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巖さんは「神」、警察・検察等は「ばい菌」 「拳と祈り ー 袴田巌の生涯 ー」

2024-11-19 | 映画

9月26日という日は、それまで「洞爺丸沈没事件(洞爺丸台風)」の日であったが、2024年からは袴田巌さんの無罪判決の日として記憶されるだろう。それは巖さんが逮捕されてからこの日まで58年もの時を要したからである。

本作は、2002年1月にまだ静岡放送の入社2年目であった笠井千晶記者(当時)が静岡県警の記者クラブで知った「袴田事件」に興味を持ち、取材、そして2014年に釈放された巖さんが姉の袴田秀子さんと暮らすようになった後もずっとカメラを回し続けた労作である。

巖さんも秀子さんも笠井監督の前ではカメラを意識していない。秀子さんは大きく笑い、巖さんは着替えをして、監督と将棋も指す。もちろん取材を始めた当時は、巖さんが娑婆に出てくるなんて予想もしなかったことだろう。それが実現し、拘置所から出てきたばかりの巖さんが迎えの車に乗った隣には監督のカメラがあった。そして姉弟に密着。信頼を得られないわけがない。そこまでしても50年近く獄中にあり、また死刑執行の恐怖の中にいる巖さんの心を、弟の無実を信じ、その雪冤のために人生を費やした秀子さんの思いを描くには難しいだろう。

映像では、二人の日常とともに、巖さんの取り調べ時の音声が流される。警察官はハナから巖さんを犯人視して、自白させるための過酷な取り調べの様子が分かる。判決を導く際に自白が証拠とされるためには任意性と信用性を要する。このような取り調べで得られた自白などそのどちらもないことは明らかだ。現に袴田事件での一審判決では自白調書は1通しか採用されなかった。しかし巖さんは死刑となった。自身は無実と信じていたのに、合議体の裁判長、右陪席裁判官が有罪としたため、意に反して死刑判決を書いた熊本典道裁判官は、死の目前、病床で巖さんへの謝罪の言葉を口にできたが、彼も人生を狂わされた一人であった。

様々な問題を抱える日本の刑事裁判であるが、袴田事件では「死刑」の存在と、再審請求が認められるためのハードルの高さが如実に現れている。言うまでもなく「死刑」は執行されれば、冤罪であった場合取り返しがつかない。事実、巖さんはその恐怖のため精神を病んだ。そして、現在再審請求中である飯塚事件など冤罪の疑いが濃厚であるのに死刑が執行されてしまった事案もある(警察、検察は証拠をつくる 「正義の行方」https://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/4a8b3cf764276e660a0587f7a475d7d2)。

現在、日弁連が大きく運動を進めている刑事再審法制改正。再審事件に恐ろしく時間がかかるのはその法整備がなされていないからである。請求審における検察官による異議(抗告など)を認めていること、証拠開示ルールの不存在など課題は多い。そして、ただでさえ手持ち件数の多い裁判官は記録も膨大で手間もかかる再審事件は敬遠しがちだ(裁判官の当たり外れによる「再審格差」)。袴田事件の再審開始決定を出した村山浩昭判事は、高裁で逆転不開始となった件で、のちに「ひっくり返されないような決定を書くべきだった」旨おっしゃっていた。それほど緻密な判断が要請されると言うことだ。「疑わしきは被告人の利益に」の正反対である。

袴田事件の再審無罪を受けて、畝本直美検事総長は無罪理由となった「捜査当局による証拠の捏造」にとても反発し、本来は控訴すべきだが「袴田巌さんの長期にわたる境遇に鑑みた」旨を理由とし、控訴断念を発表した。巖さんをそのような境遇においたのは検察庁であるのにである。この発言は到底許し難い。

拘禁反応のため、意思疎通が難しくなった巖さんは自身を「神」とする。「神」にならなければ強固な意志を保ち続けられなかったのだろう。それに引きかえ、検事総長談話に現れているように検察は「ばい菌」である。

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