「お父さん、先に入っていいよ」とありがたい声だ。仕事帰りの私に合わせて、娘が湯船を準備してくれていた。私は息子を誘って一番風呂に向かった。
服を脱ぎふたを開けると、湯が全く入っていない。おや? 底の栓が開いたままだ。
「おうい、空っぽだぞ」と声を出そうとした途端、息子が私の口元を押さえた。「ねえ、黙っとこうよ」。がっかりする姉を見たくない彼の提案だった。迷わず「うん」とうなずいた。
裸ん坊のままこっそり湯を張り直した。待つ間、冬の空っぽ風呂は寒かったが、立ち上る湯気に家族のぬくもりが見えた。
宮崎県都城市 平田智希(46) 2022.3.15 毎日新聞鹿児島版掲載コロナ
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