新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

11月13日 続・「”tariff”ほど美しい言葉はない」に潜む危険

2024-11-13 09:20:30 | コラム
輸入品とは知らずに:

ズバリと言えば、トランプ次期大統領が「関税を賦課する」と言う政策の意味を正しく認識されているのかという疑問だ。我々消費者が日頃から慣れ親しんで利用していた食品や衣料品や雑貨類を良く見れば「外国製」だったことは間々あるのではないか。それが、ある日突然猛烈に値上がりするかも知れないのが「関税、即ちtariff」なのである。

私は在職中には衣類や化粧品等は(為替レートの問題もあるが)アメリカで買う方が割安なので、買い続けていた。だが、例えばBrooks BrothersやPoloなどの衣類はバングラデシュやマレーシア等のアジア製が多かったが、気にもとめずに買っていた。未だかぶっているウエアーハウザーのロゴ入りのベースボールキャップなどは中国製だ。

取引先の船社の論客の営業担当者などは「新車を買った」と言うので見れば日本車だった。「貴方ほどの理論派が日本車か」と言えば「自分の好む品質で値頃な車を買ったら日本車だっただけだ。好みの製品を買うのに原産地国を問題にする必要があるのか」と猛烈に反論された。アメリカの消費者の行動の形を表している一例だと思う。真っ先に原産地を気にする必要があるのかという事だ。

我が家にだって国産品ではない物が普通のようにある。「良い物だ」と受け入れていても、後で気が付けば輸入物だった事など珍しくない。非耐久消費財や瓶詰めの食品などは輸入物が多くなっている。東京の街中で見れば、欧州車が数多く走っているし、昨日などはフェラーリを見かけた。アメリカなどでは国産の乗用車は珍しいのではないか。

トランプ次期大統領はこういう形で国内に広く流通している輸入品に関税を賦課して税収が増加する事を「美しい」と認識しておられるのではないかと、私は疑問に感じている。このトランプ氏の誤解というか錯覚は前任期中にあった事で、今では正しく認識されているのであれば、既に指摘したように“tariff”は「諸刃の剣」となって逆効果になりはしないかという事。

”tariff”ほど美しい言葉はない

2024-11-13 08:10:39 | コラム
22年半の日本向け輸出の経験者としてアメリカを語る=“tariff”の運用の仕方を考えて置かないと:

基本的なアメリカ経済の問題点を述べる事から始めよう。先ずはロッキー山脈の存在から。アメリカ合衆国は地勢的にロッキー山脈で東西の経済圏に分けられているので、日本を含めた太平洋沿岸の諸国との輸出入は西海岸からが主力にならざるを得ないのだ。

また、アメリカ経済は内需依存型であり、その内需の70%はロッキー山脈の東側の経済圏が占めていると考えていて良いだろう。即ち、ロッキー山脈の西側である西海岸の諸州は、内需も兎も角、輸出に依存せねばならない宿命のようなものがあるのだ。ウェアーハウザーもその例外ではなかった。

ところが、太平洋に面したワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州には目立った重工長大型の産業が少ないのが問題なのだ。ウエアーハウザーは90年代初期まではアメリカ最大級の日本向け輸出会社だったが、その品目は紙パルプと木材製品という言わば一次産品だった。またワシントン州からはボーイング社の航空機以外の輸出品目は飼料用の干し草や穀物だったのだ。

ロッキー山脈の東側から太平洋沿岸に輸出する場合には運賃をかけて貨車輸送して、カリフォルニア州のロスアンジェルスかサンフランシスコ港か、または東海岸のジョージア州サバナ港(Savanna)を利用せざるを得ないのだった。何れにせよ、西海岸からの船積みよりも航海日数が長くなるし、運賃も高くなるので不利なのである。故に、東海岸経済圏からの対日輸出は振るわないのだ。

空洞化?:
1980年代からだったか、アメリカの製造業が海外、特に中国に生産拠点を移して空洞化が始まったと言われ出していた。当時はその原因は労働組合が強硬で労務費か高騰し、海外から入ってくる廉価な繊維製品(や自動車等の工業製品等々)に対抗出来ず、安価で高質な労働力を求めて海外に出て行く事が始まっていた。論旨を飛躍させれば「結果的に空洞化が今日の中国を育てた」事になると思うが。

オバマ政権時代には空洞化させた産業、特に製造業の呼び戻しが試みられたが、最早手遅れで時代はGAFAMに移行していったのだった。80年代初期にシアトル市外のショッピングセンターの駐車場の片隅に、“Micro Soft”という看板を掲げた小さな会社があり「何をしている会社か」と問えば「何でもコンピュータのOSを手がけている」と聞かされ「そんな事で会社が成り立つのか」と疑問視していたのだった。

労働力の質:
今日までに何度も取り上げた事で、1994年7月にUSTRのカーラ・ヒルズ大使が「対日輸出を増やそうと思えば、労働力の質の向上が必須。その為には識字率の向上と初等教育の充実を図らねば」と指摘された事が、未だにこの問題の核心を突いている。この件については繰り返して語ってきたので詳細は省くが、職能別労働組合(Craft Union)も負の貢献をしている事は否定できまい。

その労働力の質の問題に加えて、労務費の高騰が、アメリカの製造業の力を弱めたと私は確信している。そうでなければ、アメリカ国内では何処に行っても、日本車とドイツ車と韓国車が大多数で、時々国産車、それも乗用車も走っているような状態にはならなかったはずだ。

そこでトヨタ他はアメリカ政府の要望に添って主力を現地生産に移行した。最早日本からの輸入は少ないのに、トランプ氏は何百万台も入っていると誤認されている。これこそが、上記のアメリカの労働力の質の問題から生じた話である。解りやすく言えば「アメリカの需要家が、質が良くて経済的な価格の車を買ったら日本車やドイツ車だった」というだけの事。

アメリカの消費者:
アメリカ市場を経験したから言える事で「アメリカの需要家または消費者たちは、長年国産の製品の機能を重視した大雑把な質に慣れていたところに、市場を開放して日本やヨーロッパからの輸入品を使って、その細かい点までに配慮した質の高さに魅了されて、良い方を買う傾向が強くなっていっただけの事」だ。例えば、印刷用紙などは90年代初期に中国や東南アジアからの輸入紙の品質の高さと経済的な価格に圧倒され始めていた。

消費者は自動車のみならず、輸入品の質の良さと価格に目覚めて、国産品を等閑にし始めたのだった。アメリカ自身が市場を開放した事と、自由貿易が普及していった結果だと思う。

勿論、アメリカ国内で生産された製品も数多くあるが、今や市場に出回っている日常的に使われている非耐久消費財と言うかアパレル関連の製品などは中国を始めとする東南アジア製が非常に多いのである。オバマ政権時代には自国産業の保護の名目で中国とアジアからの印刷用紙には100%を超える関税をかけて閉め出していた。

2011年にYM氏に案内されて訪れたLA郊外のファッション・デイストリクトという大規模の問屋街で売られていたおびただしい量の衣料品の大多数は中国製で、売り子は韓国人かヒスパニック。そこには多くの利用者が殺到していた。西海岸の経済はこのような形で成り立っているのだという例だ。

Tariff即ち関税の賦課:
「諸刃の剣」かも知れないのだ。トランプ次期大統領は高らかに中国のみならず我が国からの輸入にも10~20%の関税を掛けると主張されている。そういう政策が受けて当選されたのだろう。だが、多くのアメリカ国民や産業界が輸入に依存しているのは明らかなのだ。私はトランプ氏が今回のキャンペーン中にも関税をかければ輸出者(国)が負担すると思い込んでおられる節があるのがどうしても気になるのだ。

それだけではなく、バイデン政権下で高まっていったインフレーションの傾向を止めると言われている以上、関税をかけては輸入品の価格上昇を止められなくなりはしないかと懸念するのだ。いや「トランプ氏は高率の関税をかける事の意味を正しく理解しておられれば良いのだが」と言いたいのだ。石破首相に課される重要な課題の一つに、この関税賦課の件があると思うのだ。

日本向けの輸出に20年以上も携わった経験から言える事は「他国に自社の製品の輸出では先ず橋頭堡を築き、さらに進めて確固たる市場占有率を占めるに至るまでには並々ならぬ努力と製造技術の向上、品質の世界基準への到達、労働力の質の向上あっての事だった」なのである。

こういう事をトランプ大統領以下の為政者層が充分に認識して政策を立案して貰いたいのだ。上述したように関税の賦課は正しく理解されて、適切に運用されなければ「諸刃の剣」になりかねないのではと、私は見ている。