僕たちは一生子供だ

自分の中の子供は元気に遊んでいるのか知りたくなりました。
タイトルは僕が最も尊敬する友達の言葉です。

強運

2011-08-01 | Weblog
小学生の頃、「子供なりの男らしさ」を計るための、度胸試しみたいなことをよくやっていた。
私は特に度胸があったわけではないのだが、運の強さだけは並外れていたように思う。

例えば川で。
より高い場所から飛び込めた奴が男らしい、なおかつ頭からそれをするとなおすごい、てなことで競い合った。
皆がそれぞれに飛び込む中、意を決して頭から飛び込んだ私は、川底の石で頭をしこたまぶつけ、一瞬脳震とうを起こして、あやうく溺れかけた。平たい石だったからそれで済んだが、ちょっと角のある石だったら今ここにはいない。この時、髪が3,000本ほど減ったんだ。

例えば山で。
自転車で、下り坂でどれだけでブレーキをかけずに下りられるかを競いあった。
どう考えてもこのスピードでは曲がりきれない、というカーブで思わずブレーキをかけたら、滑った後輪がカーブの外側にあった高さ15センチくらいの石に当たって転倒寸前だった自転車が起き上がり、何事もなかったのようにカーブを曲がっていった。この石がなかったら、そのカーブの先の池で河童になっていたはずだよ。

例えば海で。
遠泳が得意だった私は、はるか先に見える島に泳いでいくことにした。
しかし、泳げど泳げと全く島は近づいてこない。「ありゃぁ思ったより遠いなぁ、もう無理やし帰ろ」と思って海岸を振り返ったら海岸が見えないほど遠くまで来ていて、帰りのことを全く考えていなかった自分に気がついた。小さい頃から海辺で育った母の、「体の力を抜いて上向きになったら海の上でも寝れる」という教えがなかったら、今頃は海の中で寝ていたんだもん。

大人になってからも強運が続いている。
例えば蛍見物で。
街灯のない川のほとりで家族皆で蛍見物をしていて、私だけが橋の上から5mほど下の川に転落したことがあった。
しばらく気を失っていたみたいだが、こんなことがあってもただの打撲と、髪の毛を追加で10,000本減らし一晩入院しただけで済んだ。しかもその時、子供二人の手を引いて歩いていたのだが、落ちる数メートル手前で、何か不吉な予感がして手を離していて、子供たちには何もなかった。あの時子供の手をつないだままだったら・・・と考えるとゾッとする。おかげで、二人の子供は蛍見物がトラウマになってしまったが。

まだまだ数えればキリがないほど、この強運はずっと続いている。
評論家の金美齢さんがこう言っていた。
「人は、運を使い果たした、と良くいいますがそうではありません。運は使えば使うほど増えてくるものなのです。」

科学的根拠のない話は全く信じない私なのに、これには、「なーるほど!!」なんて妙に共感している。
ようするに単純バカは強運なのね。