はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

台風一過

2020-09-25 18:35:43 | はがき随筆
 猛暑に負けてやめた自転車通勤。風に誘われ久しぶりに乗った。驚いた。稲穂は実り、気配は秋。空に鷹の案山子が高々と本物のように舞う。
 災害で堆積した河川の土砂は除かれ道路に積もった砂もなく、車輪は走りやすい。素晴らしい時節よ。勢力を増す台風は怖いが、水を回し風を巻き、地球の体温調整をして、人の荒らした自然のありようを、全体が調和し整うように後始末をしているように思える。我が家の栗の木、河川敷の合歓木など、枯れ枝を梳かれ、小枝の始末は大変だが人間の手の届かない痒い所を掻いてくれるようでもある。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(65) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

健康の森

2020-09-25 18:30:13 | はがき随筆
 妻はアルツハイマー症の実兄を7年余り介護して、天寿を全うさせて今はようやく自由の身になり、気軽にどこでも行ける身になった。そこで2人とも15年余り行っていない「健康の森」に出かけた。憩いの森などを散策してデート気分をも満喫した。やはり野外の空気は格別であることを妻も知ったようだ。
 小生の山登り歴約40年を生かして、これからは近郊の山々にも一緒に登って、妻へのご苦労さん、感謝の意を味わわせてやりたくお誘いの言葉をかけたいと思う。
 鹿児島市 下内幸一(71) 2020/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

手紙

2020-09-25 18:21:24 | はがき随筆
 福岡のNさんから手紙をいただいた。掲載されたご自身のはがき随筆が同封されていた。返事は手紙で書くことにした。
 便箋、万年筆、辞書など用意。正座をしてNさんの顔を思い浮かべながら筆をすすめる。時候の挨拶から本題へ。Nさんのはがき随筆「一つの命」の感想。弱ったセミに出会ったNさんが、指をさし出したら、そのセミが指に乗り、最後に飛び立った話だった。情景が目に浮かぶ。読む人の心をやさしくしてくれる文章だった。最後に私の近況も添えた。
 暮らしの中で立ち止まり手紙を書く。ゆっくり時が流れる。
 熊本県玉名市 立石史子(67) 2020/9/23 毎日新聞鹿児島版掲載

千年菓子

2020-09-25 17:01:05 | はがき随筆
 東京で働いている孫娘に、珍しいお菓子をもらった。小さな巾着状、揚げ菓子だという。固い。彼女からのメールによると、遣唐使によって伝えられた「からくだもの」で、7種の香が練り込まれた米粉に、木の実、あまずら、カンゾウを加え、ごま油で揚げたもの。今でも比叡山に納入されたり、大河ドラマ「真田丸」では茶々さまが召し上がるシーンがあったというが、全く知らなかった。形が可愛いと、食卓に置いて眺めていたが、賞味期限20日とある。砕いて食べてみた。千年の味は、ほのかに溶けて甘かった。
 またひとつ、未知との遭遇。
 鹿児島県日置市 堀苑美代子(76) 2020/9/22 毎日新聞鹿児島版掲載

彗星の軌道

2020-09-25 16:53:29 | はがき随筆
 ネオワイズ彗星。最近発見されたばかりなのに、8月には見えなくなった。次に見られるのは5000年後だという。
 ふと、教室での出会いを振り返り、何だか目頭が熱くなる。みんなそれぞれの光を放ち、きっと今日も輝いている。
 だけど、あの時一番接近していたんだなあと思うと、記憶の濃淡が突き付けられ、寂しくもなる。ただ、彗星の軌道に思い起こすこの感情は、自分中心の思考だからなのだと戒める。
 今日も、それぞれの人生の軌道が近づき出会えている。朝一番の「おはようございます」は感謝を込めて大切に伝えたい。
 宮崎県都城市 平田智希(44) 2020/9/21 毎日新聞鹿児島版掲載

手を握る

2020-09-25 16:46:12 | はがき随筆
 「私はいつ死ねますか」。毎朝、耳が遠く声がでない患者さんが筆談で訴えてくる。細く震えた文字の横に大きく力強い字で「そんな事言わないで下さい。大丈夫です」と書くと不満げな顔で目を閉じる。切なく苦しい気持ちでいっぱいになる。
 ある朝、いつものように差し出された紙に小さく「死なせて」と書いてあった。患者さんの細く震える手を力強く握った。ただただ手を握っていると初めて患者さんが私の目をじっと見つめ満足そうに眼を閉じた。聞こえなくても私の声は心に届いたんだと今、患者さんの細く冷たい手を握りながら思う。
 熊本市東区 野見山沙那(19) 2020/9/20 毎日新聞鹿児島版掲載

変身

2020-09-19 21:51:24 | はがき随筆
 骨がダメになり使えなくなった雨傘がある。捨てようと思った……が、待てよ。気に入っていた色柄なので、この部分をカットして何かできないか。そうだ! エコバッグがいい。
 切り離した8枚のうち6枚を縫い合わせると、でかい袋の出来上がりだ。残り2枚で握り手をつけて仕上げ、さらに傘を束ねる時に使う細いのまで切り離し、そのままの形を利用して開け口をとめられるようにした。
 お店のレジ袋も有料化のご時世だ。一石二鳥のひらめきだと達成感に浸りつつめいっ子に見せると「わぁ、すてき!」とおだてられ、あげるハメになった。
 宮崎市 藤田悦子(72) 2020/9/18 毎日新聞鹿児島版掲載

救急車から会釈

2020-09-19 21:42:40 | はがき随筆
 全方から赤色灯とサイレンの救急車が接近。中央線の引かれた2車線県道。普通に走っても邪魔にならない。道幅はあるしこちらの車線に曲がる様子も見えない。それでも、左側の路肩に寄せて停車。後続の10台ぐらいも止まる。すれ違いざま、隊員が手を挙げ、軽く頭を下げて通過する。寸秒を争う中での会釈、かえって恐縮。
 救急車が来れば徐行か一時停車するのは基本のキ。運転免許取得時にたたき込まれてるはずなのに、我関せずとすっ飛ばし、道を譲らぬ車の多いこと。今回の会釈で、安全運転への気配りを改めて教えてもらった。
 熊本市東区 中村弘之(84) 2020/9/17 毎日新聞鹿児島版掲載

砂上のダム

2020-09-19 21:35:57 | はがき随筆
 勝手口の扉を開け、家の前の道路を見る。雨が激しくなると水路からあふれた雨水が川のように流れる。
 小さいころ、この道路は砂地だった。磁石で砂鉄を集めたり、城を作ったりして遊んだ。一番面白かったのは、雨水が川のように流れるのを砂でダムを作ってせき止めることだった。近所のおばちゃんに「何すっとね、通れんがね」とゴジラのように無残に踏みつぶされた。
 大きくなって、超高層住宅や巨大な工場を設計したが、ダムを作ることはなかった。前の道路は舗装され、夢を育んだ砂地は地中に眠っている。
 宮崎県串間市 岩下龍吉(68) 2020/9/15 毎日新聞鹿児島版掲載

母が結んでくれた縁

2020-09-13 21:44:38 | はがき随筆
 出会いは友人のジャズライブだった。「同郷の方だからお話が合うかと」と友人が紹介してくれたその方は、娘さんとみえていた。背がすらりと高く、90歳を超しておられるとは思えないお話ぶりで、ライブが始まる前のひととき、故郷のあの人この人に話が弾んだ。「小学校の時の担任は福山ルイ先生という方で……」「あ、それ私の母です」。驚きで絶句された。翌日「昨夜は興奮して眠れませんでした」との電話をいただいた。
 好奇心をもって活字に親しむ御日常とか。母が結んでくれた縁を大切にお付き合いさせていただいている。
 熊本市中央区 渡邊布威(82) 2020/9/13  毎日新聞鹿児島版掲載

黙礼

2020-09-13 21:26:00 | はがき随筆
 バックミラーの中に1台の軽自動車が来て止まった。助手席が開き、足元のおぼつかない老紳士が現れる。小さい歩幅で2.3歩進み、少し休み、またよちよちと駐車場からスーパーの入り口を目指す。おしゃれなハットに粋なアロハのいでたちは確か田村のおじいちゃん。耳にはいつもイヤホンをつけ、ごひいきのセリーヌ・ディオンを聴く。
 車を降りて声を掛けようとして……やめた。このコロナ騒動の中、感染を恐れ車内で待機する身には気が引けたのだ。「またお会いしましょう」。後ろ姿に黙礼した。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(71) 2020/9/12 毎日新聞鹿児島版掲載

サンダンカと蝶

2020-09-13 21:04:41 | はがき随筆
  梅雨明けを思わせる晴れた日の夕方、ナガサキアゲハがサンダンカの蜜を吸いに来た。母屋の縁側に腰掛けながらカメラで追っていたら、ふと先日の夜、亡き母の夢を見たことを思い出した。母はちょうどいま私が腰掛けているところに腰掛け、背中を丸めて庭を眺めていた。そういえば母は何でも丸く刈り込むのが好みだった。サザンカもオガタマも丸められている。それらを改めて見ていたら、そうだ、母はこの庭を見に来ていたのだ……と気がついた。
 そして今もアゲハ蝶に姿を変えて、サンダンカの周りを舞っているに違いないと……。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(84) 2020/9/12 毎日新聞鹿児島版掲載

猫の楽園

2020-09-13 20:57:12 | はがき随筆
 敷地を囲むブロック塀の上は、絶好の散歩道らしい。時々新参者の猫と古参の間で、この道の取り合いが起きる。「ミヤーン」「ギャオー」と、しばらくいさかいが続く。やがて上下関係が決まり、以後、この同士のケンカは起こらない。
 物置の床下は、風通しが良く夏場の絶好の涼み場で、大の字で昼寝をしている。
 しゃくに障るのは、平気な顔をして、手入れした花壇を見境なく引っかき回したり、留守中に足跡をつけてベランダに上がり込んだりすることである。
 猫にとっては楽園でも、家主はほとほと手を焼いている。
 宮崎市 実広英機(75) 2020/9/12 毎日新聞鹿児島版掲載

ありがとう、さようなら

2020-09-13 20:50:12 | はがき随筆
 末の娘は、今年小学4年生になる。小さい頃から下着が小さくなったり、靴下のつま先に穴が開いてしまったるすると「ありがとう、さようなら」と言って処分させてきた。
 先日、歯ブラシが交換時期になっていたので、新しいのに換えようねと言っていたのだった。「あんちゃーん、さよならしたー?」「さっき、長々とさよならしよったよー。えらいよねぇ」と母。大した事ではないが、私がほめられた気になってしまった。
 最近では、穴が開いている靴下も大事にし過ぎて中々捨ててくれないのは困りものだが。
 熊本市中央区 木野茂美(31) 2020/9/12 毎日新聞鹿児島版掲載

魚捕り

2020-09-13 15:21:01 | はがき随筆
 ♪夏が来れば思い出す。魚捕り。なかでも小川で竹製ざるのショケを使っての魚捕りがとっても面白かった。小川は安全で、こどもが遊ぶには最高の場所だった。水草の密集した岸辺が小魚の隠れ場所だ。1人が上流からバシャバシャと水草を勢いよく足で踏んで魚を追い出す。もう一人は岸の下流でショケを構え、一気にすくい上げる。「出てきた、出てきた、エビ、ドジョウ」「あ~、どっさい(たくさん)」とうれしかったものである。こうしてこどもたちが戯れ遊んでいた岸の多くがコンクリート化された今、そんな遊びもなくなった。
 鹿児島県さつま町 小向井一成(72) 2020/9/12 毎日新聞鹿児島版掲載