Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

牛丼とハイソ

2012-05-25 05:43:47 | コラム
ハイソといってもハイソックスのことではない、
いや女子高生が穿くハイソは好き、大好きだが、タイトルのハイソはHigh Society、つまり上流階級を指している。
しかしこの画像のハイソとか最高だね、街で見かけたら逮捕されてもいいから抱きつきたくなるほどだ。
抱きついて、ちゅーちゅーしたい。


地元の館林から帰還した。
僅か30時間ほどの里帰りではあったが、とーちゃんとも「酒」呑めたし、ねーちゃんとも「メシ」喰えたし、そこそこ満足の出来るものだった。

目的は法事―ただ、かーちゃんについては命日7月25日に書きたいので、きょうは「自分」と「ねーちゃん」について書いてみることにする。

出来のいい姉と、そんな姉に心配ばかりかける弟―幸田文の『おとうと』に似ているといえば美化し過ぎではあるが、
うちの姉弟、とても仲がいい。

そりゃ昔は、軋轢がないでもなかった。
生徒会長や鼓笛隊の指揮者を担当し、語学留学を果たした姉に対して「勝手に」劣等感を抱く弟・・・みたいな図があって、
まぁそれを理由にするわけにはいかないが、+の面で秀でた牧野家の評判を±ゼロにすべく、弟はせっせと悪事を働き、必死になって-の面で秀でようと頑張って? いた。

そういうことを気にしなくなったのは自分の上京後で、自分も(たぶん)ねーちゃんも数年にいちどの再会を心待ちにする関係性を築いたのだった。

東京に帰還する数時間前・・・きのうの昼のことだが、インド人がやっているカレー屋さんで昼飯を喰った。
インドといえば現在公開中の映画『ロボット』にはたまげたが、安いのにボリュームのあるカレーにも驚いた。
ここの支払いは自分―ねーちゃんに奢る日がくるとは思わなんだ、、、という感慨は、自分だけでなく、きっと、ねーちゃんも抱いたことだろう。


そういえば10年以上も前・・・
ねーちゃんが、自分の家に泊まりにきたことがある。
目的は東京観光であったが、確か大晦日から三が日にかけてのことだった。
まだ愛する旦那と出会う前の寂しいねーちゃんが、ハニーと呼べるひとが居なかった「やはり」寂しい弟の家に遊びにきたと、そういうわけである。

現住居のような2Kという間取りであれば不自由もないが、
八畳一間「偽」フローリング、ベッドはひとつの前住居はひとを泊めるというような環境ではなかった。
結果、ベッドにねーちゃんが、そのすぐそばの床で自分が寝ることになった、、、って、あれま、この姉と弟の位置を逆転させれば、まさに『おとうと』のクライマックスともいえるシーンになるが、決定的にちがうのは、こんな状況にあっても自分、ねーちゃんの寝息を確認したあとに「しっかと」自慰をおこなっているところだろう。

あぁサイテーだよ、わりーかよ。

そのころ、自分は「某」すき家でアルバイトをしていた。
牛丼並が400円だったころ、それから、松屋でキムチ牛丼のなかに「カエルの下半身が混入して騒ぎになった」ころ―といえば、いつごろか分かってもらえるだろう、
大晦日も格闘技観戦などを楽しめる身分にはなく、たったひとり―そう、このころから問題の「深夜はひとり体制」であったが、強盗に襲われるような危険な目に遭ったことはなかった―で八王子南店の接客をしていた。
そのあいだ―ねーちゃんはひとり、自分の部屋で紅白歌合戦を観ていた。
配線の関係で(東京だというのに)NHKは映りが悪く、「こうやって、コードを持っていれば、そこそこよく映るから」とアドバイスしておいたが、いつの時代の話かと思う。

年が明けた朝の8時―自分で煮た牛丼を持ち帰りの器に入れ、温かいうちにと家路を急ぐ。

元旦に牛丼弁当をはふはふ食べる姉弟・・・美しい光景ではないが、それはそれで幸福だったんじゃないかと思う。
自分にとっては『三丁目の夕日』より、こっちのほうにリアリティがあるといったらいいのか、
しかし自分が借金で苦しみ始めるのはちょうどこのころからで、この牛丼だって自分で煮てはいるが、勝手に持ち帰ったものである。
アルバイトは5時間働いて並1丁の賄いをいただける―というのがルールだったんだ。店で特盛2丁を平らげている時点でNGであり、ねーちゃんを勝手に共犯者に仕立てていたのだった。

帰省時は常に、当たり前のようにとーちゃん「あるいは」ねーちゃんが飯代を出してくれた。
「借金が」というとイイワケのようになってしまうので口には出さなかったが、それに甘えているようなところがあった。

債務整理が終わり、完済人にはなったものの、借金返済を第一義にしていたものだから国保と市民税が溜まりに溜まっていた。
一昨年からはその清算に追われ、最近になってようやく落ち着いてきたのである。
それで自分のほうから「自分が出すから、美味しいっていうそのカレー屋さんにいこうよ」と誘ったのだった。

築ン十年の木造アパートから、いろいろ整っている団地へ。
多重債務者から、完済人へ。
ズルして賄いを多く喰っていたフリーターが、外食をメインとするフリーライターに。
ちがいの分かる男でもないクセして、発泡酒をビールに変えて。
インスタントでもドリップでさえもなく、コーヒーは専用のカプセルで―という高級志向。
そういやチャリだって「足がこれだけだから」というのをイイワケに、そこそこいいものに乗っているわけで。

おまけに、準急で帰れば1000円も安いのに、わざわざ特急券を購入して東京に戻る。

変われば変わるものである。
ホンモノのハイソであれば町田駅からタクシーなのだろうが、さすがにそこまで余裕はない。大きなバッグを抱えて我が家に向かっていると、「また」熟女パブの客引きに呼び止められた。

おいおい、どこのイナカモンがこんなバッグ抱えて呑みにくるんだよ、ひとだけでなく、その持ち物もきっちり見て声をかけろってんだ。だいたい自分の顔を見れば、熟女じゃなくてロリータを欲しているくらいプロなら分かるだろうが。

客引きに愛想笑いで応え、再び歩き出す。
数十時間前の法事を回想すれば、自分はただ笑って呑んでいるだけで、なにもしていないことに気づく。
とーちゃんとねーちゃんは、あんなにセカセカと動いているのに。

寺から戻ったあとの実家で、とーちゃんは「光永はそういった雑念やらなにやらとは無縁になるように努めているから、きっと書きたいことを書けるはずだ」という。
努めたというか気づいたらそうなっていた―というほうが正しいような気もするが、いやいや、そこにとーちゃんの配慮というものがあったのだろう、、、と思うと、理解のある親でよかったと改めて感謝の気持ちでいっぱいになる。


さぁ書こう。
自分は、書くことくらいしか出来ないじゃん?

歩きながら、そう思った。

団地から見える距離に、すき家がある。
そこで持ち帰り牛皿の「メガ盛り」を注文し、ハイソになるにはまだ早い、いや訂正、早いどころかブルーカラーのモノカキっていうのが性にあっているんじゃないかと思い直し、帰宅後、メガ盛りを一気に平らげ、シャワーを浴び、パソコンの電源を入れた。

おっと。
最近、ウィルスチェックをしてないな。
しているあいだに、マスをかいておこう。ことばを紡ぐのはそのあとだ、、、って、毎度毎度こんなオチで芸がないが、
これでこそ自分なんだよねと「かーちゃんの遺影」に向かって苦笑し、仏壇の戸を閉め、エロ本を開いたのだった。


※ねーちゃんの好きなアルフィーの曲で、自分がいちばん気に入っているやつを。

ねーちゃん、美味かったねカレー。
こんど、まだごちそうします。




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明日のコラムは・・・

『われら? リンチ党』


コメント (4)
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