はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

偽パスポート

2016-04-27 21:38:01 | はがき随筆
 妻は運転免許証を持っていないため、公的機関での書類申請時の本人確認が煩わしかった。そのこともあって昨年、10年パスポートを入手した。
 今年初め妻の誕生祝いに、青空と、いわし雲が描かれているビニールカバーを贈った。赤い旅券にかぶせると、葛飾北斎の通称・赤富士の絵柄になる。
 年金の変更届のため、妻は必要書類の受け取りに市役所へ。待ってましたとばかりに、窓口で旅券を開いた瞬間、あわててバッグにしまい込んだ。彼女が持っていたのは、カバーとセットになっていた、本物そっくりの旅券型の手帳だった。
  鹿児島市 高橋誠 2016/4/27 毎日新聞鹿児島版掲載

500円玉のような

2016-04-27 21:31:54 | はがき随筆
 車のコンソールボックスに厚手のタオルを3枚たたんで置いている。妙に安心するのだ。
 昭和30年、5人兄弟の3番目、10歳の私は風呂当番だった。長兄は大学生で不在、次兄は水俣高校の汽車通生で父も帰宅が遅い。病弱の母の言いつけで夕食の材料を買ってくると、弟たちと共に風呂を沸かす。ポンプを突きバケツで運び五右衛門風呂に水を張る。製材所からリヤカーで運んだ背板をたく。
 薄い日本手拭いと小さくなったせっけん。だが、風呂はポカポカだった。今も大切に使う500円玉のようなせっけん。だがタオルは厚手が好きである。
  出水市 中島征士 2016/4/26 毎日新聞鹿児島版掲載

息子の転勤

2016-04-27 21:23:59 | はがき随筆
 ヨルダンへの転勤が決まった息子が、準備で忙しい合間をぬって家へ顔を出した。父親に何やら署名を頼んでいる。生命保険の請求者になってもらうのだという。ヨルダンで息子夫婦に万、万が一のことがあった場合に備えてらしい。
 転勤を聞かされたとき、嫁の両親も私たちたちも不安にさいなまれた。息子は「危険なことをさせられることはないし、世情も比較的安定している」と私たちをなぐさめていたのだが……。それにつけても男女共同参画などと聞く時代、休職して同行してくれる嫁には申し訳ない気持ちと感謝でいっぱいである。
  出水市 清水昌子 2016/4/25 毎日新聞鹿児島版掲載

復活徹夜祭

2016-04-27 20:56:23 | はがき随筆


 サクラソウがピンクに盛り上がり、すっくと伸びたチューリップが赤白紫、早春の風に揺れている。フリージアがほのかに匂いはじめ、復活玉子もきれいに染めあがった。
 こよい「復活の聖なる徹夜祭」。どんなに待ちこがれたことか。物は使っているうちに汚れ、傷がつき、ネジがゆるむ。
 復活の主は、私の心の汚れを洗い清め、傷をいやし、新しく生き直すチャンスを与えてくださる。喜び待たずにいられようか。
 教会への道すがら、うぐいすの初音を聴いた。
  鹿屋市 伊地知咲子 2016/4/24 毎日新聞鹿児島版掲載

薄情な息子

2016-04-27 20:49:53 | はがき随筆
 熊本地震で出水も震度4の揺れが3度起きた。我が家も大きく揺れて、母をたたき起こしたが、3度とも戸外には飛び出せなかった。
 母と話し合う。出水地方で大地震が起きた場合は、逃げるのに手間ひまがかかる。母と私も犠牲になるか。それとも、母を見捨てて私だけ助かるか。
 長い沈黙の後に、母は「おいば助けるのに、お前まで死んでは元も子もない。親94歳。生きて、あと2年か3年じゃろ。若い者が生き残らないとね」と、気丈に言い放った。私を見上げる母のほおに一筋の涙が伝った。「薄情な息子でごめん」
  出水市 道田道範 2016/4/23 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆3月度

2016-04-27 20:41:46 | 受賞作品

 はがき随筆の3月度月間賞は次の皆さんです。(敬称略)
 【優秀作】18日「脳梗塞の友」小村忍=出水市大野原町
 【佳作】8日「『仮免許証』まで」萩原裕子=鹿児島市中央町
▽12日「町工場の手業」高橋誠=鹿児島市魚見町

 「脳梗塞の友」は、仲の良い友人が、2人までも脳梗塞で後遺症が残ってしまった。お一人は、自分の脚を見ながら、これを使うことはもうないと呟かれた。もう一人は、山歩きなどとが好きだったのに、もう二度と行けないと嘆かれた。どうしてやることもできない自分も、同様に悲しかったという内容です。寂寥の感があります。老、病、当人も傍らにいる者も悲しいですね。
 「『仮免許証』まで」は、娘さんとの2人暮らしのなかで、娘さんが大学の研修で外国へ。やがて1人暮らしになる予感を感じ、1人暮らしの予行演習をなさっている様子が書かれています。その不安が十分感じられる文章ですが、それを「1人暮らし仮免許証」の取得に励んでいると、ユーモラスに描かれたところに好感をもちました。
 「町工場の手業」は、テレビドラマで、下町の中小企業で働く女性工員の手仕事を見て、自分の学生時代のアルバイトを懐かしく思い出したという内容です。そこでは、竹ベラを使って銅線のコイル巻きをしていたが、今ではその会社は先進ロボット会社として注目を浴びている。まさしく今昔の感です。
 この他に3編を紹介します。
堀之内泉さんの「園内便」は、幼稚園の年長さんの間で園内便がはやっているというほほ笑ましい内容です。暴れん坊の子が、妙に感傷的な手紙を書いているのも、むしろ驚きであって、幼児たちの世界を見たようだという内容です。
 年神貞子さんの「はがき随筆」は、80歳の誕生日を記念に、今までの「はがき随筆」を文集にしようと思い立ち、贈る相手のことを考えて太目の活字にしようなどと計画されている、楽しそうなご様子が目に浮かぶ文章です。
 古井みきえさんの「二つ釜の夫婦」は、一般には、一つ釜の飯を食ったとは仲の良い関係をいうのですが、夫婦で、食事も会計も部屋も別々なのに、子供にも孫にも恵まれて、友好的に暮らしておいでのカップルの紹介です。人それぞれといったところでしょうか。
  鹿児島大学名誉教授 石田忠彦

みんな見上げて

2016-04-27 17:45:45 | はがき随筆


 40年前に家を建てたとき、父がモクレンの木を移植してくれた。そのモクレンの木は大きく見上げるばかりに。四つ五つ蕾を見つけ、毎朝見ていると少しずつふくらみ、蕾も増えている。昼ごろ花が咲いていた。少し元気がない。根方の土を起こし、油かすを入れ見上げると〝ありがとう〟と声がしたような。一人ぽっちの私、話し相手になってくださる人たちに「見て」「見て」と声も華やぐ。
 植物に造詣の深かった今は亡き義父母、夫、花を見上げて「ありがとう」。声が空まで広がっていくような気がした。
  鹿屋市 小幡由美子 2016/4/22 毎日新聞鹿児島版掲載