アメリカにも技能者で職人がいた<o:p></o:p>
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1970年代に気が重かった仕事は日本のお客様の団体を当時カリフォルニア州の東の外れにあった紙器加工工場にご案内することだった。お客様は世界で最初にこの容器を開発して実用化し、日本にライセンスをおろして、世界の最先端を行くアメリカの工場を見学されるのだから、期待に胸ふくらませて来られるのは当然だった。<o:p></o:p>
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そして、お待ちかねの見学である。実は、かく申す私も1975年に初めて現場に入って目を疑った。日本ではある程度以上の規模の同種の工場に行けば必ず配備されている最新鋭の機械類が一切無く、博物館にでも迷い込んだのかと印象だった。<o:p></o:p>
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戦後と言っても1960年代後半にアメリカ見学に行かれた方がよく帰国報告会で言っていたのを思いだした「アメリカのハードに見るもの無し」と。そして「矢張りか」と納得した。<o:p></o:p>
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それはアメリカでは新規の設備投資をするだけの利益が挙がらなければ、設備投資を可能にする総投下資本率を達成しなければ、近代的生産設備を導入しないのである。それが彼らの信奉する資本主義の大原則である。だからこそコスト上昇は直ちに販売価格に転嫁して利益を確保するのだ。得意先に値上がり分を最終需要家に転嫁できないと苦情を言われれば「こちらも精一杯合理化したのだから、あなた方も合理化しなさい」などとヌケヌケと言う度胸がある。<o:p></o:p>
であれば、計画通りに、目標通りに利益が出なければ、新規投資はなく現状の古いマシンの改装を重ね、あちこちと修理しながら、騙し騙し使っていくしか選択肢がないのだ。ここに取り上げた工場がそのアメリカ資本主義の申し子のような例だった。私は初回には工場の人たちの胸の中を推察して一切「何故、こんな時代遅れの?」等とは尋ねなかった。自社の工場でそんなことを訊けるか?<o:p></o:p>
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だが、日本からのお客様にはそんな自制心はない。だから必ず「どうして、アメリカではこんな古い機械を?何か余程我々が知らないメリットがあるのか?」という質問が多くの見学者から浴びせられる。<o:p></o:p>
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こんな時は、古い言葉にすれば「シカト」するか「当社はこれで十分効率を上げている」とだけ答えて「次(の工程)に行こう」とした。ある時、その危機を脱して現場を見下ろす品質管理室でQ&Aセッションをやっていた。すると、我が社が誇る全米で5ほんの指に入るQCの技術者(非組合員である)が突如として客様の質問を制して言った「現場の5号機の音がおかしいので、中断して現場に降りるから、一緒にどうぞ」と。厚紙の巻取を印刷して打ち抜く騒音で話も満足にできない現場の数多くのマシンの中の1台の音の変調を、別室で聞き分けたというのだ。<o:p></o:p>
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果たせるかな、5号機では調整が1mmの1/10程度ずれていたために雑音が出ていたのだった。彼は現場の係員に修正させたところ、雑音が止まった。お客様は驚嘆した。そしてマシンが古かったことなどすっかり忘れてくださった。<o:p></o:p>
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話は変わるが、我が国では昨年辺りに「団塊の世代が去ると、彼らが長年築き上げてきた技術も消えていく。日本の製造業の危機だ」という声を聞くことがあった。これに対して某一部上場企業の執行役員が「それは誤りである。団塊の世代の技術者が去っていってもその技術は継承できるし、現に立派に受け継がれている。問題は長年現場で習得された熟練の技能、身体と皮膚感覚で経験しなければ身に付かない技能は人とともに消えていく。これは技術ではないから容易に継承できないのである」と教えてくれた。<o:p></o:p>
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上記のアメリカのQCの権威は将にその技能者であった。彼は何物にも代え難い存在だった。彼はFeed gate(給紙、で良いだろう)から1分間に何十枚もヒート・シールの工程に入っていく30cm角の紙が数ミリの間隔で送り込まれていく様子を、首を振りながら見つめていて「ギャップが広がりすぎている」などと指摘する。<o:p></o:p>
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このような優れた技能者がいることで、アメリカの製造業や加工業が設備投資をしないで済ませていたとは言わない。しかし、機械に過剰に依存しているかに見える手先の不器用な人が多いアメリカにも、日本の基準にてらしても超弩級の技能者がいたのである。<o:p></o:p>
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ではあっても、儲からなければ、目標値が達成できなければ新規投資はしないとの経営姿勢が、今日のアメリカ製造業の衰退、ひいては経済の不振の一大原因であるのは間違いないこととであると信じている。それなのに、未だにM&A等に頼って、他社の設備を買収して自社の足らざるを補う政策を採っている。果たして、最新鋭の設備を導入せざるを得ず、設備過剰で内需不足で輸出依存の新興勢力と比べればアメリカが周回遅れなのか、それとも一周先に行っているのか?そこが問題だ。<o:p></o:p>
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ここに採り上げた技能者はすでに75歳で引退している。世界最大のインターナショナル・ペーパーはこのような事業部を売却して、前途有望な中国に拠点を移す姿勢を見せた。自国民の便宜よりも自社の経営方針を優先したと見えるのだが。<o:p></o:p>