kenroのミニコミ

kenroが見た、読んだ、聞いた、感じた美術、映画、書籍、舞台、旅行先のことなどもろもろを書きなぐり。

ノルウェー、ドイツ美術めぐり2 オスロ/ヴィーゲラン彫刻公園

2006-08-28 | 美術
オスロに行ったのはムンクが目的ではない。ヴィーゲランである。ムンクと並ぶノルウェーの国民的芸術家であるのに日本ではムンクほど知られてはいない。その理由は、ヴィーゲラン自身が作品のノルウェー国外への持ち出しを禁じたこと、そしてもう一つは抽象彫刻が勃興する現代彫刻の時代にあってヴィーゲランの作品は古めかしさを感じさせるを得なかったこと、である。後者は私の勝手な想像であるが、ロダンが近代彫刻の師であるならば、ブールデルやマイヨールがその力強いあるいは滑らかな肉体にこだわった造形を完成させたのに比べ、ヴィーゲランの作品はその模倣とは言えないまでも「古い」とは言えるだろう。しかし、キュビズムの洗礼を受けた近代彫刻は大きくその姿を変質させていく。ブランクーシは言うに及ばず、未来派のボッチョーニやエルンストなど。
ブランクーシの鳥はおよそ鳥とも思えないし、エルンストの人物像は人ではない。けれどその極端化、洗練さは認めたとしても北欧の言わば田舎でせっせと人間讃歌を彫り続けたヴィーゲランもまた心惹かれる彫り物師なのである。
ルネサンス期のミケランジェロやその後のベルニーニなど前近代彫刻や、ロダンの人物主題はすべて聖書や神話世界からとったものである。実際に市井の名もなき人物像を彫りだしたのは近代彫刻以降であるが、ヴィーゲランのそれは本当に名もなき母と子、男と女、子どもたちなど無名の対象である。でもそのどれもが心さそう陰影を持っている。というのは、ヴィーゲランの主題は明るいもの 例えば、歓喜、抱擁ばかりではないからである。むしろ、「戸惑い」や「死」など人間のつらい場面をとらえたものが多い。いや、しかしヴィーゲランの眼は常に人に向けられているというのが正しいとろかもしれない。
若さも老いも、性の快楽も、その蹉跌もすべて描こうとしヴィーゲランは病や死を迎えざるを得ない人間の宿命に真っ向から彫ることで立ち向かおうとしたのかもしれない。直視とは、逃げないだけのことではなくて、むしろそこまでもと常人なら眼を背けたくなるようなときには現実の過酷さを描き切る芸術家の矜持なのかもしれない。
人は人の世界からは逃れることはできない。それこそをヴィーゲランは描きたかったのではないか。美術館と公園に設置されたおびただしい数のヴィーゲランの作品群。一人一人の表情を見ていると彫刻が持つ(と私が勝手に思う)無限の可能性に思いを馳せてしまった。
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ノルウェー、ドイツ美術めぐり1 オスロ/ムンク博物館・オスロ国立美術館

2006-08-26 | 美術
ムンクは日本でもよく開催されるので何回か行ったことがある。なかでも、数年前の京都国立近代美術館の「ムンク版画展」はとてもよかったので、マドンナのポスターを買ってしまい今も部屋に飾ってあるほどだ。ムンクは5歳のときに母親を亡くし、14歳のときには長姉が結核で、成人してからも自身も病身に悩まされ、弟も死去と「病」と「死」が常に隣り合わせの人生で、それゆえに暗く深い死のイメージがつきまとう画風として知られる。若くから画才を発揮したムンクはパリに留学を果たすが、病身ゆえに留学期間が延長されたりもしている。パリ以外にもベルリンで製作活動を続けたムンクはさまざまな芸術家、文学者らと交友を重ね視野を拡げてゆくがその間の作風は「死と乙女」や「ヴァンパイヤ」のような前述の死、病と分ちがたいテーマが多いように思える。
しかし、ムンクの画題を死と病だけに帰するのは単純すぎる。もちろん自身精神の病に苦しみ、恋人との別離の際の銃暴発事件で指を失うなど穏やかならざる時期もあったが、ノルウェーを代表する画家となり、晩生は療養と製作という比較的穏やかな生活を送っており、それが後期の力強い版画作品などに見て取れるのである。
ムンクと言えば「叫び」が有名だが、ムンクは「叫び」を油彩でも版画でもいくつも製作しており、また「叫び」以上に幾度も描いた題材もある。「叫び」や先にあげた「マドンナ」、男女のイメージは不安と不可分であるが、その不安を克服、あるいは直視せんがために幾度も選んで描いたように思える。そして、死や病への偏執狂的(でなくとも当然ある)不安をくぐり抜けたゆえの晩年の開放感あふれる人物像へと連なってゆくのである。「叫び」のイメージしか持っていなかった人にはぜひムンクの版画をはじめとした晩年の作品群に触れてほしいと思う。
ムンク博物館はそれほどの規模ではない。修復中の部屋もあり、じっくりムンクに触れるには格好の場所。国立美術館はムンク室もあり、近代以降の作品群でそれ以前のものは少ない。国立美術館はホテルの前だったのでとても便利だったが、もともとオスロの街はそれほど大きくない。ぶらぶらするには交通費や食事など物価がとても高いが難点だ。
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