万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ゼレンスキー大統領の無理筋停戦案の思惑とは?

2024年12月03日 10時53分02秒 | 国際政治
 11月5日に実施された大統領選挙の結果を受けて、アメリカでは第二次トランプ政権の発足が確実となりました。トランプ次期大統領の対ウクライナ戦争の方針は、選挙戦にあって‘ウクライナでの戦争を24時間以内に終わらせる’と公言してきましたように、戦争の早期終結です。次期政権の方向転換を予期してか、報道に依りますと、ウクライナのゼレンスキー大統領もバイデン政権を後ろ盾として強気で遂行してきた戦争政策の見直しを迫られているようです。これまでロシアとの停戦にはいたって後ろ向きであったのですが、ようやく全占領地の奪還を条件としない停戦案を自ら提案したというのですから。その一方で、三次元的な視点からしますと、ゼレンスキー大統領の目的は別のところにあるようにも思えます。

 今般のゼレンスキー大統領による停戦案とは、ロシアが一方的に自国領に編入したロシア軍の占領地域を除くウクライナ領のみを集団的安全保障の対象とする形で、ウクライナがNATOに加盟するというものです。この案では、ウクライナのNATO加盟時の占領地の境界線が停戦ラインとなるため、ウクライナのNATO加盟が、即、NATOとロシアとの全面戦争を帰結するわけではありません。おそらく、ゼレンスキー大統領は、第三次世界大戦をもたらしかねない戦火拡大のリスクは低いのであるから、NATO諸国、否、アメリカのトランプ政権も同案に不満はないはずと言いたいのかも知れません。しかしながら、ゼレンスキー案は、あまりにも無理筋です。

 そもそも、ウクライナが停戦条件としてNATO加盟を迫ったとしましても、NATO加盟諸国の一国でも反対しますと、同案は実現しません。集団的自衛権の発動対象からロシア軍の占領地を除くとしましても、停戦協定が当事国双方によって厳格に守られる保障はありません。言い換えますと、戦争拡大のリスクが残されているわけですから、特に歴史的にロシアの脅威に晒されてきた北欧や中東欧諸国にあっては、ウクライナ加盟に反対する国が現れてもおかしくはないのです。

 また、NATOのリーダー格であるアメリカも、戦争の早期、否、即時終結というトランプ次期大統領の公約は果たせたとしても、将来における戦争拡大リスクを考慮すれば、同停戦案には慎重な姿勢を見せるかもしれません。トランプ次期大統領は、戦争そのものに否定的な立場にありますので、目先の拙速な停戦が未来の戦争を招くのでは、元も子もないからです。

 一方のロシア側も、ウクライナのNATO加盟については一貫して反対を表明してきました。同国への軍事介入も、その真の目的はウクライナのNATO加盟阻止にあったと指摘されるぐらいです。たとえ、今般の提案によって、当面の間は併合地を維持することができたとしても、プーチン大統領が、易々と停戦ラインの外側のウクライナ領にあってNATO軍が活動することを許すとも思えません。しかも、仮に、4年後の大統領選挙で民主党政権が返り咲けば、トランプ政権の反戦争政策は反故となるかもしれないのですから。ウクライナを緩衝地帯のままにして置きたいプーチン大統領は、少なくとも表向きは難色を示すことでしょう。ロシア領であるクルスク州からのウクライナ兵の撤退が停戦条件に含まれないとすれば、なおさらのことです。

 ゼレンスキー大統領の自己中心的な言動にはしばしば驚かされてきたのですが、関係諸国の立場を考えれば、同提案が必ずしも歓迎一色とはならないことは、容易に予測がつくはずです。しかも、目下、ロシア領であるクルスク州ではウクライナ軍が越境し、ロシア軍並びに北朝鮮兵士と交戦状態にありますので、停戦ラインを何処に引くのか、あるいは、NATO軍の関与のレベルという問題をめぐっても交渉は難航することでしょう。

 今般の提案には、幾つもの相当に高いハードルが聳えているように見えるのですが、ウクライナ戦争そのものが上部からコントロールされていると仮定しますと、同提案の意味するところも自ずと理解されてきます。つまり、ゼレンスキー大統領の口を借りた停戦案の第一義的な目的はNPT体制の維持であり、何としてもウクライナの独自核武装路線だけは避けたいとする世界権力の思惑が見え隠れしているのです。交渉が纏まっても、決裂しも、NPT体制を維持できる見通しがあるからです。しかも、停戦交渉が難航すれば、その間、戦争を続行することもできますので、戦争ビジネスにも好都合です。実際に、EUでは、ウクライナに資金を提供して現地で兵器を生産させるデンマーク方式が注目されていますし、アメリカでも、ジェイク・サリバン大統領補佐官がウクライナへの核兵器返還に関して否定的な姿勢を示しているのも、同方針に添っているとも推測されるのです(つづく)。

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