城郭探訪

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○近江戦国探訪「八幡山城下町と朝鮮人街道」  近江国(近江八幡)

2013年12月22日 | 探訪「大地の遺産」

○近江戦国探訪「八幡山城下町と朝鮮人街道」

八幡山城は羽柴秀吉の甥で後に養子となった羽柴秀次の居城です。安土城にかわる近江の拠点城郭として、豊臣時代の到来を象徴する城です。また、八幡堀の南に築かれた城下町は、八幡山廃城後も栄え続け、近江商人の一つである八幡商人発祥の地として知られています。

朝鮮人街道は、織田信長が整備した下街道を前身とする街道で、江戸時代、朝鮮から江戸の将軍に派遣された使節(朝鮮通信使)が通ったことからこの名が付きました。秀次は、八幡山城下町を建設した際、町の南を通る朝鮮人街道を城下町を通るように付け替えました。八幡山城下町(江戸時代には八幡町)は、八幡堀と朝鮮人街道という水陸の主要な交通路を取り込んだことによって大きく発展したのです。

今回の探訪では、旧八幡山城下町を通る朝鮮人街道沿いの史跡を訪ねます。

全体ルート図はこちら

1.日時 平成25年(2013年)12月21日(土) 13時10分~16時30分
      A班13:10~16:00 B班13:40~16:30
     あきんどの里公園(近江八幡市小幡町)集合 
      ※JR近江八幡駅で近江バス長命寺行きに乗り小幡町資料館前バス停下車すぐ
      ※近江バス近江八幡駅発車時刻→小幡町資料館前到着時刻 近江鉄道バス時刻表
        12:40→12:45 13:00→13:05 13:25→13:30
      ※自家用車でお越しの場合、市営小幡観光駐車場(あきんどの里公園すぐ)
       もしくは市営多賀観光駐車場(あきんどの里公園まで徒歩約20 分)をご利用ください。
       いずれも有料(普通車1 日500 円)。駐車場についてはこちら
      ※あきんどの里(近江八幡市多賀町)とは異なります。お間違えの無いようご注意ください。

     近江八幡市立資料館前(近江八幡市新町3丁目)解散
      ※近江鉄道バス小幡町資料館前・新町バス停すぐ

2.行程
あきんどの里公園→朝鮮人街道(背割水路)→池田町洋風住宅街(ヴォーリズ建築群)→本願寺八幡別院→西元町(朝鮮人街道西の見付)旧中川煉瓦製造所縄縫工場→八幡山城伝羽柴秀次館跡→八幡堀新町浜→日牟礼八幡宮→永原町の町並→鍵之手町(朝鮮人街道東の見付)→八幡山城下町遺跡出土竹管展示見学(八幡コミュニティセンター)→新町の町並→近江八幡市立資料館前
全行程約5km(市街地平坦道)
※建物の見学は外観のみです。

 

  本日も訪問、ありがとうございました!!感謝!!


植城 近江国(水口) 

2013年12月22日 | 平城

 

植公民館前に駐車可

 

所在地:滋賀県甲賀市水口町植字城ノ内 マップ:http://yahoo.jp/kP5zyq

別 名:つぼね屋敷

遺 構:曲輪、土塁、空堀

区 分:平城

築城者:山中氏の一族丹波守為俊が築城したとも

築城期:

放上日:2013.2.20

 植城は、吉川神社・唯称寺から植地区の集落全域が城域とした城で、発掘調査の結果によれば『一辺約255mと約350mの長方形で、山中氏の居館よりも遙かに大規模な城であった。』

 植城は、12もの方形の曲輪が集まって一つの城を構成している複郭式(群郭式)の縄張りで、その曲輪それぞれを土塁と堀が囲繞していた。

 現在は、空堀は集落内の道路となっていて、お局屋敷(吉川神社境内西側)に土塁が残り、また、吉川神社本殿背後から唯称寺境内の竹藪一帯には空堀と土塁の遺構が良く残っていた。 ただ、唯称寺南側の方形の曲輪は駐車場となって北と東側の土塁は消滅していた。

 植城は、築城年代や築城者など定かでない。 資料に拠れば、柏木三方中惣を組織した山中氏の一族丹波守為俊が築城したとも、また天文年間に山中大和守の生母が居住し、里人が「つぼね屋敷」と称されているとあり、山中氏と関連が深い城と云える。   植城遠望

本日も訪問、ありがとうございました。


北脇城 近江国(水口)

2013年12月22日 | 丘陵城

『滋賀県中世城郭分布調査 2』1984.3 「北脇城」

北脇城縄張り

現状

・山上郭(物見櫓?狼煙台)跡は、水口第2テクノパークとなり工場(TOTO、大和工商リースなどの企業)の敷地

 (山上からの街道の見張りの大役を、担っていたのでは?)

・本郭部は竹藪で、遺構は残っているが整備されていないため明確に確認出来ない、用水路が東西に走り一部土塁・郭の識別は出来る。

お城のデータ

所在地:甲賀市水口町北脇 map:http://yahoo.jp/YgHn_w

現 状:竹林

築城期:

築城者:

城 主:

区 分:平城

遺 構:土塁・堀

城 域:100m×200m~300m

訪城日:2013.12.20

お城の概要 

北脇地区の北側に広い範囲に竹藪がある。この竹藪の中に北脇城の遺構が残る。

 国道1号線の里北脇の信号の北側の集落の途切れる辺りから竹藪に入る。用水路に沿って歩くと遺構にたどり着ける。

 遺構は用水路で分断されており、北側はTOTO、大和工商リースなどの企業の敷地となってフェンスが張られている。フェンスより20mほど北側には、堀幅2~3m、深さ2~3mほどの堀が東西に一直線に延びている。
 更に東に歩くと、空堀・塁・方形の曲輪が次々に確認できる。城域はとにかく広大で、東西200~300mはありそうである。
 城と云うよりも屋敷跡といったいうべきか。

こうした遺構は、近江は多くコアな城郭遺構をして、大切に整備保存を願いたい。

歴 史

北脇城は、築城年代や築城者など詳細不明。

参考資料:滋賀県中世城郭分布調査、淡海の城、 甲賀の城  

   本日も訪問、ありがとうございました!!感謝!!