1日24時間、目の離せない世話が3年あまり続いた。少々荒っぽい介護だったが、自分なりに一生懸命努力した。いつしか母の介護は使命感から、私の生きがいに変わった。
その生きがいを失って、桜を眺めても物悲しい。青空を見上げても寂しい。すべてのものがむなしく目に映り、生きる気力さえも萎える。
炊事、洗濯、掃除の日課に母の世話がずしりとのし掛かり、パニックを起こしかねないほど目まぐるしい毎日だった。3年あまりの介護だったが、今に思うとあの頃が、私が一番充実した日々だったかもしれない。
鹿児島県出水市 道田道範(71) 2021/5/19 毎日新聞鹿児島版掲載
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