はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

樹上のお別れ

2022-09-26 17:34:43 | はがき随筆
 夕食後、お嫁さんが耳を澄ませた。「今、ザーザーと聞こえているのは虫の声ですか?」。私も耳を。「あ、セミ?」。でも鳴き声がどこか悲壮的だ。
 台風接近で庭を見回っていた息子に声をかける。「そう、セミだよ。飛ぼうとして枝にからまった」と言う。あー、残り少ない命なのに。助けようと2階のベランダからヒメシャラの木に竿を伸ばしていた息子が声をあげた。「カマキリに捕まってる」。えっ、なんという不運。カマキリはセミを離さない。
 そして夕暮れ空に響いていた鳴き声は消えた。私たちは樹上を見明けてさよならをした。
 宮崎県延岡市 柳田慧子(77) 2022.9.26 毎日新聞鹿児島版掲載

夜の会議

2022-09-26 17:26:32 | はがき随筆
庭の周りにいろんな気が植えてある。前に住んでいた方が植木の好きな方だったのだろう。四季折々に色と香りで楽しめる。ムクゲ、アジサイ、クチナシ、ツツジ。主なくても花は咲く。松の苗木を見つけてきて庭に植えた。小さな手のひらにのっていた松の木が今では私の背丈以上になった。だんだん枝ぶりができた。愛しくて愛しくてならない。松竹梅のリーダーの松が木の精を庭に集めて夜の会議を開いていると思う。雨にもめげず風にもめげず四季の恵みに感謝して頑張ろう。松の木君の声が聞こえるようだ。毎晩夜の会議は続く。神秘な会議が。
 熊本県八代市 相場和子(95) 2022.9.25 毎日新聞鹿児島版掲載

御楼門

2022-09-26 17:18:05 | はがき随筆
 手元に昨年の鹿児島銀行のカレンダーがある。それには、再建された御楼門とお堀の蓮の花が描写されている。
 見に行きたいと思い続けていた。思いが通じたのか、弟から5月6日に黎明館で「先史・古代のかごしま」展見学の誘いの電話があった。飛びつく気持ちで快諾。当日はあいにくの小雨の中、弟夫婦はこの上ない昼食のもてなしで迎えてくれた。
 甲突川沿いの維新ロードを歩き、黎明館内を見学。そして、御楼門へたどり着いた。門柱に耳を当てた。行き通う車の喧騒に交じり、維新の兵が橋を渡る音が響く島津雨の御楼門。
 鹿児島県出水市 宮路量温(76) 2022.9.24 毎日新聞鹿児島版掲載

亀太と18年

2022-09-26 17:10:57 | はがき随筆
 このところ「疲れが」という娘から、私に総菜を届けて帰宅しすぐ「亀太が死んでいる」と電話。
 孫の片手ほどの亀を買って18年。台風11号でぶり返した暑さを思うと「さもありなむ」と思った。後悔した。
 娘のところの2人の男孫。動物好きの下の子はまだよちよち歩きの時、動物園の触れ合い行事で動物をしっかりつかみ、世話のおじさんに怒られたし、お兄ちゃんは亀好きで弟のようなつもりで一緒にいた。
 いずれにしても別れの時が来た。家族に、私に、心の支えをありがとう、
 鹿児島市 東郷久子(88) 2022.9.21 毎日新聞鹿児島版掲載

ありがとう

2022-09-26 17:03:39 | はがき随筆
 我が家の川岸の崖が崩れたのは昨年の5月であった。昨年は台風が1度きた。土木課にお話をしたが個人の仕事だと言う。
 今年自分で工事をすませた。土木の仕事もトビ職の元気なお兄ちゃんたちがはしごを何本もかけ川の中へ入り、ロープを握って6畳ほどの板の間を作った。
 屈強な若者たちが、目のさめるような機敏さでする仕事を毎日飽かず見た。ただ事故がなく無事に仕事が終わることだけを祈った。飲み物やアイス、菓子、コーヒーなどを上げた。
 ありがとう。終わりました。ほんとうにありがとう。頬を伝う涙がこんなに暑いとは……。
 宮崎県延岡市 逢坂鶴子(95) 2022.9.20 毎日新聞鹿児島版掲載

日常

2022-09-26 16:55:57 | はがき随筆
 特別何をするでもない昼下がり、居間に座り部屋を見回す。いつの間にか物であふれている。この中にどうしても捨てられない物はいくつあるのか。孫や愛犬の写真はずっと取っておきたい。いつかきれいに整理すると思っているが、いつの事やら。不用品だらけの部屋でもなぜか落ち着くから不思議だ。
 朝、庭に出たらいつもの場所に彼岸花を見つけて感動する。猛暑に耐え、懸命に伸びる姿に生きる力をもらったようで元気が出た。暑い夏も終わりに近づき、カナカナカナとヒグラシが鳴き、オレンジ色の夕焼けが一日の終わりを告げる。秋だ。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2022.9.19 毎日新聞鹿児島版掲載