【法隆寺iセンター前に、奈良県内18基目】
奈良をこよなく愛した歌人、会津八一(1881年8月1日~1956年11月21日)の自筆歌碑の除幕式が9日、奈良県斑鳩町で行われた。町制施行65周年記念事業の一つで、設置場所は「斑鳩の里観光案内所」(法隆寺iセンター)の東側。斑鳩町内の八一の歌碑はこれで4基目、奈良県内では18基となった。全国では48基目で、奈良県がほぼ3分の1を占めている。
歌碑の高さは台座も含めると約1.7m。八一が1921年、聖徳太子御遠忌1300年前に斑鳩を訪れた時に詠んだ短歌が刻まれた。「うまやとの みこのまつりも ちかつきぬ まつみとりなる いかるかのさと」。この歌碑は石工、左野勝司氏(飛鳥建設社長)による寄付で建立された。高松塚古墳の石室解体工事、イースター島のモアイ像の修復、カンボジア・アンコール遺跡群の解体修理などで知られる石工の第一人者で、石材も自ら香川産の庵治石の中から選んだという。
除幕式には荒井正吾知事や法隆寺の大野玄妙管長、薬師寺の安田暎胤長老のほか、八一の生まれ故郷・新潟市の篠田昭市長らも参列した。八一は新潟市名誉市民。奈良県は八一との縁から、今年2月、新潟市との間で「歴史・文化交流協定」を結んだばかり。大野管長は除幕後、「八一は奈良の風土や景色とともに、仏像などの遺産を通して古代の人たちとの対話を楽しんでいたのではないか。それを見習って古代人の知恵や精神を学びたい」と挨拶。新潟市会津八一記念館の神林恒道館長も「八一は奈良を〝酷愛〟し万葉人となって古代の人と語り合った。そのためいきが八一の歌」と話していた。最後にオカリナ奏者宗次郎がオカリナの演奏で除幕式に華を添えた。