開業してしばらく経った頃、師匠に質問したことがあります。
「これまで数多くの臨床経験を重ねられてきた中で、特に記憶に残っている患者さんはいますか?」
師匠は、ゆったりとした質問に口調で答えてくれました。
「いるね。治せた患者さんよりも、治せなかった患者さんの方が印象に残っている。」
私にとってその答えは意外なものでした。師匠の鍼灸治療によって改善した多くの症例を実際に見てきたので、てっきり効果が顕著だった患者さんのことを話されると思っていたからです。
しかし、その答えは私の中にスッと入ってきて、まだそんなに臨床経験を重ねられていない私にとってもそうだと感じられて、何人かの患者さんの顔が思い浮かびました。
師匠は続けてこう話されました。
「治療効果が出せなかったのは、力不足だったこともあるし、止むを得ない症状だったこともあるけれど、そうした患者さんから学ばせてもらって鍼灸師として成長していくことができる。必ず次の臨床に生かしていけるようになろうという強い決意につながる。」
その当時ですでに45年ほど鍼灸の道を歩まれていた師匠ですが、そのような思いで精進されてきたのだと、改めて尊敬の念が強くなりました。
同時に私もそれに倣い、常に患者さんから学ばせていただくという思いを持ちつつ精進したいと思いました。
あれから数年が経ち、私も様々な症状の患者さんと出会ってきました。
症状が改善して患者さんに喜んで頂けると私も嬉しく、励みになります。
力不足で症状が改善しなかった時は本当に申し訳ない気持ちになります。ただ反省してばかりでは集中して臨床に臨めなくなるので、できるだけ早く気持ちを切り替えて、次に生かすことができるよう再考します。
長年通院してくださったにも関わらず結果に繋がらなかった患者さんのことは、繰り返し思い出されます。その度に申し訳ない気持ちが蘇りますが、少しでも症状が改善されていますようにと願うと共に、もっともっと精進していきたいという思いを新たにしています。
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