はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

菖蒲湯

2017-05-08 21:32:44 | はがき随筆
 下宿の頃、銭湯に通っていた。当時200円。髪洗い代の30円は負けてもらった。丸刈りの高校生だったからだ。大学生も、近所のおじいちゃんも、野球少年もみんな夜のお友達。それぞれの立場で今日の出来事をわーわー語りあっていると、もう巨人阪神の九回裏。舞台の上の14型テレビを、あごを突き出し見上げながらパンツをはく。「おやすみなさぁい」に優しく応えてくれるお姉さん。その笑顔を目にすることで、やっと一日が終わった気がした。桶を手にゆったりと登っていく坂道の上には満点の星。温まった身体からは菖蒲湯の香りがした。
  出水市 山下秀雄 2017/5/7 毎日新聞鹿児島版掲載

ふるさと

2017-05-08 14:04:57 | はがき随筆
 高隈連山がすみれ色の空とたそがれていく里とを分つようにすっくと立っている。西に連なる山並は茜の空にさよならをしている。お、。うっすら友星と糸のような白い月の影。
 見とれているうちにも茜の色が薄れ、消え、空は吸いこまれるような海の色に染まっていく。宵の明星がぬれたようにまたたきはじめる。白い月は金色の針になった。
 パノラマのかなでる妙なる調べに心がふるえる。ここが私のふるさと。ふるさとへのいとおしさがこみあげてくる。
 ミカン色の里の灯が呼んでいる。ゆっくり坂を下る。
  鹿屋市 伊地知咲子 2017/5/6 毎日新聞鹿児島版掲載

身ぶり

2017-05-08 13:52:06 | はがき随筆
 正座していた姿勢から腰と踵を上げ、両足指に重心が移動して膝をつく。それから踵をおろして膝がのびる。この一連の立つ動作が近ごろゆらり揺れ、両手がつき腰は曲がったまま立つ。時には「どっこいしょ」と掛け声まで出る。つくづく我が身の衰えを感じる。
 以前、山鹿市の八千代座に坂東玉三郎の公演を見にいったとき、座した姿勢から立ち上がる姿の美しさに感動した。それは錘のついた糸を引き揚げるように、すーと揺れのない立ち動作の見事さ、今も目に浮かぶ。上手な立ち方をしたい。加齢と共に努力がいる。
 出水市 年神貞子 2017/5/5 毎日新聞鹿児島版掲載

断腸捨離

2017-05-08 13:36:47 | はがき随筆
 カメラ、宝飾品、高価買取ります、と青年がやって来た。終活、断捨離とはやっているのでそのうちにと思っていた。数台のフイルムカメラ、レンズなどを処分することにした。
 どの機種にも忘れ難い思い出がある。値段はごみに出したほうがよいくらいのものである。彼らも商売だろうが数十万円のものをこなんな捨て値で、と情けない限りである。
 断捨離と簡単に言うが、愛着のある物を処分するということは過去との決別であり、それこそ断腸の思いである。結局1台のカメラは思い断ち難く、捨て切れなかった。
 鹿児島市 野崎正昭 2017/5/4 毎日新聞鹿児島版掲載

タケノコ苦楽

2017-05-08 13:29:37 | はがき随筆
 我が家は孟宗竹林が50㌃あり、毎年4月、タケノコ堀りが始まる。今年は寒暖の差が激しく表年で豊作のはずが、思ったより出てこない。それに輪をかけたように、1月ごろからイノシシが地下のタケノコを堀り食い荒している。
 人間はその残り、地上に出たタケノコを掘る状況だ。やっと掘った物を加工工場に出荷して現金をもらうと、掘る苦労も吹っ飛び喜ばしい。
 そして帰途スーパーに立ち寄り、夕方のおかずを買う。言わずと知れた晩酌の友で楽しむのです。明日はもっとキバロと思うのである。
  湧水町 本村守 2017/5/3 毎日新聞鹿児島版掲載

食べられる草

2017-05-08 13:20:45 | はがき随筆


 久しぶりに来た孫が玄関に入るなり「おばあちゃん、食べられる草があるよ」と言う。
 2人の孫と昼食の後、近くの福祉館へ。輪投げ、ミニボウリングに楽しいひとときを過ごし、さらに公演でボールを蹴る。サッカークラブの効果か、今までのように蹴飛ばすだけでなく、止めて蹴る技が出る。
 汗を流して爽快なまま家へ帰ると、再び「食べられる草」のことを言う。「どれなの」「ここにあるこれ」。え、教えてくれてありがとう。食べていいとは知らなかった。この花、ホトケノザっていうの、仏さまの座布団に似ているから─―。
  鹿児島市 東郷久子 2017/5/2 毎日新聞鹿児島版掲載

どじ

2017-05-08 13:14:20 | はがき随筆
 ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子さん(2016年12月逝去)が、置かれた場所で咲きなさいと言われた。なるほどなーと思い、はがき随筆を再度始めた。なんと字数150字が原則と思い込み、文章にならないまま投稿していた。先日、親切なご指摘をいただきハッと目が覚めた。なんというどじだ。五体不自由にはなったが、やっぱり脳までこんなにいかれていたのか。物忘れもひどくなった。思い込みは怖い。でもここで諦めては脳トレにならない。恥をしのんで書くことにしよう。一度このドジを暴露して、脳の隙間を埋めたい。
  霧島市 楠元勇一 2017/5/1 毎日新聞鹿児島版掲載

魂だけでも

2017-05-08 13:01:57 | はがき随筆
 平成26年6月、一般書道生徒さんより手紙が届いた。「私があげた野菜がとてもおいしいでした。庭に花の苗を植えて、咲くのが楽しみ」と。その後、彼女は体調を崩され、数年来続いた会員を脱会。病気で入院との電話。驚いてお見舞いに行ったところ、ベッドに寝たきり、会話もされない。正月早々、ご主人から訃報の知らせ、早世が悔やまれる。
 書道は各科目、準師を取得、師範目前の努力家だった。別れの会で、残されたご家族と握手して励ましてよりはや3年忌。色白で美しい素顔は見えずとも、魂だけでも教室に来てね。
  肝付町 鳥取部京子 2017/4/30 毎日新聞鹿児島版掲載