これは海を埋め立てた塩田の
土手の跡だ。
これの跡。
昭和33年1958年頃。
塩田の中の土手道がそう。
国道2号線。昭和30年代に国道
が開通した。
三原は城下町以外は塩田と田畑
と海が広がっていた。
城下のみは江戸時代から「町」
だった。
今、塩田と田畑は住宅街となり、
びっしりと家が立ち並んでいる。
だが、私が大学の頃の1980年
前後でも、この写真のような
1980年から35年以上前のこの
風景と三原市内はさして変わっ
ていなかった。
遠く向こうに見える住宅街が旧
城下だ。
1980年代前半まで三原はこんな
1980年代前半まで三原はこんな
感じ。
劇的に市内の景観が変化したの
は1980年代末期のバブルの
頃からだ。
は1980年代末期のバブルの
頃からだ。
駅前には史上初のデパートもで
きた(笑
きた(笑
初めて駅前に大型歩道橋もでき
た。
現在はどちらも取り壊されてい
る。
広島県三原の城そばの中心地か
ら外れた場所は、1980年代まで
こうした1860年代の江戸期と
120年間さして変わらなかったと
いう事実。