はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

くらべてきたよ

2011-03-17 16:27:15 | 女の気持ち/男の気持ち
 げた箱の上の小さな置物を落として割ってしまった。これは42歳になる次男が、小学校の修学旅行で買ってきてくれたものだ。
 私は当時、慣れない倉敷の地で社員の食事作りを任されていた。料理は大の苦手にもかかわらず。
 朝7時、我が家へ5人の男子社員が食事にやってくる。昼間は女子社員の昼食作りに会社まで行った。後片付けをして10人分の夕食と朝食の食材を買い、自転車に積み込んで帰宅。午後7時過ぎ、仕事を終えた社員がバラバラにやってくる。家族を含めて全員が食べ終えると11時過ぎだ。私の自由時間は皆無。疲れ切っていた。夫は前任から引き継いだ赤字の会社を建て直すのに必死で家族を顧みる心の余裕はなかった。
 私は子どもたちについついつらく当たっていたのだろう。ある日、次男が言った。
 「お母さんはどうしていつも怒ってるの」
 私は彼の気持ちに向き合うこともせず、「うるさい」と一喝してしまった。
 そんなとき、このお土産である。それは、大きく口を開けて笑っている素焼きの人間。メッセージがついていた。
 「くらべてごらん」 
 一瞬、ガツンと一撃を食らった感じがした。
 その時から今日まで30年、自分を戒めるために目につく所に置いていたのだ。粉々になったそれを見て、しまったとは思ったが、もう許してくれたんだよねとも受け取っている。
 宮崎市 若杉英子 2011/3/17 毎日新聞の気持ち欄掲載

南埠頭の桜島

2011-03-17 16:07:08 | はがき随筆

 鹿児島大学病院の定期検診、そろそろ無罪放免かと、呑気に構えていたのだが、再びコルセットを着用し、1ヵ月後に診察を受けることになった。港に着き、ちょっと落ち込んだ気分で舟を待つまでの間、ドルフィンポートの足湯につかった。
 目の前の桜島をぼんやりと眺める。ふと思い出した。前回の検診の際、カメラを忘れて撮れなかったので、今回は持ってきたのだった。カメラを構え改めて桜島の雄大さを認識した。
 「そうだ、来月またこのでっかい山を撮れるじゃないか」。船に乗り込む時、少し気が大きくなっている私がいた。
  西之表市 武田静瞭 2011/3/17 毎日新聞鹿児島版掲載 写真は武田さん提供 

かえらぬ先輩

2011-03-17 15:49:41 | はがき随筆


 先月86歳で逝去された大先輩S氏の亡き後、心の空間はそのまま。「人の価値は、いかに世のために生きたかで決まる」と常々口にされていた。
 合併前の樋脇町で七つの長の肩書きで最善を尽くし、住民の信望の的であり、気配りと面倒見のよい優しさが地域の「サロン作り」の先導となっていた。
 本紙の「はがき随筆」における積極的な自己主張で、多くの読者を支え、刺激を与えた。
 ハーモニカ同好会のボランティアに参加し、さつま狂句同好会に属しユニークな発想の句で他に範を示された。尊敬する大先輩。死を悼むことしきり。
  薩摩川内市 下市良幸 2011/3/16 毎日新聞鹿児島版掲載
写真は在りし日のS氏 毎日ペンクラブ総会にて ハーモニカ演奏