カーラジオから、ぼく好みの曲が流れていた。
Sara Bareilles - King of Anything
Keep drinkin' coffee
Stare me down across the table
While I look outside
そうやってコーヒーを飲みながら
テーブル越しに私をにらんでるといいわ
私は外を見てるけど
And who cares if you disagree
You are not me
Who made you king of anything
So you dare tell me who to be
Who died
And made you king of anything
「僕はそう思わない」って、だから何?
あなたは私じゃない
どこぞの王様にでもなったつもり?
だから私にどんな人間になれとか
知りもしない故人の話とか
偉そうにしないで欲しいわね
この強気な歌声、、、もしや、おぉ、あの時の彼女では
なんだか、壁の模様もそっくりではないか。。
やれやれ、ようやく ぼくの部屋に戻ってきてくれたのか。
おめでたい夢から醒めたボケナスは、独りうつろに、誰もいない部屋で本を読むのだった。。
春日武彦氏の「幸福論」、氏が体験した幸福感を1ダースほど並べたという、
十二片のエピソードのなかに、つげ義春氏のこの話がありました。
男女それぞれの感性の違いがもたらしたほろ苦いユーモア。
書きだすのも野暮なので朗読してみた。
つげ義春「退屈な部屋」
世間一般では「これこそ幸福の見本である」とはみなさないだろうけど、
わたしとしてはそこにまぎれもなく「幸福のしっぽ」というか断片を感じとったのである。
日常世界のディテールを楽しめ。とるに足りぬことと無価値であることとは違う。
奇想を愛で、事物と和解せよ。
馬鹿げたことをしていようと、零落していようと、ある種の精神的なみずみずしさを保て。
ときには困り果て、安堵を求めて右往左往することもあるだろう。
悩みや絶望に煩悶(はんもん)することもあるだろう。
だがそんなことは誰の身にも起きる当たり前のことである。
まるごとの幸福、なにからなにまで幸福といった状態は幻想である。そんなものはない。
幸福は常に断片として現れる。
※ なお、king of anythingの歌詞はこちらのサイトから引用させていただきました。<(_ _)>