緑ヶ丘・第二幼稚園 最新かがやき日記

緑ヶ丘・第二幼稚園のかがやく子ども達の成長を見守り、親も教師も園長も子どもに負けず共に成長する日々を綴った日記です。

国際宇宙ステーションで土井隆雄さん活躍!

2008年03月16日 22時21分55秒 | 宇宙・天体・地学・科学技術・理科関係

平成20年 2008年03月16日(日)17℃ぽかぽかあたたかい!

先日から注目のスペースシャトルエンデバー(努力) 打ち上げ成功!

 エンデバーは夜空にオレンジ色の火炎を放ちながら上昇し、

約40分後に予定の軌道に入った。

夜間打ち上げは通算30回目。

13日には高度400キロのISSにドッキング。

飛行は約16日間で、ISS組み立て飛行としては最長。

日本人飛行士のシャトル飛行は

05年7~8月の野口聡一飛行士以来で、

26日夜(日本時間27日朝)にケネディ宇宙センターに帰還する予定。

          

13日は、奥様のリクエストの♪ゴジラで目覚め

「きぼう」保管室取り付け開始(10時24分) 

手先の器用な土井さんはアーム担当

    TCDTで与圧服(オレンジスーツ)を着用する土井宇宙飛行士
 2008.2 土井隆雄さん

写真:STS-123クルー

国際宇宙ステーション(ISS)に到着した土井隆雄さんらは

13日午後(日本時間14日午前)、

日本初の有人宇宙施設「きぼう」の

船内保管室をISSに取り付ける作業を始め

今回の任務の最大のヤマ場となった。

完了までには約8時間かかった。

手際よく進み予定より早く終了した。

写真

日本実験棟「きぼう」の建設に向け、船外活動をする宇宙飛行士=NASAテレビから

写真

有人宇宙施設「きぼう」の船内保管室(左下)をISSに取り付ける作業が始まった=NASAテレビから

 船内保管室は「きぼう」で使う実験装置や消耗品を保管する設備で、

直径4.4メートル、高さ4.2メートル、質量4.2トンの円筒形。

人間が普段着で出入りできる。

完成後に使う実験ラックや、

「きぼう」全体のシステムを制御できる装置なども

収納してある。

 作業はまず、

リチャード・リネハンギャレット・リーズマンの2飛行士が

船外に出て

シャトルの貨物室に積んである保管室の結合機構カバーを外し、

ISS側の取り付け場所のカバーを開く。

一方、土井さんは、

シャトルのロボットアームを手動で操作して

保管室を貨物室から取り出し、壁に絶対にぶっつけないように

細心の注意をはらいながら 約1時間かけてISS側の

「ハーモニー」という設備に取り付ける。

          

 結合部に空気漏れがないことが確認できれば、

電源などをつなぎ翌日の土井さん入室に備える。

 「きぼう」は日本が初めて作った有人の宇宙施設。

3回にわけてISSに設置される予定で、

今回の保管室はその第1便に当たる。

 

日本時間3月16日午前8時49分から、

7時間8分にわたり第2回船外活動が行われ、

「デクスター」(特殊目的ロボットアーム)の組立て作業が行われました。

土井宇宙飛行士は、船内保管室のラックの設定作業を引き続き行い、

順調に任務をこなしています。

 

宇宙空間の環境は、地球上と全く異なります。

重力は、地球上の1万分の1から100万分の1という超微なものですし、

各種の宇宙放射線が降り注ぎ、豊富な太陽エネルギーに満ちています。

こうした宇宙だけの特別な環境を利用して、

地球・天体の観測や宇宙での実験・研究などを行うプロジェクトが

国際宇宙ステーション(ISS)計画です。

科学・技術をより一層進歩させ

地上の生活や産業に役立てることを目的としています。


ISSは、

地上約400キロメートル上空に建設が進められている

巨大な有人施設で、1周約90分の早さで地球の軌道上を廻っています。

現在アメリカ・ロシアをはじめ欧州・カナダなど世界15ヶ国が参加しており、

各国が最新技術を結集したこの国際プロジェクトに、

日本も「きぼう」日本実験棟で参加しています。

          
ISSは1998年11月に最初の打ち上げが始まり、

以来構成パーツを合計40数回にわけて打ち上げます。

組み立てはロボットアームの操作や

宇宙飛行士の船外活動(宇宙空間に出て作業すること)

によって行われ、完成予定の2010年には

サッカー場ほどの巨大な「宇宙の研究所」になる予定です。

             

莫大なお金をかけ、各国がしのぎを削って切磋琢磨で

最先端のテクノロジーを駆使して宇宙開発に取り組んでいます。

 我が従弟も、その昔、子どもの頃には、目を輝かせて

宇宙飛行士を目指して夢をふくらませていました。

今では、東京で コンピューター関係の仕事をしています。

視力が良くないとパイロット宇宙飛行士にはなれないとわかり

残念がっていました。

            

さて、2010年には、世の中がどのように変わっているのでしょうか?

世界平和のために役立つミッションが成功するように願っています。

     土井隆雄さん、Fight! 

  土井宇宙飛行士は、1954年、

東京都南多摩郡で生まれました。

小学生のころから理科が好きな少年でした。

中学生のころから星に興味を持ちはじめ、

いろいろな星の写真をとるようになりました。

土井少年は高校生のある夏、

地球と火星が大接近したときに

望遠鏡で夢中になって観察しました。

このときをきっかけに、宇宙のことを

専門(せんもん)に勉強しようと決心したそうです。

子供のころから宇宙ひとすじ

東京大学と大学院で航空工学の勉強をした土井宇宙飛行士は、

 文部省(当時)宇宙科学研究所を経て、

アメリカのNASAルイス研究所(現グレン研究所)で働いていました。

このとき、宇宙開発事業団が宇宙飛行士を募集(ぼしゅう)しているのを知り、

迷わず応募(おうぼ)したそうです。

そして1985年8月に、毛利衛さん、向井千秋さんとともに

宇宙飛行士に選ばれたのです。

宇宙飛行士になってから

土井宇宙飛行士はさらに訓練を続けて、

 1997年11月に

スペースシャトル「コロンビア号」に乗りこみ、

 日本人宇宙飛行士として初めて

船外活動を行いました。

船外活動では、国際宇宙ステーションの

組立てで使われる機器の試験や作業手順を

確認しました。

また、船外活動のパートナーといっしょに、

衛星を手でつかまえるという、

めずらしい作業も行いました。

趣味は、飛行機操縦(そうじゅう)、

グライダー、テニス、ジョギング、サッカー、

そして天体観測だそうです。

宇宙服を着て手をふる土井宇宙飛行士
宇宙服を着て手をふる
土井宇宙飛行士

こどもの興味関心をすくすく伸ばして行きたいですね。

コメント
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