たそがれオヤジのクタクタ山ある記

主に北関東の山を方向音痴で歩いています。山行計画の参考にされても責任は負いかねます。深慮せず軽く読み流してください。

恒例の中之条町・石尊山紅葉見物もそろそろラストだったか。

2024年11月19日 | 近所じゃない群馬県の山
◎2024年11月17日(日)

 ここ数年、恒例のようになっている石尊山の紅葉見物に出かけた。昨年は11月8日に行っている。紅葉はどこも一週間から10日ほど遅いようで、YAMAP記事を見ながら、もうそろそろかなと前日の16日に行くつもりでいた。出がけに天気予報をチェックする。昨日の時点では良天のはずだったのに、終日の曇天になっている。GPV予報では濃い雲がずっとかかっている。これでは、陽の当たらないどんよりした紅葉を見ることになる。幸いにも、翌日は雨から晴れ予報に転じていたので翌日の17日に行くことにして寝直した。
 後で16日に石尊山に行かれた方のYAMAP記事を読んだ。掲載された写真には、陽を浴びた紅葉がきれいに写っていた。これまでもこんな肩透かしは結構ある。今さら仕方がない。とにかく、17日の晴れの予報を信じるしかない。
 そして翌日。朝起きると、さほど山に行きたい気分ではなくなっていた。体調が悪いわけではない。どうしようか迷ったが、この先の天気予報を見ても、行ける日は今日ぐらいしかなく、積極的どころか半ば義務的な気持ち混じりのままに出かけた。中之条に着く頃には、やる気満々になっているかもしれない。

 公民館前は満車。四万温泉寄りの国道路肩駐車場に車を置いた。自分は2台目で、1台目の二人連れがちょうど出発した後だった。日曜日にしては車が少な過ぎる。準備している間に3台目が入って来た。出発。7時40分。
 晴れてはいなかった。さっきまで雨が降って止んだ後のようで、路面は濡れ、見上げれば、陽が出ているどころか、いつまた雨が降ってきてもおかしくないようなどんよりした空模様。ここまで来て、陽に輝く紅葉は期待できそうにもないようだ。余程に帰ろうかなとまで思った。あの晴れマークは何なのだろう。昨日来ていればとまた後悔する。気が滅入ると、身体まで重く感じるようになるものだ。やる気満々どころではなかった。
 実は、紅葉見物もさることながら、ついでにやりたいことがあった。歩き気分が冴えないままだと、身体の動きも相応してしまう。この天気のままでは、それを実行するのは無理かもしれない。

(どんより空の中での出発)






(後が続かなかった)


(汚い感じがする)


(鳥居)


(出て来たか)


 湿った舗装道を登山道に向かう。道路沿いの赤はさぞ鮮やかだろうに、曇り空の中では濃く濁って見えて気の毒だ。登山道に入ると、ササの葉に付いた雨粒がズボンの裾を濡らして不快だが、信号機3色の葉が同居した色付きはなぜかきれいに見え、つい立ち止まってしまう。この先、しばらく赤は出てこない。点々と現れる黄色だけはきれいだ。ここの紅葉は、曇天でも、ある程度の期待はできそうだなとほっとする。ほどなく、前方を歩く二人連れを追い抜く。奥さんらしい方が遅れがちだ。おそらく、1台目の車の方だろう。このあたりまでは、足の運びも軽やかとまではいかずとも、いつものように普通に歩いている。
 鳥居を過ぎると、紅葉は混在状態になった。全体的に色付きは淡く、青葉もあったり、穴あきがあったりする。淡いのは、これからというのではなく、陽があたっていないからそう見えるのだろうか。たまに真っ赤のがあったりして、周辺の景色の中では異色の存在だ。

(淡そうだ)


(陽が当たらないからくすんで見える)


(真っ赤。きれいだが、こうなるとあまり趣味ではなくなる)


 急な登りに入り、道もクネクネし出した。それに合わせるかのように、身体が重く感じるようになった。息切れも伴い、この症状、いつもよりも早く出てきているような気がする。立ち休みも頻発する。上まで行けるかなと心配になってきた。





(次第に賑やかに)








 前後にはだれもいなかった。これでは寂しい気がしないでもない。曇り空で鮮やかな紅葉ではないながらも、盛りかと思われる紅葉が斜面に続いている。陽が出ていないのが何ともうらめしい。下を覗くと、単独さんが登って来ている。爽快な足取りだ。もしかしたら、3台目の方だろうか。こういう場合は、抜いてもらった方が気分的に楽だ。淡い紅葉を写真撮りしては休み半分の時間を稼ぎ、先に行っていただいたが、あっという間に離された。気分的には楽になった。後続者も視界にはいない。

(子井戸の水場)


(この辺からようやく陽が出て来た)






(いいねぇ)


(稜線が見えてきた)


(こうでなきゃ来た甲斐もない)




(稜線になかなか着かない)










 子井戸の水場到着。8時44分。一時間もかかっている。去年はそんなにかかっていないはず。やはり、今日はダメだな。身体が重いままだ。足がさっぱり進んでくれず、息切れも治まらない。ここでようやく陽が出てきたようで、周囲が明るくなってきた。そのせいか、赤い紅葉がきれいに見えるようになった。
 上に石尊山に続く稜線が見えてきた。小さいながらも、さっきの単独氏と他に二人の姿が見える。

(ようやくといった感じで稜線に出た。ここまで苦労したのは今回が初めてだったかも)




(石尊山が見えてくる)












(色落ちしている)


(振り返って)


 ようやく稜線に出た。それまで、陽が入り込み、紅葉がきれいになったものだから、写真撮りが忙しかった。いつものように反対側に向かってみたが、相変わらず寂しげな紅葉だった。
 さて、ここからが長かった。紅葉がきれいだから時間をとられたということではない。むしろ、下に比べたら、ここの稜線上の紅葉に足止めをくらうほどのきれいさはない。まして終盤に入っているのは明らかだ。枯れ出してもいるし、微風に葉がふわふわと落ちているのが見えたりもしている。そんなことより、すっかりと足運びが悪くなっていて、もう少しの辛抱といった、これまでに抱いたこともない気分になっていて、どこか、体でも悪いのだろうかとさえ感じる始末で、暑くなったこともあり、汗びっしょりで、休んでは水をがぶ飲みしていた。普段から、水はあまり飲まないのに。

(間もなく石尊山)


(山頂から高田山)


(山頂から榛名山)


 石尊山に到着。9時24分。ほっとした。何とか登れた。女性が二人休んでいた。あの単独さんはどこに行ったのやら。高田山に向かう横張りされたロープの下を見ると、下り切ったところを歩いている。とにかく腰かけて休んだ。高田山に行くには、体力も気力も使い果たしている。つまりは、高田山に行くのは無理ということ。
 続いて二人連れが到着。最初に抜いた二人ではない。カミさんはまったくの空身で、水筒はダンナさんとの共有。メシ持ちもダンナさんだ。これならさぞ楽だろう。この二人連れだが、下った際、オレが道を間違えて別尾根を下ったばかりに、それに付いてきて、一緒に道を間違えて戻ることになる。
 おにぎりを一個だけ食べた。それだけでもようやくだった。休んだところで、周囲の景色の眺めにかかった。

(左に続く高田山の南尾根)


(真ん中の尖がりが932.6m三角点峰で、その左の尾根を下るつもりでいた)


(遅ればせの石尊山山頂)


(北尾根を下った際には、奥の尾根を四万温泉側に下っている)


 もう5年前のことになる。高田山まで行ってピストン戻りというのもつまらないので、北尾根を使って下ってみた。たいしておもしろくはなかった。今度は南尾根を下ってみたいと思っていた。この南尾根だが、ネット情報を調べる限りでは、調べ方が悪いのか、歩いた記録を見つけることができなかった。等高線が緩いわけではないが、特別に狭まっている様子もないのにどうしてだろう。地図に予定ルートをマーカーして持って来ていた。南尾根を932.6m三角点峰の手前で東に折れる尾根を下る。末端は沢型に出るようだがかなり緩く、そのままトンネル北側の国道に出られるはず。やりたいこととはそのことだった。高田山まで行く自信もないのでは、今回はパスするしかない。せっかく晴れたのにもったいない。来年もこの状態で石尊山に登ったとしたら、地図追いだけで終わってしまいそうだ。

(下る)


(前方で空身のカミさんがスマホ写真を撮っている)






(あと数日だろうな)




(くつろぐハイカーも)


 20分ほど休んで下山する。その間に、山頂では何人かのハイカーが入れ代わった。
 件の空身カミさんのご夫婦が先行したが、カミさんはスマホの写真撮りに夢中で、それでいてダンナさんの方は写真撮りする風もなく、待機している。二人とは前後しながら下ったが、これから登って来るハイカーがそれなりにいる。「それなり」としたのは、平日も含めてのこれまでの歩きからして、いつもに比べて少ないなと思ったからだが、まして今日は日曜日だ。絶好のタイミングに比べたら1/3ほどだろう。

(別尾根を下っている。下ったところで正面が上りになりコースミスに気づいて戻る)










(そろそろ少くなってきた)


(小粒にもなってきた)


 やはり、陽が当たった紅葉は、ことに赤がきれいというよりも、終わりかけであっても、こう斜面ながらも並木通りのようにになっていると美しいとも言える。往路で足を止めることもなかった紅葉に、つい引きずり込まれてしまう。コースから外れて行ったり来たり。いつもと同じだ。あのご夫婦がオレの間違いに付いて来たのもそんなタイミングだが、カミさんは「また間違えたじゃないの」とダンナさんに文句を言われていたが、別にオレが悪いわけでもないので、それについては詫びる必要もあるまい。

(細い道の左下。踏み外したらかなりの滑落になる)


(まだ続きがあった)






(黄色も入れておこう)




(もう余韻を味わいながらといった感じで下っている)






(この辺は、登る時には陽が当たらずにさっぱりだった)










 ここの斜面に付けられた登山道は、下りでは少々恐く感じる。上りではさほどに感じなかった。細く、片側が落ち込んでいるところが結構ある。この夏道を雪のある時期に歩いたら滑落しても不思議ではなく、その時期は、急ではあるが尾根伝いに下った方が無難かもしれない。もっとも、雪山として歩くには、高田山を含めて魅力はないかもしれない。ことに高田山からの展望はよくない。

(鳥居に戻った)


(本日の紅葉は終わり)


 鳥居間近になって紅葉もおとなしくなった。下りは普通の歩きになっている。息せくこともなかったが、やはり、これまでの歩きとは微妙に違うようだった。紅葉見物は抜きにしても足運びがノロかった。ピン付きの地下足袋を履いているのに滑って転んだのも2回。起き抜けに山歩きの気力がなかったのが最後まで続いてしまった。こういう日は、いくらラストチャンスとはいっても欲を欠いた方がよいかもしれない。石尊山程度で大げさかもしれないが、事故につながることもある。
 子井戸の水場と鳥居の間あたりから、これから登る人と出会うこともなく、振り返ってもだれもいなくなっている。せっかくのこの紅葉、もったいない気分だ。

(登山口になるのだろうか。ヒルの時期に来てもあまり楽しめる感じはしないが)




(たまたま見かけた)


(帰着)


 駐車場に到着。10時50分。車は自分のを含めて6台しかなかった。これが11月半ばの気温かと思うほどに暑くなっている。まだこんな時間だ。普通なら、別の山で紅葉見物でもと思っても当たり前というか、自然かもしれない。帰り道の東吾妻の山でも短時間で歩ける山はいくつかあるし、山でなくとも遊歩道歩きや滝見ができるところもある。そんな気持ちはまったく起きなかった。とにかく、寄り道せずに家に帰り、ビールを飲んで寝たかった。

 同じような紅葉写真の羅列になってしまった。アップで撮ればきれいでもなく、離れて撮ればきれい。これだけはどうしようもなく、またかまたかになってしまう。どうせ自己満足の記事だし、結果的には好みに撮れた写真を並べるだけになってしまった。飽きたとしたらご容赦のほど。

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2 コメント

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Unknown (ぶなじろう)
2024-11-21 18:33:56
今晩は。
天気予報に翻弄されたようですが、途中から素晴らしく綺麗な紅葉景色となり、読んでいる私もなんだか安心してしまいました。光があるのと無いのでは、雲泥の差ですね。下りでは強い日射に当たったようでより綺麗に見えます。
これまで、たそがれさんは同じコースのリピート率が低かったように思うのですが、石尊山、高田山の紅葉は別格のようですね。たそがれさんのお気に入りの山・・・、チョット気になりますね。
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ぶなじろうさん (たそがれオヤジ)
2024-11-26 10:09:49
ぶなじろうさん、こんにちは。いつものように返信が遅れてしまいました。失礼しました。
確かに光の有無で、紅葉は変化しますね。陽が出るまで、がっかり気分で歩いていましたが、途端に素晴らしい光景になって、毎度のように見ている紅葉なのですが、その都度に、初めて行く山で紅葉を楽しんでいる気分になってしまいます。ただ、体力が衰えているのは歴然で、石尊山に到着するのがようやくでした。
ぶなじろうさんにも行っていただきたいところですが、私の家からも遠いし、さらにぶなじろうさんにはもっと遠い。機会があったら行っていただきたいと思いますが、今回の前半部のような天気で外れてしまったら、申し訳ないような気分になりそうです。
昨日の25日は、ドライブがてらに高崎と桐生の紅葉スポットに行ってきましたが、陽があたっているにもかかわらず、煤けた感じの紅葉でした。桐生の寺の方は、いつもの場所が紅葉もしてなく、それでいて黒くなりかけていたりで、里の紅葉はまったく読めませんでした。
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