万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

‘日本に投資を’のリスク-‘マイナス投資’の存在

2022年10月17日 13時27分49秒 | 国際政治
 投資という言葉には、一般的には肯定的な響きがあります。その理由は、経済発展を促す行為というプラスのイメージがあるからなのでしょう。安倍政権を含め、今日の岸田政権に至るまで、歴代の日本国首相も、国際会議等の席で‘日本に投資を’と積極的に呼びかけてきました。しかしながら、投資という言葉には、様々な意味が含まれており、必ずしも投資を受ける側の利益となるとは限らないように思えます。

 投資のプラスイメージは、企業等が事業の拡大や新規事業への参入、あるいは、新たな商品開発に向けた研究開発等に乗り出そうとする際に、必要となる資金を提供する行為と見なされているところにあります。イノベーティブな事業を始めたり、先端技術をもって起業する際にもまとまった資金が必要となりますので、投資は、経済成長のメカニズムに一端を担っているのです。このため、海外に向けて自国への投資を訴える一国の首相の姿は、一先ずは自国経済の有望性を積極的に売り込む‘トップ・セールスマン’のように見なされがちです。しかしながら、こうしたプラスのイメージとは逆に、海外からの投資が、その受け入れ国の経済に対してマイナス影響を与える‘マイナス投資’のケースもないわけではありません。

 第1のケースは、事業の発展性への期待ではなく、株式の保有を目的とした海外富裕層やファンド等による配当収入を目当てとした‘投資’です。株式を取得しますと、先ずもって、株主には保有数に即して配当金が支払われることとなります。このことは、自国からのマネー流出を意味します。国内株主が大半を占めているのであればマネーは国内経済に還元されますが、海外株主が大半を占めますと、それがたとえ一部であれ、企業収益は自国の経済発展には寄与しなくなるのです。株主配当率が高まれば高まるほどに搾取的色合いが強まり、日本経済は痩せ細ってしまいます。経済が停滞する一方で海外株主保有比率が上がっている現状は、まさに日本経済が‘生き血を吸われている状態’と言えましょう。

 第2のケースは、海外企業やファンド、あるいは、実業家等による自国企業の経営権の取得を目的とした‘投資’です。主として企業買収がこれに当たるのですが、株主には、配当金を受け取る権利のみならず、株主総会への議題提案権を介した経営に介入する権利も付与されています。筆頭株主ともなれば、経営陣もその発言や意向を無視できなくなりますし、50%越える株式を取得すれば子会社化して経営権を握ることもできます。子会社化されますと、海外の事業グループに編入されることも当然にあり得ます。このケースでは、自国の企業が他国の企業グループの傘下に入りますので、海外に所在する本部の経営方針に従わざるを得なくなり、自立的な経営権を失うこととなるのです(ルノーに買収された日産のケースなど・・・)。また、仮に海外グループの本部所在地が中国ともなりますと、中国共産党の経済戦略に組み込まれる事態も予測され、外国政府の影響さえ受けてしまいましょう。

 第2のケースに関連してもう一つ、第3のケースを挙げるとすれは、海外企業による先端技術等の入手を目的とした‘投資’です。合弁会社の設立は、しばしば技術移転の手段として用いられています。近年、中国の企業や企業グループが日本企業とタイアップして合弁事業を始める事例が増加しており、合法的な手段による技術流出に歯止めがかからない状況にあります。また、自国企業が海外企業や企業グループによって子会社化される場合にも、合法的に技術が流出していまいます。技術立国を誇ってきた日本国の地位が陥落寸前にあるのも、技術者の引き抜きや産業スパイによる知的財産権の侵害等のみならず、海外からの投資の呼び込みにも一因があるのです。

 ‘マイナス投資’の第4のケースとは、キャピタルゲインの獲得のみを目的とした株式や資産の売買です。証券市場における取得株式の値上がりや企業価値の上昇を期待した投資であり、最大利益の獲得が目的であるため、最高値、あるいは、売り時と判断された時点で売却されます。‘ハゲタカファンド’に代表される行為であり、標的となった企業は、これらの投機家の‘読み’や値動きに反応した‘投資判断’によって翻弄されるのです。長期的な成長を待つつもりなど毛頭なく、短期利益を重視した利益第一主義ですので、自国企業であっても、海外企業やファンドに売り払われることも珍しくありません。最悪の場合には、マネーゲームによる投機が過熱したあげくにバブルが崩壊し、その巻き添えとなる可能性もありましょう。

 そして、第5に指摘されるのは、農地や森林を含む不動産への投資です。近年、中国資本による水源地や自衛隊基地周辺の土地買収、並びに、再生エネ施設の建設が問題視されていますが、防衛やインフラにも関連する国土の重要な部分を海外勢が保有するとなりますと、国家の安全のみならず、国民生活をも脅かしかねません。また、少子高齢化の最中にあり、かつ、国民所得も伸び悩んでいるにも拘わらず、ここ数年、不動産価格は、何故か上昇傾向にあります。こうした不自然な現象も、中国資本による対日不動産投資が原因しているのかもしれません(中国における不動産バブルの崩壊を見越した逃避資金が流れ込んでいる可能性も・・・)。

 以上に‘マイナス投資’について幾つかの類型に分けてみましたが、円安に歯止めがかからない現状にあって海外からの‘投資’を手放しで歓迎して受け入れますと、日本経済が資金力に優る海外勢によって浸食され、支配されてしまうリスクに直面します。こうしたグローバリズムには、姿を変えた新たな植民地主義の側面があるのです。海外では日本経済の現状を‘バーゲンセール’と揶揄する向きもありますが、投資とは、必要資金の調達手段というプラスの側面がある一方で、自国の株式や不動産等の売却行為でもありますので、歴代首相による海外に向けた投資アピールが、日本国のたたき売りの声にも聞こえてしまうのにも、それなりの理由も根拠もあるように思うのです。

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