92年の3月12日、映画小僧が上京―。
東京に着いてやりたかったこと・・・は、20も30もあったが、実際に1週間以内にやったことといえば、
(1)マクドナルドでビッグマックを食べる
芥川の『芋粥』じゃないけどね、食べたくて食べたくて、夢にまで出てきたんだ。
そう、館林にはマクドナルドがなかったから、生まれて初めてのマックだった。
テイクアウトで3000円分くらい注文したんじゃなかったっけな。
(2)風俗に行く
かーちゃん、ごめ!!
これまた、生まれて初めての風俗である。
『ピンクサファイア』という店の「momoちゃん」を指名したことは覚えているが、群馬の片田舎に住んでいたガキにとっては刺激が強過ぎて、プレイの内容は、そこだけ記憶喪失になったかのように「まるで」覚えていない。
(3)ミニシアターに行く
やっぱり、生まれて初めてのミニシアター。
場所はテアトル新宿で、コーエン兄弟の傑作『バートン・フィンク』(91)を観た。
(4)茶髪にする
懸命に東京に染まろうとしているあたりが、涙ぐましいね。
でもそれが「髪を染めること」というのが、いかにも田舎者じゃないか。
似合っていたかどうかはともかく、自分を改造しようとしていた。
そして初めての帰省が、その年の8月。
それがトップ画像だが、まだ半年も経っていないから・・・というのがイイワケになるかどうか分からないが、改造は未完成で、なんか妙だよね?
でもまぁ、(なぜか)顔は自信に満ち溢れている、、、ように見える。
ちなみにその翌年―今度は、とーちゃんとかーちゃんが自分のアパートに来てくれて、そのときに撮った写真がこれ。
少~しだけ、東京に馴染んできた感じかな。
さらに。
その年の夏に帰省し、高校の同級生と呑み会を開いたときの1枚。
髪を黒く戻し、今度は服装に気を使い始めたころかな。
現在のアンチャンネーチャンは、たとえ地方に住んでいようとも、東京に対する憧憬なんて抱かないだろう。
中島みゆきの『ファイト!』には、
♪ 滲んだ文字、東京行き ♪
という歌詞があったし、
長渕も東京への愛憎を歌ったし、
『自虐の詩』でも、
「あんたのようなひとが生きるところ」と、東京を表現していた。
そういうのは、自分の世代で最後だといわれている。
だから映画の世界でも、地方都市を舞台とした映画が増えたのだろうね。
帰省の話に戻る。
数ヶ月で地元や実家の様子が変わるわけもないが、それでもちょっと感慨深いところはあった。
だいぶ背伸びをしていたものだから「こっちは変わらないが、俺は変わったっしょ?」みたいに思っていたのだろう、実際はどうだったのかは他者に聞くほかはないが、なんとなく気分はよかった。
どこかに行ったとか、親とこんな話をしたとか、そういう特別なことがあったわけではないので、これ以上記すエピソードもないのだが、
このころはかーちゃんも元気だったし、もちろん生家もあるわけだ。
「このあとのこと」を見通せる想像力というものがあればね、自分の改造なんか二の次として「やるべきこと」が分かったとは思うのだが、
そういうことに頭が回らないことを「青春」というのかもしれないよね・・・と、ここへきて自己弁護してしまう自分大好き人間なのだった。
おわり。
※そのころに聴いていたのが、ソニックユースだったなぁ
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『定番の強さ』
東京に着いてやりたかったこと・・・は、20も30もあったが、実際に1週間以内にやったことといえば、
(1)マクドナルドでビッグマックを食べる
芥川の『芋粥』じゃないけどね、食べたくて食べたくて、夢にまで出てきたんだ。
そう、館林にはマクドナルドがなかったから、生まれて初めてのマックだった。
テイクアウトで3000円分くらい注文したんじゃなかったっけな。
(2)風俗に行く
かーちゃん、ごめ!!
これまた、生まれて初めての風俗である。
『ピンクサファイア』という店の「momoちゃん」を指名したことは覚えているが、群馬の片田舎に住んでいたガキにとっては刺激が強過ぎて、プレイの内容は、そこだけ記憶喪失になったかのように「まるで」覚えていない。
(3)ミニシアターに行く
やっぱり、生まれて初めてのミニシアター。
場所はテアトル新宿で、コーエン兄弟の傑作『バートン・フィンク』(91)を観た。
(4)茶髪にする
懸命に東京に染まろうとしているあたりが、涙ぐましいね。
でもそれが「髪を染めること」というのが、いかにも田舎者じゃないか。
似合っていたかどうかはともかく、自分を改造しようとしていた。
そして初めての帰省が、その年の8月。
それがトップ画像だが、まだ半年も経っていないから・・・というのがイイワケになるかどうか分からないが、改造は未完成で、なんか妙だよね?
でもまぁ、(なぜか)顔は自信に満ち溢れている、、、ように見える。
ちなみにその翌年―今度は、とーちゃんとかーちゃんが自分のアパートに来てくれて、そのときに撮った写真がこれ。
少~しだけ、東京に馴染んできた感じかな。
さらに。
その年の夏に帰省し、高校の同級生と呑み会を開いたときの1枚。
髪を黒く戻し、今度は服装に気を使い始めたころかな。
現在のアンチャンネーチャンは、たとえ地方に住んでいようとも、東京に対する憧憬なんて抱かないだろう。
中島みゆきの『ファイト!』には、
♪ 滲んだ文字、東京行き ♪
という歌詞があったし、
長渕も東京への愛憎を歌ったし、
『自虐の詩』でも、
「あんたのようなひとが生きるところ」と、東京を表現していた。
そういうのは、自分の世代で最後だといわれている。
だから映画の世界でも、地方都市を舞台とした映画が増えたのだろうね。
帰省の話に戻る。
数ヶ月で地元や実家の様子が変わるわけもないが、それでもちょっと感慨深いところはあった。
だいぶ背伸びをしていたものだから「こっちは変わらないが、俺は変わったっしょ?」みたいに思っていたのだろう、実際はどうだったのかは他者に聞くほかはないが、なんとなく気分はよかった。
どこかに行ったとか、親とこんな話をしたとか、そういう特別なことがあったわけではないので、これ以上記すエピソードもないのだが、
このころはかーちゃんも元気だったし、もちろん生家もあるわけだ。
「このあとのこと」を見通せる想像力というものがあればね、自分の改造なんか二の次として「やるべきこと」が分かったとは思うのだが、
そういうことに頭が回らないことを「青春」というのかもしれないよね・・・と、ここへきて自己弁護してしまう自分大好き人間なのだった。
おわり。
※そのころに聴いていたのが、ソニックユースだったなぁ
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『定番の強さ』