
まあ、広島県の人たちが毎日
こんな贅沢してる訳じゃない
から(笑)。
でも、風光明媚で食い物がウマ
いのは確かだ。
景色と食い物はホントに良い。
広島県のお好み焼きなどは相当
美味しい。
海産物も絶品だし、野菜も柑橘
類も珠玉のウマさだ。
意外なところでのおすすめは
ワサビ。
広島名物のわさび葉漬けなんて
最高だ。日本一。
ただし、このメーカーに限る。
似たようなのが沢山あるが、
他のは実は味がかなり落ちる。
広島特産わさび葉漬けなら何
でもうまい訳じゃない。
これ。これが絶品。
ひろゆき、たぶん食べた事無い
のではなかろうか。
知らんけど。
ちなみに、東京の友人たちに
事あるごとに昔からこれを送
っているが、絶賛されている。
こんな美味しいのは初めてだ、
と。本気でこれはウマい。
ビリヤードキューの下端の
キューエンド構造はいろいろ
な構造がある。
本当に種類が多いので面白い。
それぞれに設計思想がある。
私がオリジナルキューに採用して
いるエンド構造の方法は、ザン
ボッティやロバート・ランデや
リチャード・ブラック、ポール・
モッティと同じ方法。
ウエイトボルトでエンドキャップ
を締め付ける構造だ。
ボルトヘッドには細ねじが切って
あり、バンパーゴムを締め付ける。
ウエイトボルトの変更により重量
も変更できる。
また、デルリン®は一般接着剤で
は接着が不能であるので、ネジに
よる締め込みは必須なので、エン
ドのウエイトネジには2役担わせ
る。ダンパーの役目をするバンパー
ゴムも締め込むので、ウエイトの
ネジはたった1本で3役を務める事
になる。
舌を巻くのがTADのキューだ。
ウエイトボルトは一切使用しない。
では、どうやってデルリン®を
固定させているかというと、キュー
本体下部とデルリンのエンドキャ
ップ本体にねじ切り加工を施して
ネジ込みで固定させている。
ウエイトボルトを使用しないのに、
ピタリと19.2~19.7オンスの範囲を
出している。如何に重量のある材
を使っているかということだ。
そして、狙いどころの重量やバラ
ンスをウエイト無しで出して来る。
やはり、TADコハラは名人だった
と思う。
また、TADキューは手間のかかる
エンドキャップのねじ切り加工に
よる装着固定にこだわっている。
それはあくまでもラッカーにこだ
わるのと同じTADのこだわりだろ
う。
TADキューは多くの部分が一般的
なキューとは構造が異なるが、寸
法的なこと以外では、このエンド
キャップの固定装着方法が異なる。
こうしたウエイト無しのねじ切り
本体固定のみという構造のカスタ
ムキューはあまり無い。









TADキューには特徴がある。

非常に操作性が高い。

TADコハラのオリジナルは、他に

コハラ製ではないこのキューは

ハンドル部は私がカスタムして

ハーベイ・マーティン
ハーベイ・マーティンはアメリカン
プールキュー製作の先駆者である。
象牙ボール時代からビリヤードの
世界に入り、1920年代からキュー
製作で活躍した。
多くの世界チャンピオンが数十年
もの間、彼のキューを使い続けた。
マーティンは西海岸を制し、ハー
マン・ランボウが東海岸を制した。
マーティンがこの世にフラット
フェイスのジョイントを確立した。
彼は1984年までキューを製作し、
多くの製作者に影響を与えた。
カリフォルニア生まれの日系二世
のコハラタダチもその一人で、彼
はマーティンに私淑し、お手本と
してTADキューとしてキュー作り
を1963年に開始した。初めは自分
が経営するビリヤード場の常連客
のキューの修理から始めた。
TAD自身はトーナメント・プレー
ヤーではなかったが、TADには
多くの世界チャンピオンがアドバ
イザーとして惜しみなく協力した。
新進気鋭の新人への応援というだけ
でなく、コハラ自身の人柄もあった
だろう。やたらと世界チャンピオン
たちがそこらのファミリーレスト
ランのご飯代くらいでアドバイス
などはしない。
だが、した。TADにだけ。
TADはその試合後の会食談話で、
時には朝までチャンピオンたちが
プレー技法とキュー作りの関係に
ついて熱心に私に話し込んでくれ
た、と80年代中期に述懐している。
その顔触れはウィリー・モスコー二、
ジミー・カラス、ジョー・バルシス
といったそうそうたる世界チャン
ピオンたちだった。
TADは彼らのアドバイスに真剣に
耳を傾け、キュー作りに取り組み、
TAD独特の優れた性能を持つキュー
を作るに至った。
不世出の世界チャンピオン(15回
世界王者に輝く)ウィリー・モス
コー二にもキューを作り、モスコ
ー二が主宰する教室で使用する
常備キューはTAD製だった。
世界史の中でプールキューの先駆
者といえるハーベイ・マーティン
が引退した時に、マーティンの機械
を譲り受けたのはTADコハラだった。
そしてその後、TADは18台の旋盤
と3台のパンタグラフマシンを駆使
してキュー作りを続けた。オート
メーション化されたCNCマシンは
使わない。
TAD=コハラタダチ氏は2013年に
亡くなったが、息子のフレッド・
コハラ氏が父の遺志を継いでTAD
キューを父と同じ製法で現在も
製作している。
私の1995年製TADはハーベイ・
マーティン・スタイルで、世界
チャンピオンだったジョー・
バルシスが使用したTADキュー
をTAD自身がアレンジして復元
したモデルだ。



