kenroのミニコミ

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一人がひとつ コスパやタイマが重宝される社会への異議申し立て 「チョコレートな人々」

2023-02-18 | 映画

日本酒やワインの「あて」にチョコレートが好きだ。それも、カカオをあまり使わず、砂糖で誤魔化しているような安ものが気に入っている。けれど、こういった安くて、どこで生産されたかもよく分からない製品は、児童労働や生産者の正当な収入につながっていないとの指摘もあり、本来は避けるべきだろう。そこで、最近はフェアトレードのチョコを買うようにしているが、どこの国のどの生産者か不明な製品を除くという意味で「シングルオリジン」までには程遠いようだ。ゴディバをはじめ、高級チョコはそれなりに高価だ。しかし、原材料の正当な価格、製造者の適正な賃金という意味では、安すぎるのがおかしいのだろう。

高級チョコレートというとゴディバくらいしか思いつかなかったくらいであるから、久遠チョコレートは知らなかった。そこは、障がい者雇用の理想系、発展系。創業者の夏目浩次は言う。なぜ障がい者ということで賃金がおそろしく安いのか、最低賃金を超える額を目指すべきではないかと。夏目は少年時代、障がいのある同級生をいじめたことで、その同級生が転校、それを負い目に感じていた。そして障がいのある人にも正当な賃金を支払うとしてパン屋を開業。しかし、現実は甘くない。カードローンで作った膨大な借金を抱え、努力すれば障がいを乗り越えられるとの思いが強く、パン屋の「看板娘」だった美香さんを失う。美香さんの母親からは、「もう少し成長してください」。手間の割に利益が少なく、廃棄も多いパン製造。そこに手を差し伸べたのがトップショコラティエの野口和男さんだった。「一人がひとつ、プロになればいい」。できない、ではなくて、できることを分かち合えばいいのではと。パン屋からチョコ店への挑戦だ。

「チョコレートは失敗しても温めれば、作り直すことができる」。映画で何度も流れるフレーズ。そう、さまざまにある作業工程を分割、分類し、それぞれの得手不得手で担当する。単純作業を素早く繰り返しこなせる人、手先の器用さが要求される細かな飾りつけ、なんでもできるゼネラリストは要らないのだ。すると夏目の職場には障がいのある人だけでなく、シングルマザーや家族を介護中の人、そしてセクシャルマイノリティで、これまでの職場で生きづらかった人まで働き出す。セクマイの「まっちゃん」は、チョコ店の隣にオープンしたカフェの店長に。身体的、時間的などそれぞれの制約に合わせた職場環境の結果だ。そして、夏目の次の挑戦はより重度の障がいがある人の安定的な雇用だ。突然の発作のチック症で床を強く踏み鳴らしてしまう鈴木さんが働きやすいよう、1階の作業ラボを開設。鈴木さんが好きな音楽を鳴らすことによって症状は減っていった。

障がいのある被用者全員の最低賃金克服はまだ道半ばだ。安く使い回しているとの批判もある。しかし、久遠のチョコは今や、百貨店のショコラ祭典に出店、全国に展開する。久遠の看板商品、テリーヌはさまざまな素材、果実はもちろんのこと、ナッツ類、日本茶などまで石臼などで細かく、細かく丁寧にすりつぶした粒や粉が混じる逸品で、150種を超える。マッチ箱より少し大きいくらいで1枚250円。しょっちゅう購入するにはうなってしまう高級さだ。けれど、その背後に「正当な賃金」への思いが込められていることに想像力を働かせるべきだろう。

特別支援学校を卒業しても一般の就職先は少ない。授産施設などで工賃0円の仕事に就く人も少なくない。その特別支援学校の卒業式で象徴的なシーンがあった。「君が代」斉唱だ。

大阪の特別支援学校で生徒の体調を心配し、生徒とともに「君が代」斉唱の際、座ったままでいたことで処分された教員がいる。「一人がひとつ」を認めないなんという硬直さ。夏目さんの理想のためには、学校現場からも改革が必要だろう。

制作は長く時間をかけ、丁寧な取材でドキュメンタリーの名作、快作を作り続けてきた東海テレビ。次回作も楽しみだ。

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#Me Tooはあなたも、そして告発される側も   SHE SAID その名を暴け

2023-02-03 | 映画

「話す」「語る」といった英単語を思いつくだけ挙げてみても、talk, tell, speak, mention, referなど幼稚な英語力でもいくつも浮かぶ。「主張する」や「告発する」なども入れるともっと多いだろう。しかし、ここではsayなのだ。つまりそれまでは、長い人で20数年も「言えなかった」のだ。

世界で拡がった主に性暴力、性犯罪被害女性らの告発、真相究明、責任追及の運動“#Me Too”の発端となったハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの悪行とそれを実名で告発する勇気を描いた、調査報道したニューク・タイムズ紙実在の記者2人と報道現場の物語である。

キャリー・マリガン演じるミーガン・トゥーイー記者は産後うつに苛まされていた時期にこの厳しい案件を抱え、ゾーイ・カザン演じるジョディ・カンター記者は一つ間違えば危険と隣り合わせの取材を敢行する。そして映画では2人の私生活も描かれ、スーパーウーマンではない生身のフツーの記者や社内での強固なバックアップ態勢、編集長のぶれない姿勢も描かれる。そう、ウォータゲート事件を暴いた往年の名作「大統領の陰謀」(1976)では、男性記者の背景、家庭が描かれることはなかった。40年以上経って報道の現場やそれを描く側に女性がきちんと進出してきた証である。不十分ではあるが。

映画にはワインスタインの姿はチラリとしか出てこないし、暴行現場の再現も一切ない。薄暗いホテルの廊下を映し出すだけで、どんな恐ろしいことが行われていたかを示すには十分な演出なのだ。日本でも男性映画監督の性暴力を告発した動きの中で、インティマシー・コーディネーター(セックスシーン、ヌードシーンや性的連想を含む場面で演者に寄り添い、その尊厳を損なわないよう配慮する専門職)起用の動きが広がったが、震源地のハリウッドではずっと進んでいるという。そして、性暴力を告発するのに、その暴力場面は必然でないことが本作で明らかになった。本作のような実話に基づく作品も含めて、暴力場面の再現はサバイバーの負担やフラッシュバックの危険性さえある。その狙いが奏功してか、被害者であるアシュレイ・ジャッドは本作に実人物として出演している。

ハリウッドの醜聞とNYタイムズ社というアメリカ社会そのものを描きながら、マリア・シュラーダー監督はドイツ出身、マリガンは英国俳優だ。マリガンには出世作「17歳の肖像」(2009)をはじめ、カズオイシグロの名著「私を離さないで」(2010)、そしてサフラジェット(女性参政権運動)を描いた「未来を花束にして」(2015)と好もしい作品が目白押しだ。トゥーイーは敵役だったと思う。

本作の出来とは関係なく、少し残念なことが2点。連邦議会の中間選挙の趨勢やインフレに伴う大幅な物価上昇などに注目が集まり、アメリカでは興行的にはあまり成功しなかったそうだ。#Me Tooは世界的な動きなのだから、アメリカ以外での成功を祈る。

そして、#Me Tooの範疇に入るかどうか分からないが、自分自身、苦い思い出がある。「残念」とは違うかもしれないが、それを決して忘れないことが、自分なりの#Me Tooに対する贖罪の回答だと考えている。

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