論文を書くには、書く以前に、1.(問題意識から)テーマを決め
る。2.参考文献を読む。という手順が必要だ。ゼミの師大熊一郎
先生には、(シンプルに言えば)「ハサミとノリ(糊)」が大切
だと教わった。
先生いわく、「論文は、質×量=一定の法則がある」(天才アイ
ンシュタインの相対性理論は一行の数式で表せる?もし天才でな
ければ・・・・・・?)。
戦前の「満蒙問題」を調べていたら、麻田雅文『満蒙』(講談社
選書メチエ/2014)という本に出会った。
副題に「日露中の『最前線』」とあるように、「満蒙」をテーマ
に整理した約50年間の「日露中」の関係史である。
ソ連崩壊により発掘されたロシア側新史料も踏まえた最新研究だ。
はじめに
「満蒙は日本の生命線である」、と戦前の日本では盛んに言われた。しかし
「満蒙」が「生命線」であったのは、ひとり日本ばかりではない。中国東北
と長大な国境を接するロシアにとっても、その重要性は他の地域とは比較し
難いものがあった。
ロシアの「満蒙」における利権の核心、それが(北満洲の)中東鉄道である。
p191
この(張作霖)爆殺はソ連の手になるものだ、という説がある。これまで見
てきたように、ソ連にとって、張作霖が年来の宿敵であったことは事実だ。
しかしこの説は動機は十分でも証拠が不十分である。要するに、近年の一ロ
シア人による、きわめて不確かな証言のみに立脚しており、決定的な史料が
ない。ソ連による陰謀を明示するロシア側の一次史料を探し出さないかぎり、
張の爆殺は、すでに実証が積み重ねられてきた関東軍による犯行だというの
は動かし難い。
あとがき
近隣諸国との歴史認識問題が喧(かまびす)しくなるなか、重要なのは特定
のメディアや個人の主義主張に流されず、自らが納得するまで調べ尽くすこ
とではないだろうか。歴史学の最先端でも、いまだ20世紀前半の出来事がす
べて明瞭になったわけでは決してない。本書が残された謎を解く鍵となる、
あまたの優れた先行研究への入口となれば幸いである。
にはハッとした。
<目次>
第1章 『坂の上の雲』の先へ
第2章 日露協約時代の「満蒙問題」
第3章 「北満洲」における大戦・革命・内戦
第4章 ソ連と奉天派の対決
第5章 満洲国という難問
<関連年表>
1894-95:日清戦争
1895:三国干渉(独仏露)
1900:義和団の乱
1904-05:日露戦争
1907-16:日露協約
1917:ロシア革命
1929:奉ソ戦争(中ソ紛争)
1931:満州事変
1932:満州国建国
1935:満州国(日本広田外相)、ソ連より中東鉄道を買収
1937:盧溝橋事件
1938:張鼓峰事件
1939:ノモンハン事件(5-9)
1939:独ソ不可侵条約
1940:日独伊三国同盟
1941:日ソ中立条約(4)
1941:独伊のソ連侵攻(6)
1945:ヤルタ会談(2)
1945:ソ連対日参戦(中立条約破棄)(8)
麻田雅文『満蒙』(講談社選書メチエ)
満州事変関連書
臼井勝美『満州事変』、馬場伸也『満州事変への道』
(ご参考)
筒井清忠『満州事変はなぜ起きたのか』(中公選書)→こちら。
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