はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

失速

2009-12-22 23:01:07 | はがき随筆
 県マスターズ陸上記録会で、70歳代前半の部・百㍍走に出場したのは私を含めて5人。「速度違反はいけません」とか「お″足″柔らかに」などと冗談を言い合って号砲を待つ。
 スタートで飛び出す。北風が心地よい。「トップは清田君」のアナウンスに励まされ、ラストスパートをかける。必死の腕振りもかなわず、失速。ゴール前でYさんに抜かれた。
 夏の選手権大会と同じ結果だ。情けない。Yさんと私の記録は16秒台。タイムの悪さに、顔を見合わせて苦笑い。
次の大会では馬力をつけて、納得のいく走りをしたい。
出水市 清田文雄(70) 2009/12/18 毎日新聞鹿児島版掲載



ごめんね

2009-12-22 23:00:52 | はがき随筆
 降霜の夜は一段と冷え込む。そんな真夜中、夫のトイレに起こされる。さすがに4回目となると私は不機嫌になり布団を出る。そして、よろけて立つ夫を支えトイレに導く。冷気が足元から体中を包む。思わず「寒い」と声を出す。夫を支えながら布団を掛け終わると「ありがとう。寒いのにごめんね」。私は無表情のまま布団に潜り込む。
 難病のため視力障害となった夫。その絶望的なつらさを思えば、私が出来ることなど微々たることだ。今こそ思いやりの介護を、と反省。
 「さっきはごめんね」と夫の耳もとにささやく。  
  鹿児島市 竹之内美知子(75) 2009/12/17 毎日新聞鹿児島版掲載

一番世の中で

2009-12-22 22:58:13 | はがき随筆
 1週間に3、4日ほど一人暮らしである。3時、4時に起床でき、創作・日記にも精出し、気ままにできる。
 妻は、陶芸に没頭している。仲間とわいわい。女性のパワーはすごい。夜明けまで猫・犬・ウサギ・象と小物づくりを楽しんでやっている。器用さをよさに、紐やかなところまで作る。人物も、今にも動き出しそうで語り出しそうである。
 3日、4日の空白はつきものの私にとっては困る時も生じる。食事はともかくとして、アイロンかけには一向に慣れぬ。夫婦ってやはり同居していることが一番世の中でいいのかも。
  出水市 岩田昭治(70) 2009/12/16 毎日新聞鹿児島版掲載


街はずれの灯

2009-12-22 22:46:56 | はがき随筆
 ミサが終ると、日はとっぷりと暮れている。
 聖堂のあかりを消して帰るころ、眼下に街はずれの灯が美しい。
 高1のとき、担任が言った。街の灯に胸のときめく者は不良の可能性が高い」
 わたしはときめき組だった。
 また、うつうつとさまよい、歩き疲れて帰る夕暮れ、家々にともるあかりがなつかしく、かなしかった。
 にぎやかに食卓を囲んでいたり、一人で泣いていたり……。
 たくさんのドラマが見えてきて、あかりたちがいとおしくなる。
  鹿屋市 伊地知咲子(73) 2009/12/15 毎日新聞鹿児島版掲載


母の証言

2009-12-22 22:42:30 | はがき随筆
 満10歳の時の「大正3年新玉の1月12日、桜島大爆発の日」のことを母は覚えていて語る。
 爆発の何日か前から地震が度々あった。その日、朝10時ごろ、ものすごい音がして地震が来た。その瞬間屋根が地面に着いたと思った。自分は弟をおんぶして母親や妹と裏の城山(垂水市)へ逃げた。兄姉はもっと奥へ逃げた。桜島方面から逃げてくる人で道はいっぱいだった。ガタンガタンガタンと何日も揺れて溶岩や灰が降る。夜は皆で竹林で寝た。昼も夜も、燃えさかり噴火する桜島をあぜんと眺めるだけだった。作物も出来ず、恐ろしい日々だった。
  霧島市 秋峯いくよ(69) 2009/11/13 毎日新聞鹿児島版掲載


ひまわりのこと

2009-12-22 22:41:23 | はがき随筆
 「生き生きサロン」は地域の老人と遊ぶ会である。アドバイザーは6人になった。「みんなのために何かやりたい。私も仲間に入れてください」。自分から申し出た人たちなので、会っていて気持ちがいい。
 「次は、私がちゃんぽんを作りましょう」「腕カバーも作りたいなあ」「お正月には参加者にマフラーを編んでプレゼントしない?」「王様ひまわりの町にしようよ。私が苗を育てるから」
 話はどんどん広がっていく。
 転勤族だったので友だちがいなかった私だが、すっかりなじんで、ご機嫌な日々だ。
  阿久根市 別枝由井(67) 2009/12/12 毎日新聞鹿児島版掲載



煩悶

2009-12-22 22:40:38 | はがき随筆
 朝夕は急に肌寒くなってきた。霜月も早過ぎもう師走。齢を重ねるごとに歳月過ぎ行く早さに感覚がついていけない。
 あれもしたい、これもしたいと思いながら何もかもが中途半端でいたずらに時間たけが過ぎ去り、空虚な思いに駆られる。「お前はいったい何しに生まれてきたのか」と問いたくなる。
 こころを空しくして紺碧の空を仰ぐと、秋から冬にかけて空は青く澄み、老いの感傷を預けるにふさわしい。古稀もとっくに過ぎた。ぼつぼつ生きていた証しを、などと煩悶するが考えがまとまらない。時は過ぎる。このままで終わるのか……。
  志布志市 一木法明(74) 2009/12/11 毎日新聞鹿児島版掲載



朝を楽しむ

2009-12-10 12:49:39 | はがき随筆
 散歩に出るのは5時ごろ。懐中電灯は必携で闇の中を進む。日の出が早いころに出会った人たちも1人減り2人減って人との出会いはほとんどない。そんなぼくを慰めてくれるのかタヌキが顔を出す。民家に近いこんな所でと思うが、夜行性の彼らに支障は無いのかもしれない。早起きのじいさんと朝帰りのタヌキが思わぬ所で遭遇し、懐中電灯の光の輪の中でぼくを見上げ、照れ笑いのように見える。
 会社勤めのころ、旅先で買ったタヌキの置物を、さり気なくぼくの机に置いてくれた女子社員のことを思い出して、苦笑しながら歩く。
  志布志市 若宮庸成(70) 2009/12/10 毎日新聞鹿児島版掲載
写真はtakocchiさん

60年前の偶然

2009-12-10 12:46:10 | はがき随筆
 肝付町立川上中の木造校舎が「国の有形文化財に登録」の記事に、60年前の記憶がよみがえる。昭和24年に新築。父がソ連より帰国し最初に教職に復帰した学校でもあり強く心に残っている。今も校舎、集落は当時の面影を残して温かい。私は高2で父、同僚の先生の依頼で宿直。木の香りの宿直室が懐かしい。一緒に宿直してくれた友人は鬼籍に。どんな会話をしながら過ごしたか幻影の底に沈んでいる。在校生16人は寂しいが豊かな生徒たち。校庭のイチョウの落葉が光っていた。校舎の白壁に大きく″きばらんね″の文字が私の背中を押してくれた。
  鹿屋市 小幡晋一郎(77) 200912/9 毎日新聞鹿児島版掲載

「時の流れを」

2009-12-08 22:42:55 | 岩国エッセイサロンより
岩国市  会 員   吉岡 賢一

 母の1周忌を終えた。母のお城であり寝室であった部屋は、今やソファがどっかり応接間に変身した。

 毎朝、起きがけにシャッターを開ける。人けのない寒い部屋が急に明るく生気を取り戻す。壁や天井に埋め込まれた母の目を感じるときがある。そのたびに、もっと優しく、ああしてこうしてあげたらよかったのに、と頭をもたげる自責の念は相変わらずだ。ただ目の前の悲しさに追われるだけではなく、遠い昔や幅広い母の全体像を思い出すゆとりが、出てきはじめた。

 1年という時の流れか、気持ちは随分柔らかくなってきた。
   (2009.12.07 毎日新聞「はがき随筆」)岩国エッセイサロンより


「冬の木漏れ日」

2009-12-08 22:39:44 | 岩国エッセイサロンより
2009年12月 7日 (月)

岩国市  会 員   山下 治子

 37回忌までは覚えているが、その後何年たったのか。その夜は空っ風が吹き、小雪が舞っていた。母に付き添う私に、医師が言った。「今夜が峠でしょう」
 
 皆が来るのを待ち、父が指示した用事を急いで済ませて戻ると、母は病室からいなくなっていた。私だけが死に目に会えなかった。涙があふれ止まらない。置き去りにされ、棄てられた子供のような気持ちになった。

今年の始め、母や先祖の加護のおかけで早期発見でき、余命が延びた。母の年を幾つ越えただろう。明後日は命日。山裾の山下家の墓を借りて、母としばし語ってこよう。  
   (2009.12.06 「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載  

しぶ柿の味

2009-12-08 11:25:59 | はがき随筆
 「わあ、鈴なりだあ」
 裏の畑の柿の木が、わんさと実をつけた。しぶ柿だ。ダイダイ色で頭がとがっていて、かわいい。そのまま食べれば口がとんがるほどしぶいのを知ってか、カラスもつつかないようだ。
 母がどっさりもいできた。焼酎にさっと通して、ビニール袋に入れて暗所に置いておく。
 もう食べられるかな。しばらくして食すると、何とも言えないおいしさ。「よくあおれているね」と母。しぶ柿が焼酎を飲むとこんなにおいしい柿になるとは……。親せきや近所の方にも配って、喜ばれた。
 お母さん、ありがとう。
  出水市 山岡淳子(51) 2009/12/8 毎日新聞鹿児島版掲載
写真はkusatomoさん

野良猫の叫び

2009-12-07 18:58:55 | 女の気持ち/男の気持ち
 犬の散歩中、1匹の野良猫に出くわした。皮膚病に侵されたのか、ほとんどの毛が抜け落ち、右目は醜くつぶれている。猫は我が家の犬たちを見つけると、やせ衰えたその身にこん身の力を振り絞り「フーッ」と威嚇した。
 いつもなら道端で猫に遭遇すると、格好の敵を得たとばかりにほえ、向かっていく我が家の犬たちも、その野良猫の孤高の姿に威圧されたのか、全く反撃する様子もない。
 散歩から帰ると、犬たちは私に汚れた足をふいてもらい、清潔な水と十分な餌を与えられる。2匹とも清足したのか、それぞれのケージの中ですやすや眠りについた。
 あの野良猫は一度でもそんな穏やかな日を過ごしたことがあるだろうか。いや野良猫=不幸と決め付けることが私のおごりであるのかもしれない。とはいえ、今確かに野良猫という身の上の小さな命がさまざまなものと孤独に戦っている。
 その夜、テレビで劇団四季のミュージカル「キャッツ」の名場面が放映された。
 「お願い。私に触って、私を抱いて。光の中で」と野良猫役の女優が、月明かり
の中で歌っている。
 その歌を耳にした途端、ほろほろと滴り落ちる涙を私はどうすることもできな
かった。やせた背中を怒らせ、「フーッ」と威嚇するあの野良猫の本当の心の叫
びを聞いたようで。
 冷たい光を放つ憂いに満ちた瞳が忘れられない。
  長崎市 白石美由紀・49歳 2009/12/7 毎日新聞の気持ち掲載

おもかげ

2009-12-07 18:48:26 | はがき随筆
 小刀で鉛筆をまとめて削るが、どれも気に入らない。幼いころ母が削ってくれた鉛筆はスマートで木の香りさえしたのに。
 あれは12歳の夏、N宅が落雷で燃えてた時だ。母は急に寒がり高熱を出した。者を呼びに雨の中を走った。重い虫垂炎だった。やっと退院したら今度はリウマチで寝込んでしまった。
 母の言いつけ通りの買い物と料理の日々が始まった。弟2人も張り切って水を運びふろを沸かしたが、痛みで母が話せない日、3人は途方に暮れていた。
 今でも料理をすると母の味になる。が、削った鉛筆はいまだにブサイクのままなのだ。
  出水市 中島征士(64) 2009/12/7 毎日新聞鹿児島版掲載

妻の涙

2009-12-07 18:21:39 | はがき随筆
 「ろれつが回ってないよ」。何気なく発した一言が朝食の後の夫婦のくつろぎの雰囲気を一変させた。「私だって一生懸命やってるのに……」。しばらく絶句した後、涙を浮かべて妻は言った。かなりマズいことを言ってしまった。心の内では反省したが、うまい言葉が出てこない。「2人とも更年期障害かもね」。普段夫婦でそう話しているのに妻への気遣いが足りなかった。本人が最近気にしている体の不調を、私がポンと突いたのがいけなかった。「あなたは他人に厳しいが自分には甘い」。いつか誰かに指摘された言葉を、私は一人かみしめていた。
  霧島市 久野茂樹(60) 2009/12/6 毎日新聞鹿児島版掲載