チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

情報の受け取り方

2020年06月08日 09時25分12秒 | 日記

知人が、とある都内のデパートに行ったら

「マスクを着けていない方はお入りできません」

と丁重に断られたそうだ。彼女は世界中のあらゆる情報を持っていて、更に科学者でもあるので「マスクをしても何の意味もない」ということが分かっていてマスクをしていない

しかし手袋はしている。今回のウイルスは飛沫では移りにくく、モノに付着して生き延びる性格がある。そうだ

「きちんと理由を理解してマスクしていないので一方的に命令するのはどうかと思う」

とかみついたんだと

何故マスクが必要なのかということを話してほしい、とまで食い下がったけど

「うちはマスクをしていない人はうちの客とは認めないのでおかえりください」

とまで言われたそうだ

「わけもわからずマスクをしない人を拒否すること自体人権蹂躙ではないか」

と議論を吹っかけてみたけど手で追い払われたそうだ

「日本はもうだめだね」

 

軍国主義に走った昭和の初めもこういう感じで、みんなが思想的に一色にさせられたんでしょうねと嘆く

「二波が来る二波が来ると人を指導する人たちも声高に恐れの言葉をはいてるけど、怖さを引き寄せてどうするんだ」

何故こわいのか、なぜ二波が来るのか、そういう根本的なことを自分でしっかり調べている人がどれくらいいるの?大体このウイルスの本体が正確に人々につたわっていないでしょう?とつづく

 

憤懣やるかたなき彼女の美しい顔を見ながら

「あなたは偉い、私は争うのはエネルギーの無駄遣いと思っているので黙ってマスクしてはいるわね、人格否定されたわけじゃあないもの」とチャ子ちゃん先生

「そういうやつが日本を亡ぼすんだよ、右え倣えそうやって日本は軍国主義に走った、今回もそうやって本当は違うけど、みんながやっているからまあ尻馬に乗っておこうかと思う人ばかり、それで日本は国力が弱っていくのよ」

「ダメなものはダメ、いやなものは嫌、江戸時代まではそういう教育だったのよね」

「頭でわかっていて、実行しないのが、日本の知識階級の人たちよね、目覚めなければ,勇気をもってダメなものはダメといえる国民にしなければ、ほんとこの国は危ない」

「情報の取り方が一方的なのかもね」

「情報がありすぎるから、お国のことを聞いていればいいと思うのかもね」

「あなたは情報をどういう風にとってるわけ?」

「流れてきた情報はまず、だれから流れてきたかを分析する」

「誰って?」

「決まってるでしょう?神様よ、神が人類に向けて軌道修正のために行ってるのかどうかをしっかり瞑想して感じるわけ、誰かという人の情報は情報発信した人のエゴが入っている場合が多いもの」

「なるほどーー神かーー、とするとこの度の騒ぎは?」

「私が感じたのは、人間中心に考えたすべての文明の終焉」

「インターネットやAIはいいの?」

「それはきっかけ、風邪といっしょ、インフルエンザ、世界中をきれいにしたいのでね神様は」

 

分かったようなわからないような日曜日の午後スカイガーデンでこんな話をしながら太陽を西に見送った

 

秋桜舎では表麻、裏絽のマスクが出来た、夏用

「これ持っていく?」くだんの知人に勧めると

「あら奇麗いただく」って(笑)

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着物が繋ぐもの 337

2020年06月07日 14時00分10秒 | 日記

今朝の新宿は23度涼しい

昨日は28度だった。速足で歩くと汗ばむ

40年来の仕事仲間藤後一矢(ワンズスト社長)の展示会にお仲間と伺う

大島紬を愛し、ジャワ更紗に恋をしてるため、私財をなげうって着物づくりをしている

藤後さんは鹿児島の生まれで、若い時は女学校の英語の先生をしていたという

ハンサムなので(今だったらイケメン?しかしハンサムという言葉が好き、そこには粋さと知性を感じるから)さぞや学生の憧れの先生だったのでしょうね?と聞くとニヤッと笑うだけ(もてたんだよね)

藤後さんの大親友が奄美大島で大島紬の制作をしていたので、大島紬を知れば知るほど虜になりついに鹿児島で大島紬メーカーの宣伝を任され、当時としては珍しい「絵羽がすりの大島紬」を提案し「大島紬はパーテイにも着られます」といううたい文句で各地に出向きその土地のお嬢さんたちにモデルになっていただき、フアッションショーを開催した

 

その時チャ子ちゃん先生は演出を頼まれ、スタッフたちとスタイリスト、着付け、メイク、モデリング、オーデイションなどのお手伝いをして、藤後さんと全国を回った。プロのモデルを二人御連れして、御素人さんに模範を示してもらうのだが、年齢幅も広いのだけど、みなさんはみるみる女優さんのように自信がつき美しくなっていく姿を見るのがとても幸せだった

 

本番の時は素人モデルさんの親戚一同が席を埋め尽くし悦びの興奮の嵐(もちろん他に展示した大島紬は飛ぶように売れたのよね)

きものがこんなに人を喜ばすことが出来るのだと改めて着物に感謝した

 

藤後さんはそのころから大島紬のデザインを手がけ斬新な大島紬が次々と発表をされた。その時協力していただいた西陣渡文の「纐纈の袋帯」がこんなにも新しい大島紬と調和するのかと感心したものだった

 

藤後さんはその後着物があまり売れなくなってからさらに「使命感」に突き動かされ独立して奄美大島、鹿児島で頑張っている作り手たちの手を休ませないように、自分でデザインをして買いきりという気風のよさ。さらにはインドネシアまで出かけ「ジャワ更紗」の着物や帯の制作をその地の人たちを育てながら作り続けている

 

「なんでそんなに頑張ってるの?」

「好きなんだな、現場にいるとわくわくが止まらない、楽しいんだ」 

実に明瞭。でもその出来上がったものが売れないと次が進まない

しかし

使命感を持つということはそこに熱のある波動が生まれるので人は吸い寄せられる

 

ながいことこの業界を見ていると

本当に好きで楽しく使命感を持っている人の着物や帯は人の心をわしづかみにする

これからの時代はここだな――と思う

 

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女性支援に力を入れる 野田幸子さん

2020年06月05日 11時22分00秒 | 日記

 

オーラソーマをイギリスから日本に持ってきた野田幸子さんが、「いろはあなた自身」というテーマで「カラーリアム」という色の構築をし、その人の心の中にある色を見つけ、その色を衣食住に使うことでその人自身も周囲の人たちも幸せになる。というコースを開いた。数百人の人たちが勉強を始めた

しかし疑問が出てきた

オーラソーマでも1万人以上の修了者を出している、しかし、オーラソーマだけを仕事にしている人は少ない。今回も学んだから安心。という人ばかりを育てている。ぺーパードライバーを育てている時代ではない。学んだことを行動に移し、社会に役立ててもらわなければ

と一念発起

女性起業家支援の会社を立ち上げた「㈱カラリアム」

勿論この手の会社はたくさんある、すでに大成功を収めている会社も多い、そのおかげでキラキラ輝いている女性たちもあまたいる

 

では何が違うのか

仲間づくり

違う仕事を持った人たちが、それぞれの仕事を紹介し合い、助け合ってお客さんの満足感を高めていく組織。自分一人がいい思いをするのではなく、みんなが豊かさに向かっていくという仕組みだ。しかも自分の住む場所にいながら全国の人々と手を取り合える仲間づくり

今こそ地域の自立が求められている

その地域のため、地域の利益に役立つ人の育成はいろんな人の集まる仲間の知恵から生まれてくる。自分の利益だけを追求する時代はこのコロナのおかげで終焉を迎えた

 

昔取材した若衆宿の経済版に似ていると思った

若者が経験者の話を聞き育てられ一人前の大人になっていくのだが、そこで発信力とか人脈作り、さらに自分が何ができるかの才能発掘もみんなで考える。いろんな職業の人が集まっているので、自分が行きたい将来はその将来に近いことをやっている人に師事するのが早い

 

日本人が地域社会で地域を盛り上げるためにやってきたこと、その地その地の独自の文化がこれから花開くとき、その地域に生まれた意味もここで考えたい、みんなが中央を目出す生活の仕方も終焉

日本のあちこちで藩政の文化が残っている、それの復活も楽しい

 

 

 

 

 

 

 

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四苦八苦が消える生活が次の時代かな?

2020年06月03日 10時04分11秒 | 日記

四苦八苦というそのうちの四苦は「生,老、病、死」後の四苦は人を恨むとか、自分の思い通りにならない、愛する人との離別など人との関係の中の苦、それは魂を磨くために必要なのでしょう?と思う

人がだれでも通る道がこの「生老病死」これはお釈迦様の言葉なので「あらそうなの」という感覚で聞いてはいけないようだ、一つ一つを確認することが正しいのだ

 

生が苦というのがよくゎからない、いろんな体験をしなければいけないので生が苦なのかな、でも日本の神様は「人は遊びにけりと生まれにけり」とおっしゃる

老はどうだ

今まさにチャ子ちゃん先生は老苦に入っている

「終活」という言葉が身近になった、コロナ自粛はまさしく終活ではなかったか。身の回りを整理し、断捨離に明け暮れ、おのが姿の来し方行く末を内観する。こういう日々を送った人も多いと思う。古い時代の終活が自粛だった。そして次なる時代に向けて光の道を歩んでいるだろうか

 

老はこの宇宙に存在するものすべてに現れる現象、動植物、そして物等しく訪れる。そしてすべては次の世代にバトンタッチをするお役目を全うしなければ老いる意味はない

 

老いることは苦ではない、自分のこれまでいただいた知恵をただバトンタッチする時が近づいただけだから

現象的には目は弱る、耳は聞きとりにくくなる、歯も弱る長いこと使ったんだもの仕方ない、物忘れをする、余分なこと覚えなくていいよ

 

病は苦しい、でも病になって自分のこと人のこと、周囲のこと、なぜ病になるのかその原因はほとんどが「食」だとわかる、日本の神様は「自然からいただいたものを食べていれば病など起こさない」とおっしゃる

また自然の中で病を治す草木花がいっぱいある

今を盛りのドクダミなどそれの最たるもの、体の内臓をきれいにしてくれる、道理でお花は白十字だわさ

病になって人の体の精密なすごさが理解できる。誰が作ったの?この体。そうすると自分の体は大いなる力の方からの借りものだと知る。お返しするとき奇麗にしておこう。体内の一つ一つの働きにもっと愛を注ごう。と病になると思う

 

では死苦は

当たり前人はというより万物は必ず死ぬ、死ぬために生きているんだもの、どんな死に方をするかは自分で決められる。それは生き方が死に方になるから。こんな口幅ったいことを言っていてもどういう死を迎えるかはわからない。でも「いづれは死ぬんだもの」と思えば精いっぱい今を生きるしかない

「今日も満足したな」って眠りにつけば一番幸せ

 

 

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着物が繋ぐもの 336

2020年06月02日 13時06分20秒 | 日記

失敗した

撮影用に半襦袢をいくつか作っている

昭和の初期までは多くの人が家庭着にはこの半襦袢を愛用していた

お袖だけは着物の余り布や派手になった羽織や着物、長じゅばんの繰り回し、胴体はこれまた胴裏の使わなくなったものや、ネルとか晒を用いる

下は蹴出しをつける。つまりツーピースの下着だ

 

昭和初期までの女たちは自分が針を持てるので、布を好きなように繰り回しをして大事に使っていた

 

最近は「繰り回し致しません」はおろか「コート作りません」「羽織りいたしません」という和裁士が多く、チャ子ちゃん先生みたいに古い着物を解いてあらい、繰り回しをしてもらうと思ってもなかなかできる人に巡り合わない

 

つい最近までは一緒に考えてくれる和裁士が周りにいたくさんいて、あれこれ知恵を出し合い、着物や帯の再生を楽しんだ。そういう方々はほとんど鬼籍の人となり、健在の方も「もう針は持てないわ」と断られる

 

そういう方に作っておいていただいた半襦袢。この季節にちょうどいいかと思って着てみた。着方が下手なのかしっくりこない。襟がはだける、襟が浮く、腰回りの布がトイレを使う度にごろついてしまう

 

年中裾から手を入れ布を引っ張ったり、襟先をぎゅぎゅと下げてみたり、ああしんど

なぜ?

着物の編集を始めたころ地唄舞の師匠について身のこなしの撮影をした、そのとき「ナカタニさんここから手を入れて襟先引っ張って」とか「裾の後ろから手を入れて半襦袢の裾を引っ張って」と指示されては「ハイ」「はい」といって着物の裾や身八から手を入れて師匠の襟もとを整えていた

「あなたは着物の構図が分かっているから一回言えばすぐ理解できるのよね、うちの弟子たちよりいいわ」とおだてられて、「おっ緩んだようだ」と思うやすぐに「失礼します」お手を入れて整えていた

その時の訓練のたまもので襟元はすぐキレイになるのだが、面倒でイラつく。長じゅばんを着ているときはこういう作業は一切ない、しないでよい。長襦袢の偉大な力にいまさらながら恐れ入った

と変に感心しながら着物を普段着ない向きには、長襦袢の偉大さを語り続けねばなるまいと肩に力を入れるチャ子ちゃん先生

 

いろいろ体験しながら覚えていくことの多い着物の世界、だからいつまでもきものに引っ張られていくのだろう

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6月1日

2020年06月01日 09時52分36秒 | 日記

何十回と迎えた6月1日、今回は格別な思いがみんなにあるだろう

いわゆる喪明けという感じか

コロナ後の世界は「自然との共存共栄」というのがテーマになると思う

 

チャkちゃん先生このコロナ後の準備を7年前からさせられていた

それだけ「業」が深かったのだろう

 

この地球での生活は「人、物、金」とよく言われる

その三つにどれだけ感謝をしているかでその人の幸福度が違ってくる

 

この三つの学びを一気にやらされたので、というよりそれを自分で引き寄せたのだからたまらない

多分自分がこの世を卒業する時間が迫ってきたと感じ、キチンと整理して健やかに旅立ちたいと決心した瞬間からこの「三つ」の学びが始まった

それは「私」が望んだことだから最後までキチンと付き合わなくてはならない。そのために「健康」だけは保証してくれているーーとおもう

 

重荷を下ろす これは人やモノや金だけではなく、過去の嫌な思いや、自分自身を責めること、憎たらしい人の存在などすべて許し身軽になる。日月神事で言う「抱き参らせる」作業で重荷をなくす

 

今風に言えばバシャールの「過去に受けたこと、自分が行った嫌なことはすべて許して身軽になる」ということか

 

この自粛の間多くの人が断捨離に励んだ

自分が本当に必要なものがそこでわかったと思う

その断捨離の中で本当に心を込めた手作りの物は捨てられなかったと思う

自然に感謝しながら作られたものは暖かい波動があり、それを触ったり見ているだけで心が豊かになる

そういうものだけに囲まれて過ごすことが必要だった

 

情報も外からではなく自分の中の情報は生まれる前の故郷から来ている

今風に言えば「ソース」源。そことつながっていると間違いはない

断捨離するとそのソースが見えてくる。そうすると何が本物かがわかってくる

 

この様なことを7年かかって腑に落ちた

しかし多くの人は4か月で私が過ごした7年分を身に着けた、コロナ様様だ

 

これから仕上げにかかる

寅さんみたいにトランク一個で生活する気持ちになれるといいな

 

そして自分が幸せになることが先決

自分が幸せでないと人を幸せに、地球にやさしくなんてできないもの

 

と考える雨の6月1日

 

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