮=H

となります。つまり、バッハは晩年のこの曲の中に自らの『BACH』の名前を『署名』したことになるのです。

この『コントラプンクトゥス14番』については、



盲目のチェンバリスト・オルガニストであるヘルムート・ヴァルヒャ(1907〜1991)をはじめとした何人かの音楽家の手によって補筆完成されたバージョンも存在していて、今でもその楽譜を使って曲を『完成』させる演奏が行われることもあります。一方で、

「バッハの晩年の大作に後進が手を加えるべきではない」

として、未完成のかたちのままでの演奏も行われています。

そんなわけで、バッハの祥月命日である今日は《フーガの技法》から、未完成の『コントラプンクトゥス14番』をお聴きいただきたいと思います。ムジカ・アンティクヮ・ケルンのメンバーによる弦楽四重奏での、まるでバッハの絶筆のように未完成のままで終わる演奏をご堪能ください(『"BACH"の名に基づく新たな主題』は6:36から始まります)。



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