kenroのミニコミ

kenroが見た、読んだ、聞いた、感じた美術、映画、書籍、舞台、旅行先のことなどもろもろを書きなぐり。

向き合う覚悟が問われている   「サラの鍵」

2012-01-27 | 映画
ホロコースト映画はなるべく見るようにしている。「シンドラーのリスト」(93年)以降、繰り返し描かれるホロコーストとそれにまつわる人々の姿を描いた作品は少なからず胸打つものが多い。「ライフ・イズ・ビューティフル」(97年)「アンナとロッテ」(02年)「戦場のピアニスト」(02年など。ほかにも広い意味でナチスの蛮行、それを支持、黙認した民衆を描いた作品、そして抵抗した者も描かれてきた(「バティニョールおじさん」「レセパセ」(02年))「愛を読む人」(08年)など)。「シンドラー」がアウシュビッツをはじめとした強制収容所での殺戮を直接的に描いたのに対し、その後の作品は、アウシュビッツに至るまでの人々の暮らしや周辺の人々、アウシュビッツ後の思いにも想像を働かせているように思える。そして、ヨーロッパ映画(イスラエル映画でないところが注目)がしつこく、ホロコーストを描く背景には、「許さない(赦さない)」というより、忘れない、忘れてはいけない、その前提として直視し、常に、向き合うという姿勢、矜持、があるように見える。
翻って、「村山談話」をいまだに国辱だの、誤った歴史認識の上での「土下座外交」などと攻撃する勢力、論壇が一定巾を利かせているこの国の状況は恥ずかしいばかり。ヨーロッパのあの戦争、ナチスとそれに従った者への直截なまなざしといかほど違うものか。
シラク大統領が、ユダヤ人を迫害、収容所送りとした「ヴェルディヴ事件」を、ナチスドイツにやらされたからではなく、自国の犯罪としてフランス国家としての責任を認めたのが1995年。「ヴェルディヴ事件」では1942年7月16日、フランス警察がパリのユダヤ人を一斉検挙、ヴェルディヴ(屋内競輪場)に押し込め、劣悪な環境の中、自殺、病死者が続出、その後強制収容所に送り込み、およそ7万人が犠牲となった。10歳のサラは警察に踏み込まれた朝、幼い弟を納戸に隠し、弟の収容所送りを免れさせる。両親はアウシュビッツで虐殺され、収容所脱走に成功し、助けてくれたフランス人老夫妻の手助けで、パリの納戸に閉じ込めたままの弟を助けに行くが。
老夫妻に育てられ、成長し、アメリカに渡ったまでを調査で明らかにしたのは、サラのアパートに住むことになるジャーナリストの現代のジュリア。「ヴェルディヴ事件」の実相、アパートが夫の祖父母が購入したことも分かり、調べるうちにサラの足跡を執拗に追うようになるが、同時に、夫が望まない自身の(高齢)妊娠も分かる。夫やその家族との距離も離れ、「過去をほじくるな」との責めにもひるまないジュリアだが、サラのその後を調べないわけにはいかない。アメリカに渡ったサラは20代で事故死したことも分かったが、サラは夫や子どもたちに自分のことをどう、どれくらい話していたのか。ジュリアの追跡は終わらない。
ジュリアとサラのオムニバスのような描き方は、次にジュリアはどうなるのだろう、サラは、と見る者のはやる心を見透かして展開する。「イングリッシュ・ペイシェント」や「ずっとあなたを愛してる」など過去の訳あり姿が堂に入ったクリスティン・スコット・トーマスは結局、夫と別れ、自己のこだわりに正直に生き、高齢出産も経験する姿を演じていてかっこいい。それにしてもサラを演じたメリュジーヌ・マヤンス(99年生まれ)のほうが末恐ろしいほどの演技力だ。弟を守るため納戸に隠したのに、あまりにも悲劇的な再会。それがトラウマとなり、育ててくれた老夫婦のもとを何も言わずに去り、渡米後結ばれた夫にも心を開かなかった(息子は母がユダヤ人であることを強硬に否定するが、アメリカのユダヤ人観もまみえてとても興味深い)まま自死にいたるサラ。一筋の光明はユダヤ人排外が当たり前の中で脱走したユダヤ人の子どもを守り続けたフランス人老夫婦の存在。シチュエーションは異なるが、満州に渡った日本人のこどもを「日本鬼子」としてではなく育てた中国人も多かった事実。絶望のなかでも愛はあった。
歴史を学ぶということと、事実を追うということは同じではない。ジュリアの探索は、ジュリアの家族に亀裂をもたらし、わだかまりをつくったが、それ以上に事実に向き合うという真摯な自己探求をそれぞれにもたらした。ジュリアの夫の父、サラの息子、そしてそれらを取り巻く多くの人たち。サラの過酷な歴史に思いはせるとき、忘れるということと、忘れたふりをすることの違いと罪を改めてつきつけるのは、現代に生きる私たちのあまりにも浅薄な現状認識だ。
二度とサラをつくってはいけないし、サラの記憶を消し去ってもいけない。向き合うつらさと覚悟を引き受けてでしか、歴史の過ちを自覚できる術はない。
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愛が生む自由、自由が生む愛  ー草間彌生  永遠の永遠の永遠ー

2012-01-23 | 美術
草間彌生の作品を見ていて、前から感じていたこと、そして、今回改めて確認したことがある。それは草間の作品に流れるアール・ブリュットのテイストである。アール・ブリュットとは、ジャン・デュビュッフェが精神障がい者や知的障がいのある子どもらの描くアートを「生の芸術」と名付け、その独創性を紹介、発表の場をつくった障がい者芸術へ世間の目を向けさせた成功譚である。成功譚と記したが、デュビュッフェの功績は美術の世界以外ではもちろん知られていない。ローザンヌにあるアール・ブリュット美術館に行けば、障がい者芸術の深さと広さにまみえることができるのだけれども(アール・ブリュット美術館探訪は残念ながらスイス美術紀行では触れていないが、魅力ある小さな美術館である。)
で、草間彌生である。強迫神経症だとか、偏執狂疾患であるとか草間を精神(医または心理)学的に解説する言説も少なくないが、ある部分あたっていて、また、であるからどうなのだというのが、今回の展覧会でも明らかになった。
草間はかなり早い時期から水玉、ドットにこだわりその緻密さたるや凡人が思う根気を超えて強迫神経症と診断されても無理もない。点描派のスーラは34歳で亡くなったのを、あのような根を詰めてすることがよくないと、半ば冗談で言っていたが、草間は現在82歳。そして、いつまでも生き! 作品に愛を込めるという。今回の展覧会のために連作された「愛はことしえ」。細密画のごとく丹念に筆を入れ、「永遠の魂」を実感し、平和を愛し、地球を思う。草間は絵描きであるとともにすぐれた詩人でもある。アメリカ生活が長い人だが、もちろん日本語能力も高い。いや、20代で親の反対を押し切って渡米し、ニューヨークを拠点に芸術活動をはじめた草間にとって日本は長らく遠い存在だったに違いない。アメリカでハプニングや既成のイクシビションに殴り込みをかけた苛烈さとは反対に驚くべき繊細さを持って2次元画面にも没頭してた姿勢がよくわかる。2次元画面と言ったが、草間の長年のパートナーはジョゼフ・コーネル・そう、コーネルのボックスのコーネルである。ボックスという3次元で、それでいて、限られた空間で表現をつくしたコーネルとパートナーであったことはなにか意義深い。
コーネルの死後帰国した草間は精力的に活動を続けるが、前衛美術は一般的に日本で分が悪い。横浜トリエンナーレでの複数回の出展、各地の芸術祭でのあの水玉カボチャの出現などで、徐々に名声を高めた草間の82歳の挑戦。今回、出展されたほとんどの作品が本展のためにドローイングされた新作であるというのであるから驚く。美しく、分かりやすく、楽しい。
草間という人は色、そしてフォルムについてはタブーや固執がないと思えるほど、色とりどりの自由さに、それらを彩る形態の自由さに感嘆させられる。過去にはザーメンや男根にこだわったかのようにまみえた男性性偏執狂と評された作品も多かったが、もう草間には「愛」があるだけである。
変な言い方だが、アール・ブリュットはちょっと、まだ、ついていけないと審美眼において自己の壁を作るご仁にぜひ見てほしい。草間のアブストラクトは十分に踊っていると、感じられるだろう。(「人間の一生」)
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母性より中東の縮図に震撼  灼熱の魂

2012-01-15 | 映画
実は戯曲というものに慣れ親しんだことがないので、全体をとおして違和感があった。原作は戯曲。そして、主人公の過酷な物語とは裏腹に、妙に詩的、赦しの観念の唐突さにも。
しかし、これらは本作が見るに値しない凡作と酷評するものでもない、むしろその正反対である。中東地域、おそらくは、レバノンを舞台にしているであろうことはすぐに分かった。というのは、イスラム教徒勢力とキリスト教徒勢力との間でつい最近まで内戦状態であったことから、時代背景として理解できたからだ。
レバノン。イスラエルというシオニズム国家とシリアやヨルダンといったイスラム国家に挟まれて、自身は、フランスの統治の時代も長かったためキリスト教徒も多く、それゆえ、宗教対立とそれらに肩入れする勢力、イスラエルはもちろんヒズボラなど、の銃火に翻弄されてきた国。そこに生まれ育った人は、イスラムかキリストかですでに相容れないスティグマを背負っている。
クリスチャンの家庭で育ったナワル・アルマンはイスラム難民と恋に落ちるが、それを許さない家族らによって恋人ワハブはナワルの目の前で射殺される。しかし、妊娠していたナワルは男の子を産み落とし、その子はすぐに里子に出される。息子に会いたい。ただその希いのために大学でフランス語を学び、キリスト武装勢力の非道を目の当たりにしてイスラム武装勢力に参加し、キリスト教勢力のリーダーの射殺に成功し、捕まえられて。
物語はナワルの死後、奇妙な遺言を実行することになるナワルの双子の子ども、ジャンヌ、シモンの道行きに焦点が当てられ、次第にナワルの過去とナワルの息子、そして捕まえられたナワルにすさまじい拷問、レイプをなした非道の男のその後と正体が明らかになっていくという筋立て。ラストは衝撃的ではあるが、少し作り物すぎる感じがした。それは、冒頭で記したように戯曲という、いわば小説とは違う詩的世界、構成主義的プロセスに筆者が慣れていなかったかもしれない。そして、レバノンといういまだに十字軍的?諍いに翻弄される民の姿をフィーチャーした作品ではなかったのかも。
レバノンで多くの市民が殺戮されたこと、その理由に、イスラム勢力に対抗するためというイスラエルの拡張主義と、それに呼応したレバノン国内のキリスト教勢力の思惑があったことなどは、82年のサブラ・シャティーラの虐殺などで明らかである(アニメで描く「記憶の成功」 戦場でワルツを http://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/1651c5f67aa0c47586484327a79eaea8)。
ナワルの覚悟、それは子どもたちに真実を伝え、その真実に潰されることなく、一緒にいて平和を希求する生き方をと願ったこと。キリスト教徒としての、いや、酷薄な生を経験したからこそ、伝えることのできる「愛」は憎しみや恨みの浄化である。
「シリアの花嫁」(落ちる壁と堕ちない壁(ボーダー) シリアの花嫁 http://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/fb88970a711fe4a24d1e14edee)は、戦闘、殺戮シーンもなく穏やかな映像であったが、中東地域のかかえる現実のキツさを体現していて、こちらの作品の方が好きである。
が、ギリシア神話のオイディプスの悲劇を想起させる本作もありえる範疇では、ナワルの数奇な人生に思い馳せるのもありである。レバノン情勢か、イスラエルという中東の鬼子の蛮行を客観的に評価するか、あるいは封建制、家父長制との対峙と自立というフェミニズム的観点で見るか。想像力が途切れない本作ではある。
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論壇の全き不在こそ不幸    『諸君!』『正論』の研究

2012-01-09 | 書籍
『諸君!』も『正論』も実は読んだことがない。だから、『諸君!』が2009年に休刊したのは知っていたが、『諸君!』が69年、『正論』が73年に創刊したことなど知らなかった。73年といえば筆者もまだ小学生である。さすがに小学生のころ『諸君!』や『正論』のことを知らなかったが、亡くなった父が『文藝春秋』をよく読んでいたのは覚えている。父が『諸君!』や『正論』を読んでいたかどうか定かではないが、多分読んでいなかったと思う。貧乏サラリーマンがいくつもの月刊誌を読んでいたとも思えないし、父なりに『諸君!』や『正論』は、バランス的に合わなかったのかもしれない。
父の話を持ち出したのはほかでもない。『諸君!』、『正論』が当初の発行段階、70年代のオピニオンとかなり変節したのが、本書で明らかになっているからだ。象徴的なのが、日本の中国侵略に対する認識。渡部昇一でさえ「日本がアジアの大陸や諸島を侵略したのは確かである」「日本が大陸に侵入し侵略し、征服したことは一点の疑念もない」と述べていたのに(『諸君!』82年10月号、本書p.338~339)、2誌が極右旋回する中で、日本のアジア侵略そのものも否定するようになることだ。そう、両誌とも「保守派」、「左翼勢力に対する対抗軸」といいながら、それなりに論理的、バランスのとれた論考も掲載されていたのに、論理ではなく情念、冷静な現状分析というよりイデオロギーが先行していく。そして、論理や冷静な現状分析、歴史認識を持とうとするメディアに対して憎悪をむき出しにしていく。その槍玉、攻撃目標にあがったのが「朝日新聞」である。
本書の著者は『論座』の編集長でもあった現役の朝日新聞編集委員。『諸君!』、『正論』に対し、反論、自社擁護、正当化の論陣を張ろうとした意図が微塵もなかったとも思えないが、戦前、戦後の安保時代等、その時々の朝日の姿勢にも批判を向けているので、自社可愛さばかりで本稿を上梓したとも思えない。純粋に、なぜ両誌は朝日を攻撃し、その論調はどう醸成され、変節していったか描きたかったのであろう。だから、両誌の過激さが増していく象徴的な語、メルクマールとなる出来事にも慎重に筆を運んでいる。
靖国神社のA級戦犯合祀、「東京裁判史観」、富田メモ。保守とは本来、現状に細心の注意をはらい、現実主義的に対応、急激な変化を望まず、ときに折衷・懐疑主義であって、デマゴギーやプロパガバンダに流されない思想であるはずだ(中島岳志の論をKENROが勝手に解釈)。「保守派でいきましょう」(『諸君!』創刊の経緯で池島信平(文藝春秋の編集局長)の発言。本書P.29)と保守を自認、のちに『諸君!』を追いかける形で産経新聞社から発行された『正論』も、あくまで親米が基本であり、「反共」は明確にしていたが、その後の右派的言辞までは包摂するものではなかった、というのが本書の基本論調である。そして、論理的、冷静な言は消え失せ、非難(もちろん主に朝日に対するそれ)、怒号、アジテーション的とも思える劣化した言辞に堕したのは何故か。
 戦争認識。歴史認識。「認識」するためには客観的な歴史研究が必要で、その研究の上で「評価」があることは論を待たない。しかし、評価には歴史とともに国際情勢、政治・社会情勢等現実とも無縁ではない。けれどオピニオン誌を自負している以上、情念ではなく、イデオロギーではなく、合理的と考えうる論理が先行すべきではないか。『諸君!』は休刊したが、その後右派論壇誌は数多く出版されてきた。『SAPIO』、『WiLL』、『Voice』…。『文藝春秋』も健在である。しかし、総じて、元気とは言えない。これら右派雑誌に攻撃されることの多い朝日、『世界』も部数的には厳しい状況が続く。
論争の全き不在。橋下大阪市長に典型的にみられるデマゴギーとプロパガンダが支持される昨今に、冷静で論理的な論壇が、左右、というか保守・革新とも不在であるのは不幸であることに変わりない。
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美しい「大和魂」に収斂されたのが残念  東京バレエ団「ザ・カブキ」

2012-01-01 | 舞台
黛敏郎という人は、音楽的功績はよく知らないが、そのド右翼・超タカ派の言辞はよく見聞きしていて好もしいとは思っていなかった。そして、今回の演出に黛ならではの、というか黛であるからこそ描かれた世界にかなり辟易したのが事実。
そもそも、ベジャールの誤った日本(史)理解を前提に、日本人も知らない、理解できないような日本像=ヤマト像を描き出したのが間違い。武士道も、忠臣蔵も、その肯定的評価と同時に、否定的・前近代的側面を十分に知った上で、武士道も、忠臣蔵も楽しんでいるのではないか、多くの日本人は。しかし、描かれているのは、武士道すばらしい、日本すばらしい、忠臣蔵最高である。
象徴的なのがラスト、大きな「日の丸」で終演。「日の丸」については賛否はもちろんあるが、その当否はさておき、「日の丸」が日本国民、全国で一般化するのは明治以降。18世紀の忠臣蔵の時代にはそぐわない。そもそも、忠臣蔵事件に喝采した江戸の庶民は知らない記号なのだ。そして、忠臣蔵そのものが、きれいごとだけではないというのが史実上も分かっているのに、それを全く無視した脚色もいかがなものか。
ところで、筆者は白状すると時代劇や忠臣蔵が大好きである。忠臣蔵については上記誤った描き方はもちろん、四十七士の名前と功績を覚えた身からすると、突っ込みどころはたくさんあるが、日本贔屓と、武士道あるいは忠臣蔵は直接なんの関係もない。だから、忠臣蔵を描くなら黛の国粋主義、大和魂とは分けてほしいのだ。
ダンスの演出そのものはとてもおもしろかった。東京バレエ団は男性ダンサーが充実していることで有名だが、あれだけの数をそろえることができるのはすごい。しかも、高岸直樹や後藤晴雄などもう40歳をとうに超えた現役ダンサーが迫力のパフォーマンスを見せるあたり、東京バレエ団は、男性ダンサーに不自由しないのが明らかだ。いや、男性ダンサーこそ東京バレエ団の真骨頂かもしれない。でも女性ダンサーでは吉岡美佳や上野水香ももちろん健在である。
演出は、これでもかというほど変化に富み、楽しい。時代劇をバレエで表現するなんてどうするのだろうというこちらの杞憂をさしおいて、次々に繰り出す舞台演出とそれに見合うダンス。バレエでは関係のないバク転の演出もあり、出演者の身体能力の高さ頼りの面もあったが、次々に繰り出される新幕には、全体で2幕構成であるのに、工夫されている場幕には、かなり楽しめた。ただ、海外公演ならジャポニズム好きの西洋人には面白いだろうが、少しやり過ぎのところはある。ともあれ西洋人の描く日本像は十二分に描かれているし、ダンサーの適格性も間違いない。東京バレエ団はシルヴィ・ギエムでも最高のパオーマンスを見せた(http://blog.goo.ne.jp/kenro5/e/546f65edbad47f48c6c2332a58c8a454)。であるからこそ、期待したいのだ。ベジャールの描く決めつけの日本像ではないものを。そして、忠臣蔵はもちろんいいのだけれども、大和魂と関係のない解釈で。
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