上京し、鍼灸学校在学中に出会ったのが、2人目の師匠です。
「孔和堂鍼灸院」という名前は、この師匠に付けて頂きました。
憧れの鍼灸学校に入ったものの、元々不器用だった私は、正直鍼に対して苦手意識を持っていました。
このままで本当に鍼灸師になれるのだろうか、と不安を抱えていた時に、この師匠に出会えたのです。
鍼は気を操作する道具、と云われていますが、師匠に出会えるまでは表面的な理解しかできてなかったように思います。
師匠の治療を初めて見た時に、鍼は気を操作する道具なのだと、はっきり感じることが出来ました。
この師匠は、まず佇まいが素晴らしく、鍼を打つ姿も美しいのです。
さらに治療において結果を確実に出す…あっという間に惹きつけられて、弟子入り志願しました。
弟子入りしてからは、見て学ぶ、という昔ながらのスタイルで学びました。
慣れないうちは大変なこともありましたが、見る、ということを意識して集中することで、より真剣に学んで吸収できたのだと思います。
鍼灸師として、人として、大切なことを数えきれないほど学びました。
その学びはこれからも続きます。
今の鍼灸師としての私があるのは、この2人の師匠のおかげです。
「孔和堂鍼灸院」という名前は、この師匠に付けて頂きました。
憧れの鍼灸学校に入ったものの、元々不器用だった私は、正直鍼に対して苦手意識を持っていました。
このままで本当に鍼灸師になれるのだろうか、と不安を抱えていた時に、この師匠に出会えたのです。
鍼は気を操作する道具、と云われていますが、師匠に出会えるまでは表面的な理解しかできてなかったように思います。
師匠の治療を初めて見た時に、鍼は気を操作する道具なのだと、はっきり感じることが出来ました。
この師匠は、まず佇まいが素晴らしく、鍼を打つ姿も美しいのです。
さらに治療において結果を確実に出す…あっという間に惹きつけられて、弟子入り志願しました。
弟子入りしてからは、見て学ぶ、という昔ながらのスタイルで学びました。
慣れないうちは大変なこともありましたが、見る、ということを意識して集中することで、より真剣に学んで吸収できたのだと思います。
鍼灸師として、人として、大切なことを数えきれないほど学びました。
その学びはこれからも続きます。
今の鍼灸師としての私があるのは、この2人の師匠のおかげです。
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