人生ブンダバー

読書と音楽を中心に綴っていきます。
現在は、暇に飽かして、日々更新。

小泉信三「皇太子殿下の理想の女性」(原題;「この頃の皇太子殿下」)

2009-04-13 05:26:41 | 読書
天皇皇后両陛下はご成婚50周年--金婚式を迎えられた。今月号の『文藝春秋』も
「ご成婚50周年」を特集し、お祝いしている。





その中でとくに興味深く読んだのが、上記タイトルの小泉信三の随筆である。少し
長くはなるが、その一節をぜひご紹介したい。
  (ヴァイニング)夫人の滞在中、吾々(夫人と私)はすでに東宮妃たるべき淑
 女の資格について語り合ったことが夫人の著「皇太子の窓」の一章に記されてい
 る。或る日、夫人は私と語り、いう。皇太子妃たるべき方は、容姿がすぐれてい
 なければならぬ、知性に富んでいなければならぬ、気力がしっかりしていなけれ
 ばならぬ、ユーモアを解する人であって欲しい、云々と。それに対して私はこう
 いったという。「理論上全然同感です。ただ、その人の名を指して下さい。」
 「マケマシタ」と私(夫人)はいった。それは日本語で「まいった」という意味
 である。そうして吾々二人は大笑いした。
  それは八年前の会話であるが、殿下の御婚約が定まったので、私は夫人に、正
 田美智子嬢こそ正しくあの時君が列挙した条件を、すべて備えた淑女だと、いい
 送ろうとしているところへ、十一月二十日付の夫人の手紙が来た。アメリカの新
 聞雑誌は、自由に殿下の御結婚について報道しているので、夫人はそれを読み、
 また正田嬢の写真も見たのである。夫人は私がその手紙の一節を、無断で引用す
 ることを許すであろう。彼女はいう。
 「・・・・・・私は彼女の顔に優しさ(スイートネス)とユーモアと勇気とを見た。こ
 の方なら大丈夫だと思った。」写真は無論すべてを語らない。しかし、十分多く
 を語る、と私は思った。(昭和34年1月号)


いつもながら、小泉信三流の、意を尽くしつつ抑えた筆致である。なお、言うまで
もなく小泉信三は東宮御教育掛であり、ヴァイニング夫人は皇太子の家庭教師だっ
た。



[桜も葉桜となった。テンプレートもさわやかな「新緑」に切り替えである。]

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2 コメント

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館林の正田家 (waji0312)
2009-04-14 23:17:02
6年前に群馬県の館林に赴任した。駅前通りを城沼公園に向かう途中の左手に正田家がある。妃殿下は戦時中、この道路向かいの小学校に通っていたらしい。ああここなんだ、と思ったものだ。その後館林は将軍綱吉が若い頃に城主だったことを知る。親藩である。正田家のお陰でこの地は非常に治安が良いという話を聞いた。5月の躑躅祭りは圧巻である。1年で大阪に転勤になったが、もう少し居たかった町である。
返信する
そうなの (katsura1125)
2009-04-15 06:07:57
えっ、知りませんでした。たしか、つつじがよ
かったですよね~。一度、行ってみようかしら
ん。
返信する

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