はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

秋の星

2016-11-13 17:20:04 | はがき随筆
 彼岸花が枯れて、朝夕は深まる秋をひしひしと感じる季節。夜明けが待ち遠しい。新聞をとりに外に出ると、まだすっかり闇。虫がしゃがれた声で鳴き、風が肌寒い。見上げると満天の星がいくつか空に瞬いている。夏と違った秋の星は冷たい色に見えロマンを感じさせる。下界の人を諭すような風情である。夏が終わり冬を迎えるまでの短い秋、寂しい季節ではあるが心が妙に落ち着き、何をするにも良い時季である。先月より少し体調を崩している。今まで続けてきた俳句や随筆も滞っている。気力と体力の揺する限り頑張ってもう少し続けてみたい。
  出水市 橋口礼子 2016/11/10 毎日新聞鹿児島版掲載

彼岸花と孫

2016-11-13 17:05:32 | はがき随筆


 大学4年の娘が小学4年のとき、夕方一緒に散歩をしていた。花に関心のない私に、娘が河川敷に美しく咲く彼岸花を教えてくれた。昨年同じ道を1人で散歩しているとき、彼岸花を見て当時を思い出した。彼岸花を持ち帰り、家の庭に植えた。
 先日、彼岸花が庭に一輪咲いていた。すっかり忘れていた私は彼岸花が1年後を覚えていた事とその生命力に驚いた。昨年、初孫ができ、今年も生まれ、もうすぐ3人目の新しい命が生まれてくる。孫たちの成長と毎年咲き続けてくれるだろうこの彼岸花を長く見られるよう、健康を第一に日々を過ごしたい。
  霧島市 向井正樹 2016/11/9 毎日新聞鹿児島版掲載

彼岸花

2016-11-13 16:56:42 | はがき随筆

 花の咲く時期は、その年の気候で決まる。狂い咲きもある。昔、造園士の方が言われた。彼岸花だけは、気候に左右されないで、必ず彼岸に咲くと。暑さ寒さも彼岸までという言葉もあるが、今年の彼岸の時期はまだまだ猛暑の夏、真っ盛り……。でも彼岸花は、しっかりと咲いた。彼岸を忘れないでと不思議なメッセージのようなものを強く感じた。
 彼岸花を見ながら、人生もいろいろあるけど左右されずに凛として生きていきたいと天を仰ぎ静かに思った。美しい、ひがん花よ彼岸を忘れないからネ。うん!
  鹿児島市 永野町子 2011/11/8 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆交流会

2016-11-13 16:46:26 | はがき随筆
 待ちに待った日が来た。はがき随筆の、宮崎と鹿児島との合評会・交流会の日である。
 鹿児島からは4人だったが、宮崎の仲間は8人だった。宮崎県南の世話役のS氏に、作品の小冊子まで作って歓迎したもらった。
 盛会で厳しい指摘もあった。私の随筆は「宮崎と私」という随筆らしからぬ作品だったが、皆さんや支局長に、丁寧に指導してもらい、うれしかった。
 交流会の最後に、同行のT氏がマジックをして皆を楽しませてくれる。大好評だった。
 甘い土産とはまた違う、交流会での温かい思い出ができた。
  出水市 小村忍 2016/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

吹奏楽部

2016-11-12 21:55:39 | はがき随筆
 今から54年前、8人で創部された。
 創部1年目、集団就職列車を見送りに出水駅まで5㌔の道を楽器を持って歩いた。汽笛が鳴ると、行く先輩たちは悲痛みたいに泣き、送る親も先生も生徒もみんな泣いた。部員たちは「蛍の光」を演奏しながら涙をこらえ切れずに音程は崩れた。
先日、部員30人の米ノ津中学校吹奏楽部定期演奏会に行った。演奏スキルが段違い。客席も部員たちも笑顔である。部員たちの踊りとトークで会場に笑い声が響いた。もう二度とあんな悲しい演奏をする日が来ないでほしいと祈りながら楽しんだ。
  出水市 塩田幸弘 2016/11/6 毎日新聞鹿児島版掲載

年を重ねる幸せ

2016-11-12 21:49:19 | はがき随筆
 80歳を目前にして内なる変化に驚いている。
 あるお二方が嫌いだった。権力で人々の自由を縛る傲慢さに憤りをおぼえてきたけれど、気づいたのである。「お二方も星のかけらから生まれたわたしの仲間だ。嫌うばかりではいけない。彼らが自分の罪に気付かれるよう祈らなければ」と。
 足腰が弱り体力の衰えはいかんともし難いけれど、かたくなな心は限りなく解放されていく。「主は奪い、主は与えられる」。聖書の言葉がストンと心に納まった。
 年を重ねるってすてきだ。うれしくなり、たのしくなる。
  鹿屋市 伊地知咲子 201611/5 毎日新聞鹿児島版掲載

今言える

2016-11-12 21:37:50 | はがき随筆
 思えば刀鍛冶になりたいと考えた中3の頃から私の精神はさ迷い始めていた。能力別学級編成の高校が嫌いで授業をよくさぼった。山登りも始めた。船員になって国外へ出たかった。留年して6年いた大学生活も苦悩の日々だった。悲しかった。
 失望の果て、中学美術教師として無心にそろりと歩き始めた私は、へき地の大自然の中ではつらつとして中学生たちとよく遊び共に生きた。
 「先生、素直に生きることです」と彼らが教えてくれた。
 彷徨は今も続いているが、彼らが私の生命をよみがえらせたのだと、今、はっきり言える。
  出水市 中島征士 2016/11/4 毎日新聞鹿児島版掲載

川幸彦

2016-11-12 21:26:43 | はがき随筆


 6歳の息子は釣り人である。せわしなくさおを操る母に「ジッと待つ方が釣れるんだよ」とアドバイスまでくれる。すでに立派な太公望である。
 先日、大隅まで川釣りに行った。水音は思ったより激しい。さお先のしなりを合図にひき上げれば、ニジマスが姿を現す。この日は4匹釣れた。「全部、違う料理にして」とのリクエストに、塩焼き、ムニエル、ホイル焼き、ニジマス飯を作った。息子の収穫を食卓に供すると、自分が太古の母であるかのような気持ちがする。「またよろしくね」と言うと、小さな川幸彦はにっこり笑った。
  鹿児島市 堀之内泉 2016/11/2 毎日新聞鹿児島版掲載

ブログ製本 自分史に

2016-11-12 14:22:47 | 岩国エッセイサロンより
2016年11月12日 (土)
   岩国市   会 員   片山清勝

 日記は小学校の夏休みに宿題として書いたが、それ以降は残したものはなかった。そんな私が、公開日記といわれるブログを始めて、1年ごとに印刷して手作りで製本している。それがこの秋に10冊になった。
 B6判、数百㌻の小さな一冊。わが家のことはもちろん、世の中の出来事、四季の移ろい、感動したこと、災害や事件など、その日にあったことや思ったことを飾らずに書いてきた。
 製本したものを読み返してみると、子どもの頃からブログ開始までの仕事や交友の記録が、そこかしこに残っている。子どもの頃のエピソード、社会へ出てから学んだこと、失敗や成功、出会いなどだ。
 単に自作の薄っぺらな手作り本と思っていたが、小さな自分史になっている。意識したわけではないのに、続けているうちにそうなっていた。
 これからも、日々感じたままを自然体で書き続けたい。最近は、その日の題材にふさわしい終わりの1行をどうまとめるか、苦心している。  

     (2016.11.12 中国新聞「広場」掲載) 

おやじの年に

2016-11-12 14:22:01 | 岩国エッセイサロンより
2016年11月11日 (金)
  岩国市   会 員   角 智之

 父は明治生まれの堅物で仕事一筋、融通の利かない寡黙な人だった。ある日、子供だった私にこう言った。「お前、将来わしの仕事を引き継いでやらんか」と。即座に「嫌じゃ」と答えた。当時、玖珂郡北部の通信設備の保守を任されていて毎朝、藍染めの巻脚絆に作業靴で出勤する。梅雨時や台風の時は朝早く出て帰宅が遅くなることも珍しくなかった。
父の背中を見て育ち、苦労も分かっていた。高校を出て父の勤めた会社に就職し、少しは親孝行ができたと思う。父は昭和48年、75歳と4ヵ月で他界した。  
開もなくおやじの年に……。
  (2016.11.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載)  

観月会

2016-11-12 14:19:02 | 岩国エッセイサロンより
2016年11月 8日 (火)
岩国市  会 員   上田 孝

高校の同窓会で京都に帰った際、同級生10人ほどの観月会に参加した。正伝寺という古刹、本堂の縁側に毛氈を敷いた。眼前には、ボンボリに照らされた枯れ山水の庭。白壁の向こうには巷の灯はなく遠く比叡山が望めるのみ。いにしえの都人が見た風景もかくありやと、高校時代には思いもしなかった感傷に浸った。
 弁当とお酒も出て舞台はそろい、主役お月様の登場を待つばかり。ところが、あいにくの曇り空。宴の終わりの頃にほんの数秒お顔を見せてくれただけ。思わず拍手と歓声が湧き上がった。じらされていっそう気高き古都の月。
   (2016.11.08 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

時計を相棒に生きる

2016-11-12 14:18:06 | 岩国エッセイサロンより
2016年11月 8日 (火)
   岩国市   会 員   山本 一

 私は、しょっちゅう時計を見ながら生活している。洗面所やトイレにも時計がある。家中の時計を数えてみると、デジタル機器に付属しているものは除いて16個ある。
 このうち、8個は電波時計だ。電波時計を初めて買ったのは13年前である。大変な優れもので、電池がある限り秒針までラジオの時報とぴたり。
 外出時の腕時計は1万円の安物の電波時計だが、もう4年も正確に時を刻む。秒針に至るまで、きっちり合っている。この安心感は一体何なのだろう。
 それにしても、一日に何回時計を見るのだろう。時を追い掛けているのか、追い掛けられているのか、どうも判然としない。
 今が何時なのか、常に確認しながら生活しているのは間違いない。どうやら私の体が、常に時間の確認を要求しているようだ。
 来年は後期高齢者だ。人生の残り時間も知れている。時を気にして、これまで通り時計を相棒として過ごそう。秋の夜長、独り酒しながらふっと思う。

     (2016.11.08 中国新聞「広場」掲載)

志布志事件

2016-11-03 12:00:28 | はがき随筆
 志布志事件とは、2003年に行われた県議選において、曽於地区(当時)で初当選した議員の買収容疑事件である。
 志布志町の市街地から遠く離れた山間地の10戸にも満たない同一集落で、4回の買収会合が行われ、現金191万円が授受されたとして、13人が逮捕・起訴されたものである。鹿児島地裁は07年に、あるはずもない事件で、自白した供述調書は、どう喝や脅迫によるもので信用性がないとして全員に無罪を言い渡し、賠償金を支払うよう命じた。事件が起きて13年が過ぎ裁判は終結したが、私は今も、この事件の発端がわからない。  
志布志市 一木法明 201611/3毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島版掲載

天国の伯父に

2016-11-03 11:40:20 | はがき随筆
 私が11歳の頃、自宅近くの野菜畑で弟2人と遊んでいた。畑にミカンの木があり、食べごろの実が鈴なりになっていた。食べたい一心で弟たちは木によじ登った。すると、枝や葉が揺れて騒がしい音に。伯父が気付き、大声で怒鳴りだした。きっと収穫を楽しみにしていたのだ。あわてた2人は落ちそうになった。そのとき助っ人なるか、クマバチが伯父の顔に突撃した。「アイタッ」。痛さに耐えられず、腰を曲げて退散。空に響く容赦ない笑い声。子供心を察してと。今では天国で在りし日の笑い話にして、おいやめいを見守ってください。
  肝付町 鳥取部京子 2016/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載