Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

(再録)かーちゃんからの手紙

2012-05-23 00:15:00 | コラム
叔父の納骨のため、数時間後には地元の館林に帰還している。

きょうあたり「今年の最高気温」が出そうだが、もう暑いのには慣れっこである。
時代遅れであろうダブルの礼服を着て、汗をかきかき手を合わせてこようと思う。

かーちゃんの命日は7月25日で十七回忌は2ヶ月先のはずだが、
この際だから―と、叔父の納骨と同時に済ませてしまうことにした・・・という話を数日前に聞き、ちょっと焦る自分。

それが分かっていたら、連休をもらっていたのになぁ、、、と。

まぁ仕方がない、翌日には東京に戻る忙しない帰省となるが、久し振りにとーちゃんと盃を交わしてこよう。


そんなわけできょうは、ちょっと手抜きの? 内容。


前ブログにも記した「かーちゃんからの、最初で最後の手紙」を再録する。


92年―上京して数ヶ月が経った自分は、母の日に真っ赤な財布を贈った。
その返事である。


「光永、お元気ですか。
母の日のプレゼント、有難う。
集金はそんなに大変(注1)だとは思いませんでした。でも、「ご苦労様」って言われると、うれしいでしょう。

早いもので、光永が行ってから、2ヶ月経ちました。学校と配達と、両方大変でしょう。1人が家に居ないっていう事はさびしいですよ。
今は矢代のおばあちゃん(注2)が夕方来て話していきますので退屈しませんが、7時頃、お姉ちゃんが帰ってくるまで1人でテレビ見てもつまんないし、光永が居る頃はいろいろ話したり、6時過ぎると夕食でしたが、今では3人そろってからです。
その前に鍵をかけてお風呂に入って、そのうちお姉ちゃんが帰ってきます。
この前、お姉ちゃんはお風呂で気を失って右の耳の下をぶっつけて、ワーワー泣きました。ちょうど連休中だったので良かったのですが、3日間くらい、大変でした。

今年は休み中、お父さんもお姉ちゃんも、掃除でどこへも出掛けませんでした。
お母さんも、おかげでゆっくり出来ました。

今日は、11日(月)。会社を休んで血の検査に行ってきました。お姉ちゃんは土曜日に仕事に出て、月曜に休んで連れてってくれました。
お姉ちゃんには洋服を母の日のプレゼントに買ってもらい、家へ帰ってきたら、光永のが届いていました。
うれしかったです。(涙が出ました)
お母さんは、幸福だと思います。

お父さんは10日は放送大学だったので、「お母さん、アイス買ってきたよ。それとこれから、靴を買いにいってあげよう」って言ってくれました。
お父さんも、お姉ちゃんも、よくやってくれています。
お姉ちゃんは毎日、起こさなくてもちゃんと起きてくるし、お父さんもこの前、人間ドッグに行ったけれど、全然、悪い所ナシ、少し太り過ぎだそうです。
お母さんも、今の所、大丈夫です。

何か送ってもらいたいものがあったら、言ってください。(遠慮しないで)
このテレホンカードは、会社の人とツツジを見にいったり、足利の藤を見にいった時に買ったものです。(会社の人に笑われました)「また、子供に送るんでしょう?」って。(注3)

色々と書きたい事あるんですが、いざ書こうとすると、中々、光永みたいにはいきません。字はヘタだし。
とりあえず、この辺で、プレゼント有難う。
大事に使います。又、書きます。読みづらいでしょう。
体に気を付けて。」


注1・・・新聞配達をすることによって奨学金を得る、新聞奨学生だった。
注2・・・近所に住む、元気なおばあちゃん。
注3・・・当時、電話を持っていなかった。携帯も普及していない時代なので、月に1~2度、公衆電話で連絡を取っていた。

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コメント (5)
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