ケン坊のこんな感じ。
キーボーディスト、川村ケンのブログです。




何度かこちらでも書いたのでご存知かもしれませんが、

僕の大好きな、師匠の厚見さんが、もう何年も忌野 清志郎さんのバンドでキーボードを弾いています。

 

随分前、もう、あれはたしか10年以上前、 

大阪で清志郎さんのライブがあって、その日、たまたま僕も仕事で大阪にいて、オフを過ごしていた日がありました。

 

「よかったら」と、師匠に誘っていただき、初めて見た、触れた、清志郎さんのライブ。

 

「デイ・ドリーム・ビリーバー」、高校生の時のコピーバンでやっていました。へったくそでしたが。天気のいい日に屋上で寝っころがって、バンドメンバーと「トランジスタ・ラジオ」を、カセットで聴きました。そして、演奏してみたりも。たしか、ちょっと難しいキーだったような覚えがあります。

でも、本物の歌声に触れたのは、あの大阪の夜が初めてで、最後でした。もうその時だって、僕が学生時代の頃からしたら随分時間は経っていましたが、 ほんと、RCの頃のイメージとまるで変わらない、思っていた通りの、期待していた通りの、ハデハデな、・・・かっこいい人でした。そして、思っていた以上に、・・・とてつもなく優しい人でした。

 

あの日、清志郎さんのMCをきいて、そして歌を聴いて、ボロッボロ泣いたのを覚えています。

 

 

再発されたことも聞いて知っていましたが、それでも「清志郎さん、全然元気なんだよ」と、師匠から伺っていました。

 

だから僕は、またステージがあることを、一ミリも疑っていませんでした。いつかまら、師匠と清志郎さんを、同じステージで見れる日が来ることを、当たり前のように待っていました。

 

変なことを言うようですが、清志郎さんがね、最後に選んだキーボーディストが、厚見さんだったってこと。僕は、とっても誇りに思ってるんです。だって、そんな人に憧れて、キーボードを弾いてこれたわけですから。たとえ、これっぽっちも追いつけてなんか、いなくても。でも、僕の大好きなオルガンやピアノ、シンセの音たちを、清志郎さんも好きでいてくれた、ってことですから。

 

 

昨夜、何度も何度も、繰り返し聴きました。

JUMP

 

もう一度高く JUMPするよー

 

って、言ってくれてたのに。くそう。 癌め、病気め。

 

(こちらのライブバージョンでは、師匠や、あの、ハモンドもご覧になれます。・・・清志郎さんがマントを投げ捨てるところ、僕はこれだけで、涙がでます。カッコよすぎです。)

 

 

 

そして、最後にこの曲を。

 

 

 

 

  お別れは

 突然やってきて 

 すぐに済んでしまった


 
 いつものような 
 
 なにげない朝は 
 
 知らん顔して 
 
 ぼくを起こした


 
 電車は動きだした 
 
 豚どもを乗せて 
 
 ぼくを乗せて


 
 次の駅で 

 ぼくは降りてしまった
 
 30分泣いた


 
 涙をふいて 
 
 電車に乗りこんだ
 
 遅刻して

 ホールについた


 
 ぼくらは歌い出した 
 
 君に聞こえるように 
 
 声を張り上げて

  空を引き裂いて 

  君がやって来て 

  ぼくらを救ってくれると言った。


 
 
 検屍官と市役所は
 
 君が死んだなんて

 いうのさ


 
 明日また 

 楽屋で会おう 
 
 新しいギターを

 見せてあげる


 
 『ヒッピーに捧ぐ
 
 (作詞/ 忌野清志郎)

 

 

 

 

 

とはいえね、まだ色々な映像を見たりしては、涙が止まらず。

 

本当にありがとうございました。最高でした。

 

いえ、いつまでも、最高です。

 

心から、ご冥福を、お祈りいたします。

あちらでも、超ゴキゲンに、やってくださいね。

 

また、必ずそちらで。その時は、また元気なお姿を、見せてください。

 

合掌。

 

では。



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