チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

着物が繋ぐもの 407

2021年02月05日 09時59分56秒 | 日記

とにかくこれから日本の文明が中心になる

しかも1600年もだ

すでに1995年から日本中心が始まっているのだが、いまだ前の文明のアングロサクソン系が世界を牛耳っているかのような様相を見せている

今年は文明の入れ替わりがはっきりすることだろう。混乱もあると思うけど、日本の文化を信じていれば誰でも乗り越えられると思う

 

日本人の精神文化は他の民族と全く違うことが在る

それはすべて「和」を考えること

平面を重要視する、上下運動をしているところは他国だと思う。だから考え方も全く違う

 

それを一番よく表しているのが「きもの」だ

着物は平面を立体にして着ていく、洋服はもともと立体である

この「衣」の違いが精神文化に現れている。

 

みんな平等といっても洋服圏の方々はかぶったり、履いたり、脱いだりという上下運動をするので、思考も上下という階級を作りたがる。

その構図が2000年近く続いていた。そのために支配する側される側に分かれ、支配する側の権力が強くなり、

権力のある人に取り入ろうとして、利権志向になっていく。絶対平等とはならない。

しかし、平面衣裳の民族は「まとう」という動作だけで着ていくので、すべてが平等という考え方が身に付く

 

もちろん日本は洋服を取り入れてから、人々の考え方や行動が変わってきた。

その結果「自分さえよければ」という精神構造になっている。

きものが「衣」の中心にあったときは、「自分を生かして、人も生かす」という平面の文化思想があった

それが洋服文化になったとき「自分を殺して、人を生かす」ということが美徳とされてきて、日本人の本来のおおらかさがなくなった。

 

しかし、日本人の根底には「和をもって尊し」という文化志向が残っているので、いざという時の助け合いは他の国に比べて半端ではない。此れが平面志向だと思うのね

悪もよし善もよし、悪を抱き参らせてという言葉があるように、悪も善も裏表、ともに光に向かえば一緒になる。こんな思想がこれから世界に広がっていく。

日本人って素敵ね!

きものって深い文化を教えてくれる、すごい衣装だね!

 

今日もチャ子ちゃん先生YouTube

 

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着物が繋ぐもの 406

2021年02月01日 08時48分11秒 | 日記

チャ子ちゃん先生の着物と帯はまさしく古着の部類に入る

一番古いのは100年前の母の結城紬

45年前に亡くなった母のタンスの中は、空っぽに等しかった

そのころはまだ日常に着物を着る習慣があったので、差し上げることが出来るものはすべてよそ様の手に渡ったらしい。後始末の良い人で、汚れたものは洗い張りをしてあった。

姉がその中から「これ持っていなさい」と言って渡されたのが結城紬と縮の結城紬、その他紅葉の帯と、梅の帯、そして立て絽の虫たちの婚礼を描いた色留め袖。

その他姉たちはお茶やお琴の師匠していたので、帯どめや指輪は使わないといって私に渡してくれた。

 

ついでにこの派手になった羽織りあなたにげる、と言って姉に渡されたとてもとても黒字に紅樹の梅のまあなんとすごい羽織。もともと羽織は着ないのだけど、ま、ありがたく頂戴し、何十年かそのままになっていた。

 

姉もなくなり姪に返そうと連絡したら、「比佐子おばちゃんにあげたい着物と帯があるから、それもつかってください」と拒否された(笑)

そして思いついたのが帯。帯の仕立て職人に見積もっていただいたら「半幅と名古屋帯が取れるよ」という。

もう一つお太鼓の柄を違える仕立てもできると提案される。

それが面白い。二人でこの柄とこの柄と選び合い仕立てに回した

 

イヤー見事にできた

一本で背中の表情が変わるので、それに合う着物選びが楽しい。いやはや職人の知恵が文化を呼ぶんだな。

けさのFBにのせてあるのでご覧くださいな

それにしても仕立て職人もさることながら、昔の染色職人の感性は見事としか言いようがない。大胆でいて格調もある。自分の仕事に誇りを持っていたからこういういい仕事をしていたのだと思う

 

昭和50代の着物や帯は職人たちの仕事に対する喜びを感じる

 

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