ケン坊のこんな感じ。
キーボーディスト、川村ケンのブログです。




映画を観ると、とっても落ち着くんですよね

これも中毒の一種なんではないかと思っています(笑)。小学生の頃に初めて映画に触れ、その後、中学生になると映画専門誌を読み漁るようになって、毎月何度か、よく一人で映画を観に行っていました。勿論、安い映画館や、最新ロードショーを二本立てでかけている郊外の映画館まで出かけて行ったり。一ヶ月で10本以上、映画館で観てたこともあります

ツアー中などはなかなか落ち着いて観れないので、こうしてツアーが明けると、もう反動のように映画が観たくて仕方なくなります。山口から二日酔いで戻ったその日に、這うようにしてレンタルショップに行き、結局あれから一週間で、えーっと、かれこれ6本観ましたかねー。

ちょっと戦争に絡む作品が多かったんですけど、

中東での英米の「テロを未然に防ぐため」、というお題目の下で行われる、あまりにも非人道的な現地人への高圧的行為、そしてキューバでの監禁生活の模様を描いた「グアンタナモ 僕達が見た真実」。・・・痛かった。そして、悔しかった。そして、怖かった。占領、統制とはどういうものか。そして、白人による、目に余る人種差別の現実。こういう映画、ヒットはしないのだろうけど、でも存在価値はとっても高いと思います。

終戦間近の昭和天皇を描いた、ロシアの作品、「太陽 THE SUN」、そして、同じく、終戦間際のヒトラーと将校、取り巻き、国民達を描いた「ヒトラー 最後の12日間」。この2作品、戦時下の国のリーダーとして(しかもたまたまですが、日独は、同盟国、そして後、敗戦国)の、それぞれ終戦時間際の様子を描いた人間ドラマです。見比べると、対比点と共通点、どちらもお国柄といいますか、人民性といいますか、非常に面白く、沢山の発見、気付きがありました。それにしても、「太陽」で昭和天皇をここまでシュールに演じてみせたイッセー尾形さん・・・もう、素晴らしいとしかいいようがありません。元々好きな方でしたが、この演技には、ある種の狂気すら感じます。日本人じゃ絶対に撮らない(題材からして、たぶん撮れない)映画だともおもいますので、とても貴重かと。

そして、アメリカの銃社会を痛烈な風刺として描いた、必見の映画、ちょっと古い作品ですが観損ねておりました「ボウリング・フォー・コロンバイン」。視点はもとより、編集も素晴らしかった。そして、まぁ映像美の為の娯楽作品だろうと思って借りたのに、残虐な手を使って攻め込む大国と、自国の民を守ろうとする小国、という図式もなんだか今の僕には興味を引く設定で、とっても楽しませてもらえた、「300」。勿論映像はめちゃくちゃ綺麗でしたねー。ところどころ、ちょっとゲームの挿入映像かいな?ってくらい、やけにドラマティックで(笑)。

そして、昨夜は「ロッキー・ザ・ファイナル」。

ボロ泣きです。本編が終わって、でもエンドロールの最後まで涙が止まらず。終わってすぐ30分くらい巻き戻して、また泣きながら観ました。

ってかね、オープニング10分で3回くらいウルっときてましたからね。本当に、あのロッキーが帰って来たよぅって

どんだけー(笑)。

実は、シリーズ一作目の「ロッキー」は僕が自分のお金で観た、最初の映画なんです。小学校4年生だったでしょうか。「ロッキー2」と二本立てでした。それであまりにも感動しましてですね、少し間をおいて二回、観に行きました。泣きましたねー、小学生なりに(笑)。「ロッキー3」の映画チラシは、文房具屋さんでラミネートしてもらって、ずっと下敷きにしてました。勿論、公開してすぐ、映画館で観ました。泣きました。「ロッキー4」も、映画館とレンタルで、二回、もしかしたらもう一回ぐらい観ていると思います。その数だけ、泣いているということになります。「ロッキー5」・・・これにはあえて触れないでそっとして置きましょう。一作ぐらい、ね(笑)。

そして、いよいよ、「ファイナル」ですよ。残念ながら、映画館では見れませんでした。でもね、これはあの、2日で脚本を書き上げ、自分で監督・主演をし、アカデミー賞作品賞を勝ち取った、あの歴史的名作であります一作目に対する素晴らしいセルフ・オマージュ(賛辞・献辞)に仕上がっていました。こんなに良く出来ていたのなら、映画館で観たかった。でも、一人だったからこそ思う存分・・・ってのもありますからね(笑)。

戦争問題ではアメリカを批判するようなことを言っておいてアレですが、「ロッキー」最高。これぞ、アメリカンドリーム。だってロッキーは、いつも少しも、ずるくない。自分を信じてて、他人を愛してる。時に無様に、鼻水たらしながらワンワン泣きながら苦悩するロッキーが、猛烈にカッコいい。そして、努力をして、自分に打ち勝って、毅然として困難に立ち向かう姿。こでが出来たら、勝負の結果なんて、実は小さなこと。でも、「チャンプ!」と街の誰もが称える。でも、決して奢らない。ほんと、彼こそがちょっと切ない、でも理想のアメリカンドリーム体現者なのでしょう。だからアメリカ人も、民族のいち理想像としてのロッキーが、きっと大好きなんだと思いますよ。そう信じたいな

お、書いてて、また盛り上がってきた(笑)。ロッキーの右手を高々と挙げたい気分です。

なので写真は、そんな気分を、少しでも解っていただこうかと(笑)。

ではー。



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今日は打って変わって、拍子抜けするくらいかるーい話題です

実は。

実は、というほどかしこまることではないのですが、なにぶん珍しいことなので(笑)。

えー、実は、・・・バーベQに行って来たのであります。やんややんや

メンバーはミュージシャン4名、それからスタッフさんなど、計9人でした。「えー?アウトドアー?似合わなそー。」などというご意見もきっとあると思いますが、えぇ、それは僕達が一番わかってるというか(笑)。僕は朝早くに、腰までもある長い金髪を揺らしたスタッフさんのMくんと待ち合わせをし、ドキドキしながら、集合場所である都内某キャンプ場へ足を運んだんです。家族連れで賑わう、広い公園が、そのキャンプ場でした。空には時折、羽田を飛び立った飛行機がブグォー

アウトドアを知り尽くしたUさんというスタッフさんの(←ひとり、こういう人がいないと、ね(笑))、全ての道具の準備、買出し、テキパキとした頼もしい行動により、当初の心配はどこへやら、僕らは実にスムーズに(まわりの沢山の家族連れさん達と同じように)、おいしいバーベQを始めることができました。ソーセージ、エビ、イカの丸焼き、鶏、アスパラガスなどの野菜、そしてお肉。ぷしゅと共に、笑っちゃうほどスルスルとお腹へ滑り込んでいます。いいのか。いいのだ。

 

こちらは燻製。中でもね、3時間ほど、じっくりと燻したベビーチーズの美味しかったことと言ったら。スルスル、スルスル(笑)。

このあと、辛くて暖か~い、豚肉たっぷり、野菜たっぷりのチゲ鍋、そして、チゲ鍋のスープに焼きそばの麺を入れた、特製ヌードル。そして、さらに、・・・焼きそば。いいのか。いいのだ(笑)。

 

出てくるもの、なんでもかんでも(笑)、「プロ仕様」でした。プロ仕様のお肉、プロ仕様のジュース、プロ仕様のキムチ、プロ仕様の出汁、プロ仕様の烏龍茶、プロ仕様の豆腐。食べてるときは「・・・要するに業務用、ってこと?」と思っていましたが、さっき調べたら、Uさんが買出しによく使うという、某お肉スーパーチェーンの、オリジナル商品のブランド名なのでした(笑)。

 

お酒もぷしゅから、ウイスキーから、焼酎、ワイン、なんでもござれでした。なかでも珍しかったのは、この北朝鮮製のお酒(特別なルートで、と言っても別に違法じゃないですけど(笑)、手に入ったらしく)。あちらでは人気の高級リキュールということでしたが、お味のほうは・・・。口に含むと、消毒用のアルコールに、無理やり少し香りと甘みを付けてみた、といった感じ。なんだか危ない酔い方をしそうなお酒で、2~3口で止めておきました。慣れれば、どうにか。コレしか無ければ、どうにか、といった感じでしょうか

 

はい、バーベQに行ったら、やっぱり食後に楽しく、キャッチボールやバドミントンもしましょうね。飲んでるばかりじゃもったいない。レクリエーション、レクリエーション(笑)。きっとこれが、正しいバーベQの仕方ですよね。そう、プロ仕様のバーベQ。はい、行きますよー。・・・スカッ。あっ

バドミントンは・・・あんまり上手じゃないんです(笑)。それでも楽しかったなぁ。何より、このシチュエーションが楽しいわけですよ。気心の知れた皆んなで、野外で、にぎやかにバーベQ、そして、なんかして遊ぶ!(←そうとう嬉しかったっぽい。(笑))

しかし、帰りにUさんとMくんと、三人で「軽く二次会しよう」と王将に寄って、餃子と唐揚げとレバニラ食べてきたのはなんでだろう・・・我ながらよくもまぁ、スルスルはいるものです(笑)。

いや、これぞ食欲の秋・・・のプロ仕様(笑)。

ではー。



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うわぁ・・・
 
凄いことですよ。本当にありがとうございます。
 
僕の書いたブログが、文章が色々な立場の方に読んでいただけて、こんなにもいろんなフィードバックがあって、それをまた色々な方に読んでいただけて、一緒になって考える「素」になっていると思うと。
 
たかが、いちミュージシャンのブログですが、切欠はどうあれ、一緒に戦争という人類にとって生死をかける、あるいは地球の生死にも繋がる大問題について考えることができるのは、僕は大歓迎です。感動すらおぼえます。
 
正直、世の中を見回して、考えない人が多すぎると思っていました。最初の一歩を踏み出さないでいる人が、あまりにも多いと思っていました。自分たちのことなのに、と。なんで、そんなに安穏と暮らしていられるの、と。自分たちだけよければ、いいの?と。
 
断っておきますが、僕は右翼ではありません。左翼でもありません。別段、そういう片寄った思考は持っていませんし、僕個人的には、持つべきでもないと思っています。できるなら常に、中立でありたい。視野を思考で狭めたくはくない。
 
出来るだけ透明な思考で、出来るだけ公平な視点で、物事を見ていきたい。
 
もちろん、僕も考えます。知る努力をします。調べます。その過程で、また感じます。そして、また考えます。キレイごとじゃなくて、知らないと僕らには未来が無いって、本当に思うからです。
 
ありがとう。皆さんの、聡明かつ、素直な頭脳に、気持ちに、感性に、ありがとう。たかが僕、たかが・・・、でも、その「たかが」の集まりが国を作り、世界を作っているのですものね
 
ではー。


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皆さんのコメント、読ませていただきました。ありがとうございます。ちょっと私見を書いてみますね。

戦争なんてキライ

なんで戦争なんてするんですか!?

何も生み出さないのに!!

・・・よく聞く声です

では、結論から言いましょう。戦争は何も生み出さないわけではないのです。ある特定の人々にとっては。

人類有史(記録にある)6000年の歴史で、15000回もの戦争が起きています。太古の戦争は・・・一対一などの代表で、戦いました。しかも武器は鉄でできているわけでもないので、殺したり、殺されたりはしません。言ってみればどちらかが「まいった」をすれば、そこで終わりだったんです。片方が、領土なりを手に入れた。片方は、あきらめた。でも、万が一どちらかに死人が出たりしたら、「大変だ!」と(民族が減るからね)、あわてて除霊の儀式をしなければならいくらい、極めて公平で紳士的な戦いだったんです。

それからだんだん、一対一じゃなくなって、軍隊が組織され、斧や刀など、殺傷能力のある武器が生まれ(相手に確実に勝つため)、そして弓矢などの飛び道具、そしてやがて火薬を使った銃器などの兵器が生まれます。確実に、沢山の人が死ぬようになります。でも、相手を沢山殺して、戦えなくさせて、「まいった」を言わせたら、勝ち。ここはずっと一緒です。

負けたほうからは土地や財産を没収したりします。占領地の女性は自由にレイプしてもよい、なんていう許可が政府から下りたこともありました(あ、日本じゃないですよ)。

とにかく、勝ったほうは富を、権利を得ます。国を占領でき、いってみればどうにでも自由に統治できます。ご存知のように、日本は昭和20年8月15日から27年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効まで(なので実は法律的に、ここまでが戦時中ともいえるんです)、アメリカ(連合軍)の占領地でした(=長いの歴史の中で、この間だけは、日本は独立国家ではありませんでした)。

そして、この間GHQ(占領軍)は、「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」というのを行使してですね、日本人に「日本は悪い戦争をしたんだ。まわりの国に対して、ひどい侵略戦争をしたんだ。全ては軍部が仕組んだんだ。国民は騙されていた。日本は正義の国アメリカ(連合国)に懲らしめられて、負けたけど、民主化までしてもらったんだ。これで日本は助かったのだ。ありがたいことなんだ。」と、あらゆるマスコミを使って連日情報を操作し、日本人に罪悪感を植え付ける、洗脳をしたんです。そして、このWGIPの威力は、戦後62年経った今でさえ、強力に発揮され続けているんです(これ、ものすごく大事なポイントなんで、興味のある方は是非調べてみてください。教科書には絶対に出てきません。当たり前ですが)。

また、この占領下にある間、GHQにより「原爆による被害を、(ラジオなどで)放送してはいけない。新聞に書いてもいけない」という報道規制が敷かれており、ヒロシマ、ナガサキの惨状を、そもそも原爆が落ちたことすらも(!)、7年間も世界はもとより、日本人すら知らなかったんです。知らないということは、手助けも出来なかった、ということです。国を挙げての助けが、救援が、もっと早ければ・・・と僕は思わずにいられないです。

戦争はなぜ?

領土問題、宗教問題、人種問題。そして、最近ではもっぱら、エネルギー問題。限られた資源を、この狭い地球内で取り合っているわけです。・・・だから、それはなぜ?それらの利権を握って、自国の経済発展の為に使いたいから。よそに高く売りつけて外貨を獲得したいから。経済的に有利に立って、相手に言うことを聞かせたいから。そして有利に取引を進めたいから。・・・全ては、国益。もっと言ってしまえば、お金です。こういう言葉があります。「国家という商売」。

現在、世界に192の国がありますが、戦争を放棄しているのは日本、そしてフィリピン。また、アイスランドは軍を持ちません。「侵略戦争は」しないよ、と言うは141ヶ国にのぼりますが、つまり、それ以外の国は、政治的手段として「なんなら、いつでもやりますよ」という体制だということを覚えておいて欲しいと思います

紛争解決、問題解決の為に武力で、つまりケンカで決着をつけましょう、というのは、さっきも書きましたが、有史以前からの人間の、動物としての、慣わしですらあります。そこらのちょっと気の荒い小中学生と、同じです。これは・・・正直なところ、無くならないでしょう。

「もう、戦争は止めよう!」という、不戦条約(パリで結ばれたから「パリ不戦条約」、ともいいます)というのが、第一次世界大戦後の1928年に結ばれました。アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、ソ連(当時)を始め、世界63ヶ国が約束しました。

・・・不思議でしょ

このあと、第二次世界大戦がおこります。さらに、今もかの大国は理由は後付けの「先制攻撃」による戦争をしている。石油欲しいし、天然ガス欲しいし・・・って、それにしてもまた多くの民間人が死んでいるんです。残念ながら、この不戦条約には罰則がないんです。罰則がないと、守らない・・・ってのもアレなんですが、現在、まだこの条約は一応、生きてはいます。つまり、言い訳は後からどうにでもできる、ということです。約束って何でしょう?恐ろしいことです。

繰り返しみたいになりますが、覚えておいてほしいこと。戦争は、日本は放棄したけれど、世界常識として、いまだひとつの「政治的手段」であること。宣戦布告して、(なるだけ民間人を巻き込まないように)戦って、「まいった」で、終わったら勝ったほうが(自国に都合の良い)条件を出して、講和条約を結んで終了、という。そして、目的は国益。国益の為なら、他国民はもとより、自国民の命すら・・・という考えの国が、まだ沢山あるということ。そして、世界には沢山の貧困な国が存在し、その打開、解決の為に武力が必要だったりするケースが多いことも。

僕達日本人は、過去に「もうこれでもか」って位やられましたからね。その痛みがわかるし、もうしたくないわけなんですけれど。かわりにお金持ちになりましたから、その分強いですが、同時に平和ボケもしてるわけです。政治家が、首相が誰になろうと、自分に関係ない、とまで言ってしまう位に。戦争は首相がGOを出すものなのに。

うーん、でもね。どの国の人も、一人づつ話をしたら、大抵の方は「人が死ぬのは嫌だ。殺すのも嫌だ。争わずして解決できればいいのに」と思っているんですよね、きっと。まぁ、要求はどうにか通したいでしょうが(←ここがミソなんですよね)。

今日の写真、やっぱりヒロシマで撮った写真ですが、彼ね、真剣な顔で一生懸命、写真を撮っていましたよ。

長くなりました上、取り留めなくなっちゃってたら、すみません

ただね、「戦争は怖い、嫌だ」はいいんですが(僕もそうですから)、でもそれだけだと、その先に進めなくなっちゃう、という怖さを感じるんです。「戦争、断固反対」は勿論ですが、じゃあ何故なのかを理解しとかないと、と思ってるんですよね。人が死ぬから、も勿論ですが、さら踏み込んで考えられないか、と。間違っても「嫌だから、嫌」で、ループというか、思考停止には陥りたくはないというか。でないと、理論武装した巧妙な悪い奴らに、いつか巧い言葉で騙されてしまうかもしれませんからね(えてして歴史はそういうものかも、ですから)。なので、僕も、もっと勉強しまーす。いや、勉強ってか、とにかく目をしっかり開いておくこと、ですかね。・・・平和の為に、僕達の未来の為に

ではー。



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なんでもない、いつもの青空です。でも、僕が立って見上げているこの空は・・・。

62年前の8月6日、この僕が立ってカメラを構えている「相生橋のT字部分」を目標に、原爆が投下されました。じっと見上げていると、今にもそれが・・・また降って来そうな錯覚に襲われました。

 

原爆死没者慰霊碑前にて。

本当に一瞬にして、沢山の人が亡くなりました。そのほとんどは、戦争とは無関係の一般の人々です(この意味はとてつもなく大きいのです)。中には、アメリカ軍の捕虜もいました。自国民がいるのを知っていてもなお、彼らは投下したのです。

 

原爆供養塔前にて。

未だ、亡くなった多数の方の身元が判明していません。一家全滅で引き取り手の無い遺骨、身元が判らない遺骨など、7万柱が納められています。秒速700mという強烈な爆風、熱風をまともに受けては、柔らかい人間など跡形もなくなります。

 

平和の鐘にて。

「わー、あれ、鳴らしてみたーい!」と賑やかに僕の横を走り抜けていった女の子達。でも、「せーのっ」と皆で一突きしたあとは、じっと手を合わせておりました。こういう心は、日本人共通のものなんだろうな、と心強く思う瞬間です。

 

平和記念資料館地下にて。

今でも、次々に原爆に遭われた方々の遺品などが寄贈されています。このお人形も、最近になってここへやってきたそうです。62年前、その目で見た光景を語ることができたなら。

 

 

 

平和記念資料館本館にて。

この写真は、原爆が投下された約3時間後、臨時の避難所になった派出所前で撮られたものです。警察官が傷口に食用油を塗って手当てしていたそうですが、これを撮った方は「あまりのむごたらしさに、とても被爆者を正面から撮影することができなかった」と話しています。でもこれはまだ、原爆の引き起こした地獄の、悲劇の、序章だったのです。

 

同じく、本館にて。

当時を知るボランティアの方が、見学者に説明をしてくれます。時間があれば、僕ももっと色々と伺いたかった。しばらく眺めていましたが、「へー、あ、そうですか」と言うだけで、説明のお礼を言わず去っていく人を幾人も見ました。それでも、おばあさんは次の見学者に語りかけます。「あのね、この時はね」。時折、こぶしで腰をトントン、と叩きながら。

 

原爆ドームを、元安川を挟んだ公園側から。

ポツンとひとつ空いたイスが気になりました。たまたまジュースでも買いにいっているのか、今日は来てないだけなのか、それとも。

 

原爆ドーム前にて。

記念公園では、沢山の外国人の方も見かけました。皆、真剣な表情で説明文を読み、写真を撮ったりしていました。・・・が、ちょっと君たち。そこは足を掛ける場所じゃない!この傲慢な振る舞いからも感じますが、シャツの柄を見るからに、十中八九、若い米兵でしょう。彼らは子供の頃から「原爆が戦争を終わらせたのだから、あれは仕方なかったのだ。むしろ、原爆投下が世界を救ったのだ。」と学んでいるのです。

なぜ日本に原爆が投下されたのか。なぜドイツでなく、なぜ日本で、なぜ広島と長崎だったのか。知れば知るほどその大国達の思惑の汚さと、理不尽さに腹が立ちますよ。

 

鈴木三重吉碑前にて。

そのまま彼らはこの碑(ドームの横にあります)の前に行きますと、あろうことか、ひょいと笑いなら飛び乗っての記念撮影。おいっ、ここにあるのは、そこらの公園にある普通のモニュメントとは訳が違うのだ!まして、お前たちが我々(周りには沢山の日本人見学者がいました)の前でしていいことかどうか位、いくら若くても考えられないか?

僕は、今でこそ落ち着いてますが、この時は正直涙が出るほどムカついて、こやつらの後をしばらく付け回しておりました。なにかもっとトンでも無い無礼なことをしたら、写真撮って、突きつけてやろうとすら思って。途中で「こんな連中に関わってる暇はないな」と、バカバカしくなって、止めましたけど。彼らには、この悔しさは、一生わからないのでしょうね。だからこそ、あの国は今でも世界中へ土足で上がりこんで、その国の文化を踏みにじるような行為をし続けているのですから。

 

この公園は、数十センチほど盛り土をされて出来ています。その盛り土の下には、当時の瓦礫や遺骨が沢山残ったままだといいます。おそらく、公園だけではないのでしょう。ある詩人がうたったと言います。「広島の大地の下にはおびただしい死者が眠っているから、足音を忍ばせて、あるかなければならない」と。

 

今回、広島ライブ本番日の午前中、翌日宮島から帰って友人のライブを見に行く前の夕方、そして山口に移動する日の午前中と、三日間連続で、この広島平和記念公園を訪れることができました。ツアーが始まる前から、どうしても行きたかったのです。

平和記念資料館(入館料はなんと50円。資料、そして史料価値を考えたら、安いなんてものじゃないですよね。)では初めて音声による解説(別途300円)も経験しました。いくつかの展示品について、吉永小百合さんのナレーションがあるのですが、これは本当に一聴の価値があると思います。あの短時間の中で、何度泣かされたことでしょうか。ちょっと、まともに歩けなくなりますよ(汗)。・・・でもそれは、悲劇が、あまりにも悲劇だからなんですけど。

 

前回訪れた時と、今回では数年のブランクがあります。でも、今回は事前に戦争や原爆について、以前よりは少々知識を付けてから訪れたせいか、興味深さとか、理解度に関しては、前回とは比べ物にならないくらい有意義な見学となりました。

そしてまた、次の機会にも、必ず訪れたいと思います。

 

まだまだ原爆について、僕の知ってることで、みなさんにも知って欲しいこと、お話したいことも沢山あります。長くなりましたので、また、機会を改めて。

今回、資料館で、写真集を一冊購入しました。中には、惨たらしい記録が、写真が記されています。でも、これは現実です。目をそむけることなく、ノーモアであることをもっと(モア)、しっかり学んでいかなければならないと思っています。

ではー。



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先日のオフに、厳島神社をメインターゲットに、宮島へ観光に行きました。

弘法大師ゆかりの地である宮島に、平清盛が約850年ほど前に建立させたという寝殿造の神社です。有名な、海にそびえ立つ高さ16mの「朱の大鳥居」は、現在8代目だそうです。原材料のクスノキが手に入りにくくなっていて困っているそうですよ

「弥山(みせん)に登らずして宮島を論ずる勿れ」と言われますが、瀬戸内海が一望でき、これぞ日本三景(丹後の天橋立、陸奥の松島、安芸の宮島、ですね)ともいわれる霊峰には登れず。ロープウェイ乗り場までは登ったんだけどね、そこで時間切れでした。息も切れました(笑)。

 

『はい、チーズ』

なんか、ちょっとませたポーズに見えなくも、無い(笑)。

 

『Hi、Where are you from?』

観光地だけに、国際的な鹿さん。

 

『鹿と。』

そうですか、では失礼。

 

『親子』

路地で鹿に餌をやるおじいさんに会いました。上から失礼かと思いましたが声を掛けると、色々と話してくれました。この鹿は親子で(おじいさん側のが子供)、この親からは8匹目だということ。「島では鹿は神さまの使いなんだ。」ということ。そして、「昔はこの島には犬はいなかったんだ。誰かが連れてきちまったんだよ」と。犬と鹿との関係は・・・聞いてません。

 

『かーわいー』

どっちもね(笑)。鹿は6000年前、宮島が島になった時からいたそうですが、かの戦争で絶滅寸前までになったそうです。京都の動物園から何頭か貰って、現在の数まで回復したとか。ほんと、そこら中を普通に歩いているんですよ(←どう見ても馬(笑))。

 

『世界文化遺産』

拝観料は300円です。

 

『世界的な日よけ』

気分よし?よけられれば、どこでも一緒だよね

 

『少女たち』

そうそう、ずっとしゃがんでるとね、汗が、カイカイに(笑)。

 

『ホラ見て、貝拾ったよ』

タイトルは、「少女たち2」でも良かったかな(笑)。

 

『ダメ』

秀吉が建立したという千畳閣・大経堂。国の重要文化財です。僕達三人は、ここのまん中で並んで横になり、「うおー気持ちいいねー。きっと秀吉はこうしてさ・・・!」と言った10秒後に宮司さんが慌てた様子で走ってきて「ダメダメーッ!寝ちゃダメ!」と叱られました(笑)。ビックリして「は、はいっ!」って飛び起きちゃいましたよ。しかし、20代くらいの宮司さんに叱られる僕らって(笑)。

 

『さようなら』

また来ます。弥山にも登りたいし。次は叱られませんように・・・(笑)。あと、鹿ソフト食べます(笑)。

ではー。



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お蔭様で大盛況のうちにツアーは無事に終了、そして最後の大打ち上げも終了(やっぱり、と言いますか、完全に徹夜でした(笑))、帰ってまいりました

さて、今日はどうしても、この15本のツアーを一緒に周った、強力なスタッフさん達をご紹介したくてですね、つまり過去最高の写真数になると思いますが、記録として是非ここに残しておきたくて。では、どどどどどーんと一挙にご紹介させていただこうと思います。

写真はこの広島~山口で、「あ、気にしないで仕事しててください、勝手に数枚撮らせてもらいますからー!」ってお願いいして、ジャカジャカ撮らせてもらってきたものです。みんな笑顔が素敵なんですけどね、あえて、厳しい表情を集めてみました(順不同、敬称略であります)。

 

音響(PA)オペレーター、平ちゃんこと、平川正紀。皆さんが会場で聴いていた、あの大きなスピーカーから出ていた最高の音、そしてそのバランスは、全て平ちゃんが握って、細やかにコントロールしていたんですよ。唄い屋の絶大な信頼を勝ち得ている、頼れる男です。

 

音響(モニター)オペレーター、古城(ふるじょう)聡。ステージ脇で、僕らバンド、唄い屋がステージ上で聞く音を作っていました。常に耳をフルに使って、ライブ中の僕らの音による会話がしやすいようにしてくれる仕事です。若手ですが、このツアーで驚くほど成長しました。

 

照明オペレーター、山ちゃんこと、山崎篤。いかに曲に合った照明を作り上げるか、色と明かりを操る美的センスのみならず、音楽センスまでも問われる仕事だと思います。曲も生きていますから、当然照明だって、ね。僕は山ちゃんの創る照明(アカリ)、超大好きなんです。

 

美人照明オペレーター、ピン(スポットライト)の、ねえさんこと、池田ひろみさん。会場の一番高いところから、バズーカ砲のような熱くて大きいピンを左右に振りながら、、他の現地(会場付きの)ピンさんを統率し、指示を出しながら、あの唄い屋やバンドの激しい動きを先読みして、本人や(僕らが)カッコよく見えるように演出してくれてました。

 

同じく照明オペレーター、ムービング(クルックル色が変わったりしながら動く照明)担当の、イジっちゃんこと、井賽(イジツ)博昭。挨拶のしっかりした、チーム最年少の23歳。この若さでも仕事はプロ中のプロで、時には複雑な照明機械の修理までしちゃいます。「この世界、入ってきても、何故かみんなすぐ辞めちゃうんですよね」と笑いました。

 

映像担当のこんちゃんこと、近藤俊介。大きくてめちゃくちゃ強そうな体つきとはうらはらに、小さなノートパソコンを前に、実に細かな作業を丁寧にこなしている姿を、よく見ていました。

 

楽器担当、いわゆるローディーのサクちゃんこと、櫻井康孝。キム兄と阿部さん、そして僕(つまりステージ上手(かみて))の楽器のセッティング、ケアをしてくれていました。ドラム、ギター、キーボード、もちろんベースもですが、全てが判る、楽器を扱うプロです。ステージ中に困ったことは、僕は全部サクちゃんに言ってました。

 

同じくローディーの、岩内崇。ステージ下手(しもて)の圭ちゃん、マリオさん、そして、唄い屋本人のギターのケアの担当です。やはり全ての楽器についての知識が、ミュージシャンと対等に会話ができるくらいに深くないと勤まらない仕事です。これも大変な役割でしたが、よくやってくれました。

 

マニュピレーターの北原康夫。ローディーとしてのスキルも持っているので、僕のセットについては完璧に理解してくれて、サクちゃんと一緒になって、色々と手伝ってくれました。マニュピとは、コンピューターオペレートをするのが主な仕事です。ステージ上では6人目のサポートメンバーのようでもあります。

 

制作のミムーこと、三村聡です。制作としての仕事、現場での細かな部分を一手に引き受けながら、僕らの楽屋まわりや衣装のケア、また得意なパソコンを使って、リハから毎日、その日のチェック用録音物のダビング等も。僕が地方からブログを更新するときは、主にミムーのPCを借りていたんですよ。

 

先日もご紹介しました、制作の石坂さんこと、石坂健一郎。今回の旅では、少なくとも僕達バンドメンバーのケアはいつも石坂さんがしてくれてました。長身細身で若々しいイケメンですが、業界滞在暦はかなり長いので、面白い話や為になる、ビックリする話なんかを沢山聞けました。そして十八番のギター漫談、最高でした(笑)。ほんとうに、サービス精神が旺盛で、そして気配りの人。

 

唄い屋本人のマネージメント担当の森藤ひとみさん。敏腕マネージャーR.K.の絶対の信頼を受けた肩腕として、主に本人周りで、細かく働いてくれていました。とっても気さくな、ナイスな女性です。スタッフさんの間でも人気者なんですよね(fromカズさん)。

 

物販の大貫くんこと、大貫智康。お客さんの皆さんが記念に買っていく物販物の制作、管理、販売等の担当です。会場のロビーが主な職場なので、なかなか接点が持ちにくくて旅半ばまで知らなかったんですが、実は他でも一緒の仕事があったりして。明るくて、いい男ですよ。さすが、毎日お客さんを身近で相手してるからかな(笑)。

 

同じく物販の小林純ちゃん。僕がお邪魔した山口では、ちょうど現地の販売のバイトさんに、商品の説明や実際の販売の際の細かい手順、注意点などを親切に教えているところでした。真剣な表情で仕事をしてましたが、カメラを構えている僕を見つけると「あ、何やってんですか~っ!」て、いつもの笑顔に。可愛らしい女性であります。

 

ファンクラブ運営担当、美人アシスタントの阿藤泉さん。いつもファンの方々の為に、そして唄い屋の為に、じっとパソコンに向かい、細かい作業をしている姿を見ていました。スタジオやリハーサル見学の時などに触れ合う機会があったファンの方も多いですよね。僕達バンドにも、いつもにこやかに挨拶してくれる方です。

 

ファンクラブ運営&カメラマンのホンちゃん、こと本田健。ファンの方々の為に様々なアイデアを生み出す、プロデューサー。ビデオカメラもいつも回していて、常に唄い屋の姿をそのカメラ収めています。ギターの圭ちゃんと同じ年なんですよー。実は元超大手出版社の超有名女性雑誌の編集長だったそうですね。

 

カメラマンの梶田明弘。オンステージ、オスステージ、いつもカメラを数台もって会場内でシャッターチャンスを狙っています。重たいカメラをいとも簡単に操る姿が、かっこよいのです。昨日の打ち上げでは僕のカメラに入っていた、ぼくの写した広島~宮島~山口の写真なんかを観てもらって、色々とご意見を伺うことができました。嬉しかったなぁ。しかし、イケメンだなぁ(笑)。

 

カメラマンが続きます。いや、わざとじゃないですよ、たまたまですよ(笑)。深いファンの方にはすっかりおなじみのことでしょう、オックーこと、奥口睦(まこと)。唄い屋のカッコいい写真を今まで沢山撮ってますよね。男らしくて、頼れる兄貴って感じがします。ファインダーを覗く顔が楽しそうですよね。もちろん、そのレンズの先には・・・我らが、唄い屋が。

 

本人付きの衣装さんでもあり、唄い屋と一緒にブランドも興している、ミネさんこと、三根進也。もちろん、お洒落なのはあたりまえですが、でも構えてるところなんてなくて、いつもとっても気さくに付き合っていただきました。色んな話を伺えて、楽しかったです。いつかオーダーメイドでステージ用のパンツを作ってくれるって、言ってもらってきました。・・・あ、タダじゃないですよ(笑)。

 

ストリートファイター担当の・・・じゃない(笑)、同じく衣装担当のエイジくんこと、落合英司。これ、ジムでもなんでもなくて、ライブ30分前、まさに仕事中です(笑)。唄い屋のウォームアップの為のスパーリングの相手をしてるんですね。笑顔のめちゃカワイイ、こう見えて若い青年ですが、ツアー中にどんどん強くなりましたねー。

 

この人がいなくちゃ、僕達は会場でポツンと突っ立ってるしかないという、トランポ(あのオレンジ色のトラックをブイブイ言わせて(笑))の、ヨネさんこと、米野啓之。夜中に走らなくちゃいけないケースもよくあるのに(特に今回のツアーはトランポ泣かせの移動行程でしたしね)、でも、ヨネさんはステージ中いつも下手袖で、カズさんと一緒になって、唄い屋や僕らのサポートをしてくれていました。めちゃくちゃ強くて(力もハートもね)、すっげー頼りになる、カッコいい兄貴分です。あのカズさんは(カズさんだけなんですが)、ヨネさんのことを「にいちゃん。」って呼ぶんですよ。

 

ぷっくーて膨れてるのは、山口で美味しいふく(ふぐとは言わないんですね)を食べたから・・・ではなくて、ありりんにだけは「変な顔してー(笑)。」って頼んだからんです、すみません(笑)。エイベックス社のA&R、清木場俊介担当のさわやかありりんこと、有賀恭一さんです。ほんと、人当たりのいい人。そして、裏表がなくてね、正直な、まっすぐなA&Rさんです。

 

はい、唄い屋の敏腕マネージャーR.K.こと、カトちゃんこと、加藤唯音(いおん)くんのお父ちゃんこと(笑)、加藤良治。素敵なデスクトップを撮らせてもらってしまいました。これ、まだ生まれて二日目でしたが、デスクトップはすでに数分置きに画像が変わるように設定されていました。・・・もう、嬉しくて仕方がないんでしょうね(いい話ですねー)。こんな素敵なパパの顔を見せられたら、言うこと無いっすよ。

 

というわけで、まだまだ写真に撮りきれなかったイレギュラーメンバーさんもいるのですが、少しはチーム清木場オールスタッフさんの横顔が伝わったでしょうか

 

では、今年も最後はこの人に、締めていただきましょう。

 

「まったねー、バイバイキーン、風呂入れよー、宿題やれよー、歯磨けよー、んじゃねーっ!ハイ、お疲れちゃん、お疲れちゃぁ~~ん!」

はい、しっかり舞台監督に締めていただいたところで、まもなく・・・12時ですね(笑)。間に合った~

ありがとう最高のバンドメンバー、ありがとう最高のオールスタッフー、ありがとう最高の唄い屋・清木場俊介、そしてありがとう、今回、一本でも参加された最高の仲間の皆さん。暑かったねー(笑)、熱かったねー、お疲れ様でしたー、カゼひいてないかいー。ありがとうございました。また、おうちから応援してくれてた皆さんも、ありがとうございましたー。みんな最高ー。またねー!

ではー。



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わはははははははー


ははは、


は。


・・・終わっちゃった。


・・・(´・∀・`)楽しかったなぁ。


ちょいと軽く食べて、腹ごしらえ。そして、


打ち上げだあっ!どっかーん(笑)!わははは!


・・・ラーメンももうすぐ来るよ。チャーハンもね(笑)。


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二時間半ほど歩きまわりーの、這いずりまわりーの摺り足しーのでしたからね、足が少々。

はい、湯田温泉名物、足湯での一休みを目論みました。

でもね、タオル買って意気揚々と来てみたら、普通に公園の片隅にあるんですね(笑)。

向かいのサラリーマンの方の電話をしてらっしゃる声が聞こえてくる中、じっとりと汗をかきかき、これを打っております。お湯、結構熱いんですよ。身体全部は多分まず浸かれないくらい。

('〇';)ふわー。


さて、お次は。


・・・いいかげん、会館へ戻ります(笑)。


ツアーファイナル、とびきり張り切ってまいりましょー!おーっ!

って、この写真じゃなぁ。意気込み、伝わりにくいですよねー(笑)。


よし、今から指をへにょへにょ動かします(笑)。


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少し早起きして、うろうろうろ・・・うろうろうろうろ・・・おろおろ(←はしない(笑))。

散歩は旅の楽しみの一つです。

先ほど、「日本一受賞 山口名物 手作りコロッケ 昭ちゃんの店」」というのん発見しました。

(-_☆)キラーン。

食べないわけにはいきません(笑)。

「コロッケひとつ下さい。」100円なり。

お味はね、ホクホクというより、モチモチモチ~って感じでした。勿論、ウマーでしたが、日本一をどうやってきめたのかは気になるところです。まぁまぁ(笑)。

さて、かるくオヤツを頂いたところで、次は。

-----追記。---


おっといけねっ。写真を大きくしたのはいいけれど、一眼ではモノクロでしか撮ってませんでした

モノクロのコロッケ・・・ってなぁ、いかがなものでしょうか(笑)。

食べ物はやっぱり色大事ですねぇ。だってこれ正直なところ、言われなければコロッケだって認識できませんもんね。なんかー、うーん、

・・・なんだろ、

ちょっと「ゲバゲバ90分」のアレ思い出したりして(←これ判ったら、ましてや観てた方は、・・・まぁまぁ(笑))。

ゲバゲバ



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ツアー14発目、そして今回の旅では初めてのホール。

なんたってこの眺めがまたね、仲間の皆さんの顔がよ~く見えるんですよ~。

何だかいつにも増して仲間意識が沸いちゃって(笑)。

ステージも広いもんだからみんながクルックル暴れてるのも楽しかったな~('-'*)。

キーボードはあれは出来ないから(まぁ・・・基本的には、ね(笑))ちょいと羨ましくもありまして。

しかし山口、空気が本当に美味しい!これをツマミにぷっ出来そうなくらい(笑)

あ、さてー(笑)。


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ついにやってきましたよ、看板・清木場の地元、山口県へ!

ъ( ゜ー^)いぇ~い(高嶋風味)。


はい、この青年は全国のコンサートアルバイトくん達を代表して、山口県某有名大学のイケメン一年生、藤井宇宙くん。

じっと一人でパイプ椅子に座って僕らの楽屋裏を守ってくれてました。

「将来は何になりたいの?」と訊くと、


「プロデューサーになりたいんです!」

と元気のいい返事が。


ъ( ゜ー^)いぇ~い(高嶋風味)。


彼が守ってくれてるのは裏口なので、まず人も出入りしないとこです。

「退屈しない?」と訊くと、

「自然を感じてます。」


と(^_^)。いいやつです。頑張れ、未来のプロデューサー。君たち一人一人のサポートがあってこそ今日のコンサートがあるのです。ありがとう!

今日も上げ上げで頑張ります。


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という訳で自分で採るのは断念(←カキは潮干狩りじゃ無いし(笑))。

 

一緒に宮島オフを過ごした圭ちゃんとマリオさん。決めた集合時間が早くて、三人とも2~3時間睡眠だったにも関わらず、時間きっちりでした。ってか、むしろ時間前に集まっていたという(笑)。・・・いくつになっても、遊びとなると(笑)。そして、足がパンパンになるくらい、休みもせずにによーく歩きました

 

そして、今日広島で本番だったディーバのライブにお邪魔して、素晴らしく楽しんできたところです♪

いや-、めちゃめちゃ良かったですよですよ~!

さて!そしていよいよワタクシ、間もなくカキとお好み焼きありつける模様っ(・~・)クウゾ!



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路面電車に乗って船に乗って、目指すは世界遺産、厳島神社。  

日本一の穴子ご飯は今しがた食べました。
 

さて、こちらは一体(笑)。

 

・・・「鹿ソフトクリーム」。 

---追記。---

・・・はい、食べておりません。すみません。よって、お味のレポートはできません。写真も大きくなりません。ほんと、すいません(笑)。

 

だって、↑これ・・・見にくいので、ちょっとむりやり拡大しますけど、

 


こんな食べ物でして、ようするに、あの丸くつぶつぶした鹿の○○をソフトクリームにトッピングとして、

 

・・・なわけはなく(笑)、まぁソレに見立てて麦チョコがまぶされているわけですが

 

でもなー、興味が無かったわけじゃないんですけど、これって、その発想自体がもの凄いというか、さしもの僕も、どうしても食指が動かなかったと言いますか

 

だって、足元には本物がそこら中にコロコロしてるんですからねー(笑)。・・・いや、でも、もしもう一度行く機会があったら、がんばって絶対食べます。これも何かの縁ですから。だって、麦チョコとソフトでしょ?おいしいに決まってるもの、下見ないで食べれば(笑)。

鹿はとってもかわいいんだけどなー。ジーって見られてもなー。あっ、ほら今にもポトポトッって。(←お食事中の方、すみ・・・あ、テレビじゃないからいないか(笑))



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最高級、最高峰、最高位、最高裁!


・・・裁はないか(笑)。


いっやぁ、でも間違いなく広島、暑さ最高点でした。

途中で血液沸騰するんじゃないかと思いましたよ。

冗談抜きで体温計ったらインフルエンザくらいあったんじゃないでしょか(-o-;)。

さて、冷やさなきゃ(笑)。


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