「以心伝心は通用しない」と心得ておくべし:
異文化の国家間の交渉:
1972年から1993年末まで外国との交渉が、私の仕事の最大にして重要な部分を占めていた。とは言っても、私の場合はアメリカ側を代表して外国である我が国の取引先との交渉なのだった。不慣れな間は緊張感よりも、自分の国の方々にアメリカの会社が達成したい事を提示する恐ろしさというか、恐怖感の方が大きかったと思う。
別な視点に立てば「異文化の国と国との折衝である」との認識はほとんどなかった。即ち、「何としてでも自分が責任を負っている会社の主張を通さねばならない」との責任感から、言うなれば一方的に押しまくっていたような状態だった。1972~73年はオイルショックの頃で圧倒的な売り手市場だったので、異文化間の交渉であることなど知らなくても何とかなっていた。
ところが、1975年からウエアーハウザーに移って何年か経つと「待てよ。アメリカと日本の間には物の考え方に違いがあるようだ。その違いが、話が予定した通りには進まない大きな障害になっているのではないのか」と気づき始めたのだった。その大きな相違点とは、例えば「アメリカ側は『イエスかノーか』で押すのに対して、日本側は『妥協点を探りだして穏便に収めよう』という辺りが挙げられる。
反論すべきことは即刻表明すべし:
ところが、実際にはこの相違点以外にも、思考体系には意外な相違があることに気が付いた。それが見出しに掲げた「以心伝心」なのだった。具体的な例を挙げて行けば、先日取り上げた武藤経産大臣のアメリカ商務長官との25%の関税賦課の除外の交渉がある。トランプ大統領がその方針を打ち出したときに、マスコミ報道にも「同盟国日本は適用除外となるのでは」という希望的とも言える観測があった。
即ち、私が既に指摘したように「強烈な反対を表明せずとも、アメリカは解ってくれているだろう」という「以心伝心」への期待感があったようなので、中国やカナダのように直ちに「報復関税をかける」のような反論を打ち出さなかった。即ち、「認めがたい」という類いの「言うべき事を直接に連邦政府に向かって表明していなかった」のである。
この点は外務省の見解は知らないが、石破内閣には「言わずとも解ってくれているだろう」と見たのか、強烈な反対の姿勢を示さなかった。だが、沈黙するか無反応であれば、アメリカ人たちの思考体系では「受け入れた」か「認めた」となる。しかも、武藤経産相が「3月になったら交渉に行く」と表明したのも得策とは思えなかった。あの商務長官との会談は「やっているふりをした」だけに終わったのだった。
言うべきことは多少の軋轢を覚悟で言い出すべし:
上記の「反論すべきことは即刻表明すべし」と似通ったことになるが、ここで強調しておくのは「国際的な交渉とは日本人同士の話し合いとは全く違うのである。即ち、外国人に向かって直接的な表現を避けて『核心に触れずとも解ってくれるだろう』と婉曲な言い方をすると、彼らが推理乃至は想像して理解する事は無い」という点である。彼らの認識は「debateとは言うべきことを言い合うもの」なのである。
経験から言えることで「我が国の人たちは遠慮があるのか、先方の顔を潰さないよう優しく配慮されるのか、論争を避けられるのか、決定的な点まで断言しない傾向がある」のだ。何度でも言うと「彼らは聞かなかった部分や事柄まで推察することはしない」のである。再び言うが「以心伝心はない、有無相通じない世界の人たち」なのだ。
言うべきことは遅滞なく言っておかないと:
少し古い例を挙げておこう。1992年頃だったと記憶する狂牛病が流行ったときの話。農林水産省はアメリカ側が強硬に押してくる姿勢に対して、牛肉の輸入の条件に「牛の全頭検査」を掲げて、実質的な禁輸と同じ状態にした。そこに、アメリカ側から「牛肉輸出促進」のミッションが交渉に押し掛けてきた。
時の農水大臣亀井善之氏(故人)はミッションと会談された後で「何故、我が国が全頭検査を必要とするかを懇切丁寧にご説明して理解して頂きました(言外に「もう、輸入せよとは言わないでしょう」と)」と語った。だが、ミッションは帰国した後に、又すぐやってきて「何故買わないのか」と強硬に迫った。不可解な現象かと思わせられた。
だが、不可解でも何でもなかったことが解った。それは、亀井大臣は「全頭検査が必要なこと」を誠心誠意説明され、ミッションもその点を理解したのだ。私は亀井大臣が「全頭検査の必要性を理解させれば、輸入せよと無理押ししてこないだろう」と考えたので「その点だけを解説し、全頭検査をしないと輸入しない」という肝心の点を明言しなかったのだと漏れ聞いていた。これでは、何度でも押しかけてくる訳だ。
教訓は「以心伝心という思考体系がない異文化の国の人たちとの交渉では、念には念を入れて、最も重要な結論や論点を先方に通告したかという最終確認を怠ることないようにすべし」である。
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