Cape Fear、in JAPAN

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『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

成龍→チャップリン ~自分を構成する「あらゆるヒト・モノ・コト」vol.4~

2012-03-04 00:05:00 | コラム
随分と前の米オスカー賞だったか、レッドカーペットを歩く成龍を捕まえて、

「―あなたの映画で多用される暴力表現について、どう思われますか」

と問うた阿呆なレポーターが居た。

メディアの質の低さは、なにも日本だけではないのだなぁ・・・と思った。

ジョディ・フォスターは来日時の記者会見で「美しさの秘訣は?」と問われ、

「そんなくだらない質問は、やめて」

と返したが、
成龍はそういうクールな態度は取らない、、、というか取れない、
律儀といえばいいのか、

「僕の映画のアクションは、決して暴力を賛美するものではありません」云々と答えていた。

なんだか、可哀想だった。

そんなことは、成龍ファンは誰でも知っている。
ファンでなくとも、知っている。
いってしまえば、そのレポーターだって知っていたはずである。
それでも「なお」聞いたような気がして、そのレポーターが白人だったことから「東洋人に対する差別か?」と勘繰ってしまった。


瀕死の重傷を負った映像もNGシーンとして公開する、度を超した? サービス精神。
痛々しい姿は、しかし、なぜか笑えてくる。きっとネジが一本、外れているのだろう―と有吉弘行がいっていたが、確かに「どこかが素敵に壊れていなければ」やれないことを、成龍は笑顔でやってのけ、なおかつ「まだ死んでいない」のだった。


地元の群馬県館林市には、いま映画館がない。
自分が上京して3年後に、唯一の映画館『清流』が潰れた。
奇しくも『成龍』と読みが同じだったこの場末の映画館で、自分は映画の魔力というものに取り憑かれていった。

かかった映画の8割が二本立て形式、
その内訳は・・・
スピルバーグ印が3割、ハリウッド産の肉体派が2割、日本のアイドル映画が3割、そして成龍印が2割―ベタなほどの、ザッツ80年代!! である。

三つ上の姉は米映画好き、、、というより米国好きで、
自分の手を引っ張り、『ゴーストバスターズ』(84)や『グレムリン』(84)の初日に連れて行ってくれた。
SFXとスピルバーグの世界も充分に楽しめたが、夢中になったのは成龍の超絶アクションのほうだった。
そうして、『成龍』を観るための『清流』通いが始まる。

友達と、草サッカー?
知らん知らん、興味ない。みたいな。

友達と、キン消し遊び?
・・・う~~ん、ちょっと興味あるが、小道具を使った成龍アクションのほうが魅力的だった。

友達と、ガンプラ作り?
『ガンダム』は大好きだったが、不器用だからプラモデル作りは苦手だった。だからこそ器用な成龍の芸に見惚れていたんだ。

そもそも、友達と呼べる子なんてほとんど居なかったし。


代表作として挙げられるのは『プロジェクトA』(84)や『ポリス・ストーリー』(85)あたりだろう。
確かに面白く、自分も10回以上は観ている。
しかし最も好きな作品を挙げろといわれれば、『ファースト・ミッション』(85)か『奇蹟』(89)と答える。

前者は知的障害を持つ兄との関係性が主軸となるドラマであり、後者は「ヤクザがいいことをする」というヒューマンストーリーである。
もちろんアクション満載の娯楽作に仕上がっているが、僕はアクションだけじゃない、人間だってキチンと描けるんだ―という成龍の強い主張が感じられるところに好感を抱くのだ。


スライと成龍の共通点は、ふたつ。
肉体派俳優であることと、脚本・演出も手がける才人であるということ。

自身の芸を自身で演出するスタイルの先駆者といえば、チャップリンだろう。
成龍の映画がテレビ放映された際、淀川長治がいっていた、「ジャッキーの動きは、ときどき、チャップリンのようなのですね」と。

こうして自分は、チャップリンの映画に興味を持つようになる。
中学三年から、高校一年時にかけてのことだった。





つづく。

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本館『「はったり」で、いこうぜ!!』

前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』

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明日のコラムは・・・

『チャップリン→オリバー・ストーン ~自分を構成する「あらゆるヒト・モノ・コト」vol.5~』


コメント (3)
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