Cape Fear、in JAPAN

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『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

『拝啓、〇〇様』(3)

2018-10-24 00:10:00 | コラム
~飯島愛の巻~

第一夜:飯島愛のキャリアを我流紹介
第二夜:飯島愛への手紙


【第一夜】

AV女優としての飯島愛の出演作は、じつは異様に少ない。

売れなかったから「あとがつづかなかった」わけではなく、
その逆で、かなり売れたため「その数本だけで、ほかの女優の10作くらいの価値」がつけられた結果だった。

とはいえ。
それにしたって。

総集編やら特別編集版やらを抜かせば、「売れっ子で」トータル10作にも満たないのは「極端に」少ない。

10年以上の活躍をつづけ、未だトップの人気を誇る「つぼみ」は、すでに出演作1000作を超えている。



時代がちがうから比べてもしょうがないかもしれないが、時給換算したら、ふたつみっつの桁違いが生じるかもしれない。

時代ちがいで、もうひとつ。
飯島愛は明らかに疑似撮影メインで、つぼみは本番あり。
射精に関しても前者は胸がほとんど、後者は「顔面」か「ごっくん」。

ハードルが高くなったのにギャラは低くなっているのが現状で、ことばを慎重に選ぶ必要があるが、飯島愛はよい時代に生きていたんだな、、、と思うことがある。

飯島愛がAV女優として活動したのは、92~94年(20~22歳)。

自分が18歳のころにAV界でトップを走っていた売れっ子であり、同級生のほとんどが「愛ちゃんのハダカ」を知っていた。

自分はレンタルビデオ店の一般コーナーで『ツイン・ピークス』のシリーズを手に取ったあと、
その足でアダルトコーナーに入り、愛ちゃん主演作を手に取るも残念ながら「レンタル中」であった・・・というオチを何遍も経験している。




服を着ているひとがハダカになるのは簡単なこと―とされているが、
その逆に、ハダカだったひとが徐々に服を着て芸能活動を展開することは、なかなかに難しい。

あっけらかんとしている(ように見える)本人のキャラクター性と、業界に彼女のファンが多かったこと、それから「時代」に助けられ、飯島愛は「ごく自然に」テレビタレント転身に成功した。

そりゃあ偏見はあったでしょうよ、
はっきりいえば「人前でセックスしていたおんな」なんだもの、好奇の視線で見られることは多かったであろうし、当時付き合っていた彼女も「このひと、なんかキライ」といって、よくテレビのチャンネルを変えていたのだから。

それでも飯島愛はテレビに出つづけた。
出つづけることによって、「AV出演そのものを、なかったこと」にさせた―と結んだのは、たしか松尾スズキだったか。


2000年―。
半自伝的小説『プラトニック・セックス』を発表。

AV出演はもちろん、そこに至った経緯や中絶、整形なども告白しベストセラーに。

これにより風向きが大きく変わり、どちらかというと同性の支持を強く受けるようになる。

2007年3月―。

体調不良を理由に芸能活動を引退。

そして2008年12月―。

自室で死んでいるところを親戚の女性によって発見される。

死亡推定日時は、12月17日だった。
享年36歳。

2009年3月1日―。
飯島愛の本葬(お別れの会)が執り行われる。

主に成人誌の駄文で稼いでいた自分は取材者として参列したが、いろいろな想いがこみあげてきて思わず泣いてしまったよ。




なかなかにハードな人生だが、正直、格好いいと思った。


あすは、「第二夜:飯島愛への手紙」。


※この動画を観ると、ほんとう、奇跡の時代だったんだなと思う。いや愛ちゃんではなく、彼女と一緒に踊る子どもたちがね。



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明日のコラムは・・・

『『拝啓、〇〇様』(4)』
コメント (1)
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