夕食後、お嫁さんが耳を澄ませた。「今、ザーザーと聞こえているのは虫の声ですか?」。私も耳を。「あ、セミ?」。でも鳴き声がどこか悲壮的だ。
台風接近で庭を見回っていた息子に声をかける。「そう、セミだよ。飛ぼうとして枝にからまった」と言う。あー、残り少ない命なのに。助けようと2階のベランダからヒメシャラの木に竿を伸ばしていた息子が声をあげた。「カマキリに捕まってる」。えっ、なんという不運。カマキリはセミを離さない。
そして夕暮れ空に響いていた鳴き声は消えた。私たちは樹上を見明けてさよならをした。
宮崎県延岡市 柳田慧子(77) 2022.9.26 毎日新聞鹿児島版掲載