※少し修正、加筆しました。
日曜は昼から大和小泉へ。
安養寺というお寺の笑福亭たまの会。
たまの会になってからも、それ以前に落研でやっていた頃も
行ったことがなかったので、ちと迷った。
雨で出足は悪かったが、50人程度の入り。
「時うどん」(あおば):△+
マクラで「他の会ですべった」「唖然とされた」というマクラを振ってみせ、
ウケをとって安心した、という態でネタへ。
全体的に、仕草がいい加減。
例えば金を出す際に袂に手を入れる仕草など、
袂の底に金が入っていてそれを取ろうとしている、といった意味を意識せずに
何となく手首を曲げているように見える。
或いはうどんを持ち上げる際の形など。
まあ、うどんを食べる仕草などはこのネタで別にメインとも思わないので、
最低限違和感なく見られれば良いと思うが。
アホがこの人のニンのように見えて面白い。
間でアホが理解したつもりで実は理解していない、というところも
自然で可笑しい。
若干本筋からそれる気もするので良し悪しだが。
「いま何刻や」にうどん屋が「九つで」と返すのに対して
「ああ、九つか」と一度受けて「十」と続けるのは良いかどうか微妙。
一度受けた言葉を聞いたうどん屋が「銭の数」と
思い違いをしてしまうという設定と考えれば悪くないかも知れないが、
「九つか、十」を続けて聞いたうどん屋が「誤魔化されている」と
気付くリスクもあるような気がするし。
二軒目のうどん屋は不味い店。
最後まで飲み干さずに「こっそり捨ててしまう」のは面白かった。
あまり伝わっておらず、ウケにはつながっていなかったが。
「船徳」(たま):△+
軽くあおばをいじってネタへ。
江戸のものを概ねなぞっている印象。
若い連中も主人もおかみさんも、
客もまあ丁寧に描写している。
棹を突いて出ようとするところ、
回るところ、
こうもり傘の客が傘を石垣に差し、挙句川に落ちてしまうところなど
オーバーアクションで面白く描いている。
舟が回るとき、実際に座布団の上で回るのも良いな。
若旦那が遅れてきて「ちょっと髭を当たっていて」や
船宿の主が漕いでいる若旦那を見て「大丈夫かい」と声を掛ける、といった、
江戸であれば落としたくないギャグが抜けていたのは
個人的には勿体ないと思う。
まあ、特に「若旦那」であることを強調する演り方でもなかったから、
仕方ないのかも知れない。
細かいところでは「こうもり傘の客」が船酔いしており、
若旦那に振ると若旦那が酔っている、
その後また「こうもり傘の客」にもう一度振る場面があるのだが、
どうせだったらまだ酔っている様子を見せた方が
天丼で良かったのでは、と思う。
サゲは「せんどやっています」。
まあ、悪くないかな。
「鴻池の茶碗」(たま):○-
落語の時代背景や鴻池代々の話を少し振ってネタへ。
「はてなの茶碗」を買い取った鴻池の数代後の鴻池善右衛門の話。
京都の天子様から「はてなの茶碗」を見せて欲しい、と言われて
番頭が蔵から探し出したがうっかり割ってしまう。
これを鴻池の旦那に、関白に、天子様に、と
罪を上に擦り付けるように連鎖していく。
最後は天子様が1000両で買い取る、というところまで。
「権威あるところに出そうとしたが、大変な事態になってしまう」パターンは、
「あこがれの人間国宝」と同じではある。
その中で「打ち首でなく鱧に食われる」みたいな加薬が入っており、
若干スプラッタ気味な詳細の描写があるのだが、
丁稚と番頭の間と、番頭が旦那の前でやってみせる2回だけなので、
特に不愉快にならずにまあ聞けた。
蔵の中で様々な骨董を探す場面、
適当なシャレが入っており、悪くなかった。
「はてなの茶碗」の説明が少し入り、まあ上手く省略しているが、
やはりないに越したことはない。
前に「はてなの茶碗」が出ている会で、
その後ろで演って茶碗の説明を省略するのがベストでは、と思う。
本当は「はてなの茶碗」が割れたのは鴻池の蔵の中ではなく、
「はてなの茶碗」のネタの途中であり、
(少なくともお天子様から後は)力づくで付けられた状態で
茶金さんから鴻池に下げ渡されていた、
今のお天子様はその申し訳なさに鴻池から茶碗を取り戻そうとして
お金を下げ渡そうとしている、という設定を思いついたのだが、
まあ、そんなネタではないわな。
「永遠に美しく」(たま):△
老夫婦の話などを幾つか振り、
迷いながらネタへ。
2回目らしい。
老人ホームにヘルパーさんが就職して、
そこにいる「松島さん」を始めとする変な老人たちを巡る話。
最後は皇潤を直接注射されることで
「100歳近くの理事長」が「20歳の堀北真希似」になるが、
ヘルパーとベッドで絡んでいる内に若返ったり戻ったりする、
という設定。
「松島さん」が非常に腰が曲がった人ということで、
実際頭を付けて演じていたのだが、
これが労多い割には功が少ない印象。
力演ではあるのだが、顔が見えないと笑いづらいこと、
この人を描写する時間が全体に長くクドいために
徐々にウケが小さくなっていった。
この登場人物のおかげで後で覗く場面になったり、など、
役立つしウケにつながる部分もあるのだが、
やはり全体にはしんどさを感じさせるマイナスの方が大きいと思う。
102歳のヘルパーさんやら
他のお年寄りやら、登場人物がいろいろ出てくる。
「松島さん」が狂言廻しにはなって多少の統一感は出ているが、
若干羅列的な印象は拭えない。
「100歳近くの理事長」と「20歳の堀北真希似」が
交互に出てくるところがネタとしての見せ場で、
これはこれで面白い。
2人が使う言葉も変わってしまうのだが、
同じ言葉遣いで声の高さや大きさ、リズムだけで
違いを表現してウケをとるのが本来かな、と思う。
もし言葉遣いも変えるのであれば、
「100歳の声色で堀北真希似の言葉遣い」「20歳の声色で理事長の言葉遣い」
なんて混交しているところを見せても良かったかも。
注射する先輩ヘルパーが医者の免許を持っている、は
適当な設定だが、まあこれはこれで良いかな。
全体に雑なネタ、とは感じた。
ヘルパーさんがお年寄りの間を回っていくところが羅列的に感じるので、
ここに(ネット語を使う年寄り、なんてレベルでなく)
もっと強烈な個性のお年寄りがいれば少しマシに感じられるかも。
或いは長く生きている分の蓄積が出てくるとか。
もっと言えば、何かのマクラで言っていたように
「若手若手と云っても15年目」ではあるにせよ、
老人ホームの入居者には演者の年齢が全然行き着いていない訳で。
この手のネタは師匠福笑や文枝や仁智といった人々に任せ、
青年・壮年から中年くらいの感覚、自身の問題意識に合う題材で
ネタを作った方がまだ良いのでは、と個人的には思う。
(好きではないけど、あやめや三金の方が演じている当人の等身大ではある)
無論、演者の年齢云々が問われずに良いネタがあれば最も良いだろう。
センスのある人だし、何か、勿体ないなあ。